第6章 ── 第6話

 朝食を済ませて部屋でくつろいでいると、城から使者が来たと宿のものが伝えに来た。

 みんなで一階に降りていくと、そこにいたのはロスリング伯爵ではなく、齢四〇歳ほどの長身の紳士だった。


「冒険者ケント殿一行ですな? 私は王国宰相ロゲール・フンボルト侯爵と申す。王より冒険者殿たちを王城へご案内致すよう拝命しております」


 王国式の優雅なお辞儀をするフンボルト侯爵は、ロスリング伯爵と違って偉ぶった感じがしない。


「ご丁寧にありがとうございます。今すぐでしょうか?」

「ご都合がよろしければ……」

「わかりました。陛下を待たせるのは不敬でしょう。準備を整えて直ぐに参ります」


 俺たちは慌てて部屋に戻ると準備を整える。正装など持っていないので、いつものように鎧を着込んで下へ降りていく。


 フンボルト侯爵は俺たちの服装を見て、王の御前に鎧姿で行くのかと批判の色でも浮かべると思ったが、そんな雰囲気を微塵も感じさせない。眉一つ動かさなかった。


「馬車を用意しております。ご乗車下さい」


 外には、これまた立派な馬車が二台並んでいた。その馬車を近衛兵だと思われる兵士の一団が守護している。

 随分と派手なお出迎えだなぁというのが第一印象だ。街行く人々も驚いているようだ。随分と野次馬が集まっている。


 後ろの馬車の扉をフンボルト侯爵自らが開けてくれたので、俺たちは乗り込む。

 王国宰相がする行動じゃないと思うが、気にしてもしょうがないか。ロスリング伯爵が俺たちに取った対応とは全く違うのが面白いね。


 馬車は直ぐに出発し、王城へと向かう。下層地区から中層地区、上層地区、貴族地区と馬車は進んでいく。

 馬車の窓から見ると、それぞれの地区の人々の殆どが、道行く馬車を見物しているところを見ると、相当派手な行軍と言えるだろう。パレードと言っても良いのかも知れない。


「随分と注目を集めてるけど、異例なんじゃないか?」

「そうだろうな。私の時も似たようなもんだったよ」

「トリシアも王城に招待されたことがあるのか」


 伝説の冒険者なんだから当たり前か。


「なんか緊張するのう。我が付いていっても大丈夫かや?」


 マリスの心配も理解できる。ワイバーンを討伐したのは俺とハリスで、招聘しょうへい自体は俺たち二人だったのだ。しかし、今回の男爵事件の解決は四人で行ったことだし、トリシアとマリスも連れて行くのが当たり前だと俺は思う。


「大丈夫だよ。俺とハリスの付き添いだと思えばいいよ」


 同意を求めようとハリスを見ると、緊張で固まってた。

 何らかの返答をハリスに求めることは諦めよう。それでなくてもハリスは物静かだからなぁ。


 王城の門に入ると中庭のような広場で馬車が止まる。ファルエンケールの優雅な城に比べると、戦闘城を思わせる無骨な城だ。城の入口にはズラリと近衛兵が列を作り俺たちを歓迎していた。やはりロスリング伯爵の対応とは全く違うね。


「皆様、こちらです」


 フンボルト侯爵の案内で城の中に入る。それなりに大きな城だけど、装飾などは比較的シンプルで貴族主義的な派手さは感じられない。逆にそれが上品に感じる。


 俺とマリスはキョロキョロと周りを見て田舎者丸出しといった体だが、トリシアは落ち着いたものだ。エルフの国の重鎮だけあって慣れているようだ。ハリスがカチコチなのは言うまでもない。


 謁見の間の大きな扉の前まで来ると、衛兵たちが扉を開けてくれた。

 謁見の間は、それなりに豪華に飾ってあった。やはり他国の使者などとの謁見もあるわけだし、それなりの権勢を見せつけねばならない場所だからだろう。他の場所はシンプルで質実剛健といった感じだしね。


 王座へと続く経路は赤い絨毯が敷かれており、その左右は王都にいる貴族たちが集められているようで、何列にもズラリと並んだ貴族服の人たちでいっぱいだ。


「冒険者ケントの一行『ガーディアン・オブ・オーダー』の皆様をお連れ致しました」


 フンボルト侯爵が大きな声を上げると、貴族たちが拍手で出迎えてくれた。王座から国王陛下が立ち上がった。


 赤い絨毯を進み、国王の前まで行ってひざまずいた。ファルエンケールでの経験が役に立つね。


「陛下のお招きにより参上仕りました」

「よくぞ参ってくれた。ケント殿、ハリス殿。それと他の二人も。トリエンの騒動を解決してくれたことはギルドより報告を受けている。余は諸君らを歓迎致す」

「ありがたきお言葉、我らも誇りと致しましょう」


 国王がうなずく。


「して、トリエンからの道中はどうであったか」

「はい。比較的快適でしたね。もっとも、ドラケンでは盗賊に私の馬を盗まれかけましたが」


 国王は不快な視線をロスリング伯爵に向ける。


「そのような報告は受けなかったが?」

「へ、陛下、ご報告するほど大事には至っておりませんでしたので……」


 国王はかぶりを振る。


「他には何か……」

「盗賊どもはまだマシでしょう。自分の力で手に入れようとしてますからね……」

「というと……?」

「例えば、権力で奪おうとするとかですかねぇ……普通なら力の無いものが権力を持つものに譲れとか言われて抗えませんでしょう?」


 ロスリングに言われた言葉を思い出し、少し怒りがぶり返した。


「幸い、俺はそんな無意味な権力に屈するつもりはないですからね。きっぱり断らせていただきましたよ。ねえ、ロスリング伯爵?」


 国王の顔色がどす黒いものに変わり、ロスリング伯爵を睨みつける。


「ロスリング伯爵、けいはケント殿の持ち物を譲れなどと言ったのか?」

「いえ……平民には不釣り合いなほどの魔法の馬でしたので……陛下に献上しようと……」

「何という事を……ケント殿に対する無礼、余は看過かんかできぬ! 余の心を解らぬ愚か者は、この場に相応しくない。追って処分を言い渡すゆえ、この場から立ち去れ!」


 ロスリング伯爵がフンボルト侯爵にすがるような目を向けた。


「聞こえたであろう。王の命令に従い、そなたの館で謹慎せよ」

「宰相閣下! 私は……」

「近衛! ロスリング伯爵を連れて行くのだ」


 宰相フンボルト侯爵が命ずると、二人の近衛兵がロスリング伯爵を引きずるように謁見の間から退出させる。それを見ている貴族たちの大半が無様な伯爵に冷たい視線を向けていた。

 対照的に一部の貴族がソワソワと落ち着きのない様子を見せているのを見ると、彼らにも何か思い当たるフシがあるのかもしれない。


 俺的には溜飲が下ったね。横柄な貴族は大嫌いだ。俺も相当な無礼者だと思うが、王国の危機やらワイバーン討伐やら実績は積んだつもりだ。このくらいのワガママは通させてもらう。

 それが不満だというなら、自分たちでワイバーンの一匹でも狩ってみろと思う。出来ないからこその報奨やら称号なんだろうけどさ。


「さて……ケント殿、余が派遣した使者が大変失礼なことを仕出かした事をびねばなるまい。申し訳なく思う」


 国王が謝罪とともに頭を下げた。周りの貴族たちが息を呑むのが聞こえた。


「いえ、国王陛下の行いではございませんので謝罪は不要です。のものを任命した責任はあるかもしれませんが、彼には色々と無茶をお願いしたのでおあいこです」


 国王は頭を上げると、俺らの場所まで降りてきて、俺の手を握った。それを見た貴族たちが更に驚いたような声を上げている。確かに国王のふるまいとは言えない。


「冒険者ケント、寛大さと慈悲深さを備えし者よ。我が国と我が民草たみくさの危機を救うて下された。本当に感謝する」


 国王は続いて、ハリスの手を取る。


「貴公が野伏レンジャーのハリス殿であるな。ハリス殿にも感謝を」


 ハリスは緊張の為、一言も声を出せず、首をブンブンと縦に振るばかりだ。


「そして……こちらのエルフどのは……」


 国王はトリシアの前まで行って、彼女がエルフと気づいて戸惑いながらもその手を取る。


「ああ、彼女はアルテナ森林遊撃兵団の元団長で、今は私のチームの一員です」

「トリシア・アリ・エンティルと申す」


 トリシアが国王の手を握り返してニヤリと笑う。きっと結構な力で握ってるな、あれは。


「トリシア・アリ・エンティル……? 祖父が話してくれた伝説の冒険者殿!?」


 また、このパターンかよ。そうだろうとは思うけどさ。


 国王は驚きすぎて腰を抜かしそうになっている。しかし、直ぐに気を取り直したようで、ガッシリとトリシアの手を握り返している。流石は王様だね。


「こちらの小さき者も我が国の英雄殿ですな」


 国王はマリスの前まで来ると、彼女の小さい手を優しく握った。


「我は守護騎士ガーディアン・ナイトのマリストリアじゃ! ケントを守る盾じゃ! よろしくしてたも!」


 ニッコリと晴れやかな笑顔のマリスはご満悦といったところか。国王もマリスの可愛らしい笑顔に嬉しそうに顔をほころばせる。

 マリスは王様相手でも全然変わらないなぁ……


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