第6章 ── 第5話

「誰だ? そんな爺さんに知り合いはいないが?」

「相変わらず変わらんな。トリシア。バカシア、バカシアとマストール御老に言われてた自慢のリーダーは健在だということだな」


 懐かしそうな爺さん。


「む。それを知っているということは……誰だ?」

「まだ分からんのか。そうだな……あれから六四年も経つか。ワシだ。アルベトゥス・ハイヤヌスだ。忘れたか」

「は? ハイヤヌス? 鼻垂れハイヤヌスか?」

「鼻垂れは余計だ!」


 白いヒゲと真っ赤な顔のコントラストが、ちょっと笑えた。


「そうか。歳食ったなぁ……あの頃は二〇歳くらいの若造だったろ。そんなに変われば判らないよ。ブルムベアとガリクソンはどうした? あいつらも生き残っただろ」

「二人とも死んだわ。本当にエルフは時間感覚が人間と違いすぎる」

「死んだか……人間にとって時とは残酷なものだな」


 懐かしさと寂しさを感じさせる声でトリシアが言う。


「で、ハイヤヌス。お前が何故ここにいるんだ?」

「馬鹿か。今ではワシが本部ギルドマスターだぞ。しらんのか」

「しらん。あれから故郷に帰って籠もってたからな」

「ふむ……腕を無くして姿を消してから故郷に帰っていたか……って、その腕は……」


 トリシアがニヤリと笑う。


「マストールが作った。アダマンチウム製だぞ?」

「ほう。相変わらず見事なものよ……御老は元気か?」

「元気元気。アイツはドラゴンのブレスを浴びせられたって死にはしない」


 懐かしトーク全開だな、おい。


「あの、それで……報告は?」


 俺は肝心なことを思い出させる。


「む。トリシア、此奴こやつはお前の部下か?」

「は? 部下? 私の部下とはな……鼻垂れの見る目はまだまだだ。これは私のリーダー、ケントだ」


 トリシアは親指で俺を指差す。


「なんだと? トリシア……お前の? ありえん……」


 ハイヤヌスは驚愕するが、トリシアは何故か自慢げだ。


「伊達じゃないぞ? ワイバーンを一撃で倒すほどのものだ」

「そうか! あのワイバーン・スレイヤーか!」


 そういや、トリエンのギルドマスターが本部に問い合わせしたとか言ってたっけ。


「そうか、此奴こやつが……」


 ハイヤヌスの興味深げな目がジロジロと俺を見てくる。居心地悪いな。


「トリシアを冒険者に復帰させるほどか……そうかそうか。やはり最初からプラチナあたりを与えておくべきだったな」


 プラチナって!? 俺をプラチナしした上層部って、この人か? 本部のギルドマスターがしてたのかよ。


「それでは会議を行おうか」


 ハイヤヌスはUの字の真ん中に座ると、杖で床をコンコンと叩いた。

 それぞれの椅子がほのかに光だすと、人影が投影され始める。王国内の各支部のギルドマスターらしい。その中にトリエンのギルドマスターもいた。俺らの方に軽く手を振ってきたから直ぐにわかったよ。


「それでは会議を始める。チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』、報告せよ」


 俺は椅子から立ち上がり、今回の事件の顛末てんまつを報告する。トリエン領主一派とイルシス神官たちの逮捕や帝国の陰謀などについてを最初から最後まで詳細に話す。


『そのようなことが』

『神殿勢力が政治に口を出すとは』

『あってはならんことだ』

『未然に防ぐとは大したものぞ』


 支部のギルドマスターが口々に言う。


「静まれ」


 ハイヤヌスが威厳いげんたっぷりに言った。


「以前の会議でワイバーン・スレイヤーにプラチナ・ランクを与えるむねを話し合ったことは記憶に新しかろう」

『確かに』

『ありましたな』



 前回の会議はワイバーン・スレイヤーの時なのか。まだ一ヶ月も経ってないもんな。


「その時のワイバーン・スレイヤーたちが、今回の事件を解決したのだよ」

『おお!?』

『あのアイアンの成り上がりが?』


 一人批判的な人がいたが、ハイヤヌスがジロリと睨むと黙ってしまった。


「そうだ。ワイバーンを討伐し、国家間の陰謀を阻止し、多くの民草たみぐさの命を未然に救ったということだ。異論はあるかね?」

『ございません』

『異論なし』

『無いぞな』


 誰も異存ないようだ。


「では、今回は全会一致ということだな。よろしい」


 ハイヤヌスは職員から渡された資料を見ながら言う。


「チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』、リーダー冒険者ケント、冒険者ハリス・クリンガムの二名をプラチナ・ランクとする。冒険者マリストリア・ニールズヘルグをシルバー・クラスとする。冒険者トリ・エンティルは……既に最高ランクにつき、別途報奨をさずけるものとする」


「俺が……プラチ……ナ?」

「我もシルバーじゃ! ケントに追い付いて……ないのじゃ……」


 信じられないとったハリス。そうだね。俺も信じられないよ。

 マリスも嬉しそうだけど、俺らがプラチナになってしまったので、また突き放されてしまったとションボリ顔だ。


『トリ・エンティルが!?』

『あれが伝説の……トリ・エンティルを仲間に入れていたなら当然か』

『トリ・エンティルの協力があったのなら、プラチナは早くないかね?』


 各ギルドマスターがそれぞれ決定事項に異論を出し始めていたが、トリシアの顔が不機嫌そうに歪んでいる。なんか怖いぞ?


「お前ら……随分とケントを見くびっているようだな。あんまり舐めてると……私自ら、お前らの首それぞれ取りに行くぞ?」


 おいおい。トリシア何を言っている! 脅してんじゃないよ!


「おい、トリシア……止めろ」

「だがな、ケント。見る目の無いやつを上に置いておくのは下の者が苦労するぞ? こんな首は早めに新しい首にすげ替えるに限るぞ」


 そっちの首かい! てっきり物理的に首を取るのかと思ったわ!


「冒険者ケント。最高ランク、オリハルコンにはギルドマスターを選ぶ権限が与えられているのだよ。現在、その権限を持つものは、ワシを含め二人しかおらん。マストール御老が復帰してくれれば三人だがな……」


 ハイヤヌスが教えてくれる。オリハルコンの冒険者は、ギルドに絶大な発言権を持つようだね。


「みなのもの異論はあるまいな」


 トリシアの脅しが効いたのか、各ギルドマスターが首肯しゅこうしていた。


「では、本日の会議はここまでとする。皆のものご苦労であった」


 ハイヤヌスがそういうと、各支部のギルドマスターの幻影が消えていく。

 やれやれ、これで終わったか。


「それでは報酬とランク・アップ手続きは受付で行ってくれたまえ。トリシア、後でワシの所に酒でも持ってこい。ゆっくり昔話でもしようではないか」

「遠慮する。爺と酒を飲む趣味はない」


 俺の首にアダマンチウムの義手を回してトリシアは言う。

 少し痛いよ。しかし、本部のギルドマスターの誘いをけんもほろろですか。相変わらず我が道を行くですなぁ。


「それは残念だ。されば、また会おう」


 トリシアが頷く。ハイヤヌスは来た時と同じように会議室を出ていった。


「プラチナ……か」

「もっとレベル上げないとな、ハリス」


 未だ、プラチナに実感が持てないような言葉を発するハリスに、トリシアが発破をかける。過度のプレッシャーを与えると自壊しそうな気もするんだが。


「とりあえずランク・アップ手続きに行こう」

「了解なのじゃ!」


 そう言えば、俺とトリシアはともかく、ハリスとマリスのレベルが上がったようだね。ハリスは二一レベルになった。マリスは二倍以上上がって一六レベルだ。レベル低いと一気に上がるんだな。凄い。



情報転写データ・コピー


 受付で職員が新しいカードに情報を転写してくれた。


「これで、皆様のランク・アップ手続きは終了です。これまでのカードはトリエン所属のものでしたが、このカードは王国所属の証となります。王国内であればどの支部でも情報の更新をせずに使用できるようになります」


 ふむふむ。更新手続きが必要ないのは便利だね。


「それと……こちらが報酬です。お受け取り下さい」

「ありがとうございます」


 四つの革袋を受け取る。一つずつ皆に渡す。


「これで全ての手続が終わったな」


 AR時計を見れば既に午後六時を回っている。


「じゃ、どこかで夜ご飯食べてから宿に帰ろうか」

「賛成なのじゃ!」

「オーケーだ」

「異存なし……」


 よし、みんなの懐も大分温かくなってきたし、どっかで豪勢に行きたいね。

 王都の名物はなんだろう? 色々食べてみたい。楽しみだね。

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