第6章 ── 第2話

 日没を過ぎてから最初の宿泊地である「マチウス村」に到着した。この村は西に広がる森林地帯を利用した林業が主要産業の村だ。コーリン村のような小さい村と違い、町というには小さいがかなりの人が住んでいる。

 一応小さいながらも宿が存在している。だが、伯爵やその護衛などを全員泊めるほどの大きさはなかった。

 伯爵とそのお付きは村長宅に、護衛の兵士の半分が宿に泊るという。残りの兵士は下級兵のようで、馬車に交代で寝泊まりするようだ。起きているものが馬車の警備や伯爵の警備にあたると言う。


 俺たちも村の広場で野営と行こうか。


「よし、今日は色々食材もあるし、美味い飯を作るとするか!」


 俺がそう宣言すると、みんなが嬉しそうな顔をする。


「待ってたのじゃ! ケントの料理は美味いからのう!」

「今日は何を食べさせてくれるのか楽しみだな」

「……食べ過ぎると……太るぞ……」


 女性陣は食べる気満々だ。ハリスはそんな二人に釘を刺すことを忘れない。


「今日の献立は、ステーキとサラダとバタートーストです」

「ステーキ……サラダはわかるが……」

「バタートーストってなんだ?」

「きっと美味しいものなのじゃ!」


 やはりそうか、この世界にはバターが無かったんだな。まあ、羊乳を樽で買ってきてあるし、手作りバターを作るさ。そのための道具は買ってきてある。


 インベントリ・バッグから蓋で密閉できるガラス容器を取り出して羊乳を注ぎ込む。蓋をしっかりとしめてから……振る! 振る! 振る!


──ブンブンブンブン!!


「それは何の儀式かや?」


 マリスが聞いてくるが答える余裕などない。トリシアもハリスも不安そうな顔だ。


 とにかく一心不乱に振り続けること一〇分。俺の高レベル・ステータスも相まって、水分と脂肪分が綺麗に分離した。


「ふう。第一段階終了」


 蓋を開けて水分だけを捨てる。綺麗な布に脂肪分をあけて余分な水分を絞り上げて抜く。木のボールに脂肪分を入れて塩を適量振って混ぜる。これでバターは完成だな。


アイス


 魔法でボールに氷を出現させ布を上に敷く。その上に出来たバターを置いておく。この世界は冷蔵庫ないからな。


「これは何じゃ?」

「チーズみたいだが」

「それが、バターだよ。食べるなよ?」


 一応、食いしん坊二人に釘を差しておくことは忘れない。

 次に用意するのはサラダだな。トマト、ニンジン、レタスあたりでいいか。あとハムを少々入れておくか。

 それぞれを適度な大きさに切り、大きな木のボールに盛り付けていく。胡椒こしょうを粗挽きに引いて少し掛けておく。

 ドレッシングは何にするか……よし、和風だな!


 別のボールに、酢、ショルユ、砂糖、食用油(香りからしてゴマ油だ)を適量いれたら……

 ぬぬ!? カシャカシャがない! 正式名称は何だっけ? 泡立て器? ぐぬぬ。

 この世界にそんな便利なものはないか。仕方ないので木の棒をはし代わりに使おう。4本くらい持てば代わりになるだろ。


──カシャカシャ


 ほい、和風ドレッシングできたよ。これをサラダに掛けよう。


 さて、メインのステーキだが。仕入れて貰った肉は、牛肉、豚肉、鹿肉、ウサギ肉と色々あるが、今日は牛にするか。脂肪があまりない赤身肉だが、さっき作ったバターで油分を追加しよう。

 牛肉を親指の厚さで人数分に切り分け、塩と胡椒を振っておく。おろしニンニクも作ることを忘れない。


 道具屋で手に入れた簡易かまどを設置し鉄板を上に置く。薪を置いて『点火イグニッション』の魔法で火を点けて鉄板を熱する。

 鉄板が熱くなってきたら手作りバターを塗る。

 切り分けた牛肉を鉄板に並べる。


──ジュウゥゥ!


 バターと牛肉が焦げる臭いが混ざり合って、腹の虫が暴れそうな香りを醸し出す。


 まだだ……もうちょい……今だ!


 料理用のフォークで牛肉を裏返す。油が届かないところに切り分けた黒パンを置いて焼き色を付けておこう。

 これは食い物テロだ! 伯爵の兵士たちが、ニオイに釣られて近づいてきてるぞ? やらないがな。


 さて、ここで更に暴力的なものを用意しました。はい。醤油ショルユです!

 ハケでタップリと牛肉に醤油を塗る。ああ、もう香りだけで幸せですね!


 俺は焼き加減をじっくりと観察し、ミディアム・レアで皿に盛り付けた。


「焼き上がったぜ!」

「おお!」

「こいつは……」

「早く食わせろ」

「まだだ!」


 三人を強く静止して、盛り付けたステーキの上におろしたニンニクをスプーンで載せる。


「よし、完成だ」


 ステーキの載った皿の隅に焼いたパンを付けて手作りバターを塗ってやる。


「これが、バタートースト。このサラダは味付けを和風にしてみた。これが和風ステーキね」


 説明してやってるのに、すでに三人はかぶり付いてた。

 くそう。説明し甲斐のないやつらめ。仕方ないので、俺も食う。


 うむ。美味い。バタートーストにステーキの醤油風味の肉汁を染み込ませてみた。これもなかなか美味いね。ご飯には負けるけど。やっぱご飯欲しいなぁ……


 俺たちの食事風景を羨ましそうに眺める伯爵の兵士たち。

 そんなに食べたいのか。仕方ないな。


「伯爵の兵士諸君、しばし待て。俺らの食事が終わったら、作ってやるよ」

「「「おおおお」」」


 歓声を上げる兵士たち。材料は、まだまだあるしな。


 食事の後、兵士たちにステーキなどを振る舞っていると、伯爵や宿組の兵士たちも寄ってきたが、お前らの分は無ぇ。材料が切れたといって丁重に帰ってもらった。ベッドで寝れるやつが贅沢言うなっての。


 この食事騒動で下級兵たちとは仲良くなれた。伯爵と宿組の兵士は不満そうだったが。


 翌朝、再び王都へと出発する。バターがまだあったので、朝食は焼いてない堅パンにバターを塗ってチーズとハムを載せた軽いものを馬車を走らせながら食べた。やっぱ焼いた方が美味いな。


 本日は、王国内第二位の都市「ドラケン」が目的地だ。ドラケンってスウェーデン語で「ドラゴン」って意味じゃなかったっけ?

 聞いてみれば、トリシアが戦ったドラゴンがドラケンの南西にある山の中に住んでいたらしい。

 ここからだと北西か……随分高い山が遠方にと構えていた。

 あそこにドラゴンが住んでいるのか。


 トリエンの町からマチウス村までの街道はそれほど人や馬車の行き来はなかったのだが、マチウス村からドラケンを繋ぐ街道は、比較的通行量が多いようだ。商人の馬車や荷馬車などの往来が頻繁にある。

 前を走る三台が貴族の紋章を掲げているので、そういった馬車などが道を譲ってくれるのはありがたいが、やっぱり権威を振りかざしているような気がしてならない。


 このあたりの街道になると、物見のための警備塔が、ある程度の間隔で配置されていて、それに付随して衛兵の詰め所が置かれているようだ。食料とかは定期的に配給されているのかな。維持が大変そうだね。


 夕焼け空になってきた頃、前方に赤い陽に色づいた巨大な町並みが遠方に見えてきた。あれがドラケンか。妖精都市ファルエンケールよりも巨大だな。


 日が沈み始めた頃にドラケンの城門に辿り着いた。伯爵の紋章のおかげで入門手続きもなくフリーパスで街の中に入れた。こういう時は貴族の称号は便利だよなぁ。

 多分、城門に並んでた入門待ちの馬車や人々の半分以上は門外宿の世話になるんだろうな。


 ドラケンは巨大な都市なので高級宿がいくつもあった。伯爵だけでなく、兵士たちも全員宿に泊まれた。もちろん、俺たちもね。宿代はもちろん王国持ちだ。

 俺たちはツインの部屋を二つてがわれたので、男子組と女子組に分かれての宿泊となった。


「ふえー」


 俺はベッド上にドサリと横になり、身体を伸ばす。


「明日は……王都だな……」

「ハリスは王都に行ったことがあるのか?」

「いや……ないな……」


 王都に着いたらギルドに顔を出さなきゃならない。王城へ行くのとどっちか先になるのかな。あとで伯爵に聞いてみないと。


「今日は飯食ったら、早く寝るかねぇ」

「そうしよう……」


 宿の一階に食堂があったから少し休んだら食べに行こう。


 深夜の事だった。

 大きな物音と悲鳴で目が覚めた。宿の裏手の厩舎付近で何か起こったようだ。


「なんだ?」


 俺とハリスは瞬時に身体を起こすと、剣を持って階下に降りていく。

 裏口から厩舎のある裏手に出ると、俺のゴーレムホースに群がる人影が大勢いた。何人かの革鎧を着た男がゴーレムホースに蹴り飛ばされて伸びている。よく死ななかったな。


「盗賊だな」

「ケントの馬が……狙いのよう……だ」


 俺とハリスは剣を抜き、暴れるゴーレムホースを抑えようと群がる盗賊どもの背後を急襲した。剣で戦うハリスは初めて見るね。


「無刃斬!」

「ぐああ!」


 俺とハリスは次々に盗賊を行動不能にしていく。半分ほど気絶させたところでトリシアやマリス、伯爵の護衛兵士たちもやってきた。


「遅れてすまないな」

「なんじゃ!? 盗賊かや!?」


 二人も武器を手にしているが、トリシアはリネン素材のパジャマ、マリスは動物の可愛いアップリケが付いた寝間着姿だった。俺たちもだが、流石に鎧を着る時間はなかったようだ。


 盾と剣を構えたマリスが盗賊どもに突進する。ぶちかまされた盗賊が数人ふっ飛ばされた。あの小さい身体でどれほどの突進力なのか。

 トリシアが弓で一射するごとに盗賊が一人ずつ移動不能になっていく。この暗闇で、移動する目標の足だけをピンポイント狙撃とか……どんだけ凄いんだよ。


 一〇分も掛からず、事は済んでしまった。伯爵の兵士たちに出番がなかったが、気絶した盗賊たちを捕縛したりするのには役立った。なにせ数が多かったからね。総勢三〇人くらいか。

 何人か逃げたかもしれないけど、捕まえに行くほどの土地勘はないから諦めた。


「いやはや……さすがワイバーン・スレイヤーの御一行だ」

「素晴らしいお手並みを拝見できて光栄です!」


 伯爵の兵士たちが俺たちを称賛する。


「こいつらはどうしますかね?」

「ドラケンの衛兵隊へ引き渡しましょう。既に呼びに行かせてあります」

「了解です。こいつらはウチの馬を狙ったようですね」


 兵士たちも頷いている。やはり外に出しておくのはマズイね。仕舞っておくか。

 俺はインベントリ・バッグに馬車ごとゴーレムホースを収納する。

 兵士たちが驚いているが、いつものことなので放置で。


「さてと、これだけ大規模に盗賊が来るのも凄い街ですよねぇ」

「多分、盗賊ギルドのものでしょうな」


 兵士たちの一番偉い人が言う。確か……カーチス隊長って呼ばれてたっけ?


「盗賊ギルドですか……」

「厄介な連中です」


 こういう大都市には盗賊ギルドとかいう犯罪集団がいるのが常だが、この世界に来てからは初めて見るね。

 ドーンヴァース時代の盗賊ギルドは、盗賊シーフ暗殺者アサシン系のプレイヤーたちが所属できるNPCが管理する組織だった。犯罪などとは関係なく、一種のフレーバーのようなものだったが、盗賊シーフなどのプレイヤーたちは好んで入っていたと記憶している。鍵開け道具ピッキング・ツールや罠素材、毒薬、暗殺用武器など、普通には手に入らないものを販売していたりしたので当然だが。


 しばらくして、街の衛兵隊が到着し、盗賊どもは連れて行かれた。衛兵隊の隊長に後日報奨金が出ると言われたが断っておいた。受け取っている暇なんかないだろうしね。


 何はともあれ、数時間で夜が明けるのでとっとと寝ますよ。今日も早いだろうし。

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