第6章 ── 幕間 ── 国王リカルド

 オーファンラントの国王、リカルド・エルトロ・ファーレン・デ・オーファンラントは少しイライラしていた。一向に到着しないロスリング伯爵のせいだ。


 一週間ほど前、アルテナ大森林でワイバーンを討伐した冒険者の報告がエルフの王国であるファルエンケールから届けられた。

 ファルエンケールからの報告には驚かされた。たった二人の冒険者がワイバーンを討伐したというのだ。それだけでも勲章に値するというのに一緒に届けられた女王からの親書の内容は、それ以上の驚きと歓喜を国王にもたらした。


 国王たるリカルドは、その二人の冒険者を招聘しょうへいするために、ロスリング伯爵を使者として早速トリエンに向かわせた。


 伯爵を送り出して三日ほど経った時、トリエンの町の守護に派遣していたアルベール男爵が反逆したという情報がギルドより届けられた。しかも、その反逆事件を解決した冒険者が先のワイバーン・スレイヤーだという。カートンケイル要塞から緊急の伝令兵が到着したのは、その一日後だった。

 彼が即位してから、はや一四年。これほど事件が集中して起きたことはなかった。何かが起きているのではないかという不安も、王の苛立ちの原因だった。

 伯爵を送り出してから、すでに一週間(八日)も経っている。

 

 ロスリングめ、一体何をモタモタしておるのか。


 王座から立ち上がりウロウロと歩き回る王の姿を見て、近衛兵たちもそわそわしている。


「陛下、少しは落ち着いてはいかがですか」


 謁見の間にやってきた宰相ロゲール・フンボルト侯爵が国王の姿を認めて声を掛けてくる。


「そうは言うが、ロゲール。落ち着いていられぬのも判るであろうが」

「それはそうですが……それよりも、ロスリング伯爵が戻りました」

「おお! して、冒険者殿は!?」

「無事に伴ってきたようです」


 その言葉に国王が安堵のため息をく。ふらふらと王座へと腰を下ろす。


「ロスリング伯爵閣下、ご到着でございます!」


 近衛兵の一人が大きな声を上げる。王が謁見の間の入り口方向を見ると、ロスリング伯爵が歩いてくる。


「ロスリング、陛下の御前に」


 王の前まで歩いてきたロスリング伯爵がひざまずいて言う。


「良く戻ったな、ロスリング伯爵。して、冒険者殿は?」

「はっ。現在、下町の宿『黄金の獅子亭』に留めてあります」

「下町? 上町ではないのか?」

「ワイバーン・スレイヤーといえど平民でありますので」


 リカルドは目の前が真っ暗になった。何ということをしてくれたのか。冒険者殿の不興を買ったらどうするつもりか。


「ロスリング伯爵、何ということをしてくれたのだ……」

「は? 何か落ち度でもございましたでしょうか」


 国王の落胆したような声色に、ロスリング伯爵が不安そうに聞き返す。


「送り出す時に言ったはずだぞ、ロスリング。失礼のないようにとな」

「しかし、陛下。あの冒険者、ケントと申す者は、目上の者に対する礼儀などわきまえぬ田舎者ですぞ。陛下の招きに即座に従うべきであるものを、色々と無茶な要求をしてくる始末です」

「無茶な?」


 宰相のフンボルト侯爵が口を挟む。


「反逆した男爵の養子の助命を要求されました。王国の法に照らせば違法行為です。その他にも……」


 ロスリング伯爵がケントの行為をあげつらい、いかにケントが無礼だったかを力説する。


「さようか。それで、その冒険者を何故今連れてこなかった」

「はっ。田舎者の冒険者ゆえ、四六時中、鎧姿の粗忽者そこつもの。一晩時間を与えてから召し出せば、少しは服装にも気を使うものと判断しました」

「相わかった。下がってよろしい」


 ロスリング伯爵は立ち上がると貴族然としたお辞儀を国王と宰相にすると退出した。

 国王は呆れたような顔をして伯爵を見送ったあと宰相に問いかける。


「ロゲール、いかがするのがよいか……」

「さようでございますな……伯爵はかの冒険者が王国にとって如何に重要な存在であるかを知りません。彼の行動は致し方ないとして……」


 宰相は少し間を置いてからケントへの対応を述べる。


「明日、冒険者殿を迎えるにあたって、最高の礼を持って接するべきでしょう」

「ふむ。他国の王族を迎えるようにか?」

「さようでございます」

「よし、宰相手配してくれ」

「御意」


 宰相は深々とお辞儀をし、伯爵同様に謁見の間から退出する。


 リカルドはグッタリと王座にもたれ掛かる。


 いかに王族の秘事で信頼のおける上級貴族にのみにしか明かしてないといえど、ロスリング伯爵にも道理をわきまええてほしいものだ。王が招聘しょうへいした者に対して、何というモノの言い、何という扱いなのか。


 今後、ロスリングの処遇は考えねばならんな。家格が良かったのもあって重用してきたが、それはヤツ自身の手柄や能力で成し得たものではない。思い上がるのにも限界があろう。いっそヤツの家名を潰してしまおうか?


 リカルドはかぶりを振る。それほどの強権を発動するには伯爵につみがない。気に入らないからと言ってやりたい放題では王という地位に相応しいものではない。何かを成すには、それ以上に背負うのも覚悟せねばならない。彼の父王からイヤと言うほど叩き込まれた考え方だ。もちろん、彼自身も無条件でそう思っている。

 曽祖父である先々々代王が国が分裂しそうなほどの悪政を敷いたため、祖父が苦労したのをかたわらから見ていた父王としては自分の祖父のような行動をとることに嫌悪感を持っているのだ。


 現在まで、リカルドの王政は批判めいたものを受けたことはない。これは貴族たちからも、民草たみぐさからもだ。しかし、先々々代の悪政時代の記憶は、既に今の貴族たちから薄れてしまっているのだろう。リカルドとしては事なかれすぎる気もするが、無闇に敵を作るべきではないと思い自制している。先々王の死に様を見れば当然だ。

 各地の貴族が蜂起し、挙句の果てには側近に毒殺されるなど、王としては恥辱の極みだ。

 父王アルフレドが反乱貴族を苦労の末に平定し、その後王国の安寧にいかに尽力したかを考える。やっと今、王国の基盤が揺るぎないものになってきた所だ。親子二代をかけてやっとだ。


 そこでリカルドは元の不安に思考が戻ってしまう。ここ最近、事件──それも大事件と呼べるほどのものだ──が立て続けに起きている事に裏があるのではないかと。


 リカルドの眉間に再び深い皺が寄る。できれば全部投げ出してしまいたくなる衝動に駆られるほどだった。だが……とリカルドは思い直す。

 王国の民たちの安寧をおびやかすような行動を王がるわけにはない。

 それは、我々王家が代々語り継ぎ、守り続けてきた王国の開祖たるブリュンヒルデ様の遺志なのだから。


 リカルドは自分の眉間に刻まれた皺を指でも揉みほぐしながら大きなため息をいた。

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