第6章 ── 王都デーアヘルト

第6章 ── 第1話

 翌朝、届いた食料を片っ端からインベントリ・バッグへと入れて、代金を支払った。やはり肉などが多かったので前回よりも割高の銀貨三枚ほど掛かった。

 全員の旅支度が整ったのを確認して、宿を後にして馬車に乗った。王都へ向かうロスリング伯爵の馬車隊とは中央広場で合流する事になっている。


 大通りを東へと進み中央広場へ出ると、まだロスリング伯爵たちが到着していないので、ギルドに顔を出しておこう。

 ギルド内は冒険者たちがごった返していた。冒険者の殆どが昨日の小競り合いの武勇伝を自慢しあっている。


「昨日の俺の一撃を見たかよ」

「俺の方が凄いぜ」

「いやいや……」


 だが、俺がギルドに顔を出すと会話がピタリと止まり、冒険者たちの視線が俺に集まった。

 突然の沈黙に俺は戸惑ってしまう。


 何なんだ?


 何人かの冒険者が俺に近づいてくる。一つのパーティがと言うより、幾つものパーティのそれぞれから一人ずつという感じだ。


「ケントさん、昨日はスカッとしたぜ」


 一人の冒険者が手を差し出しながら言う。握手を求められているようなので、その右手を握り返しておく。


「あ、はい。どうも」

「貴方のチームは凄いわ」


 こちらの女性戦士もだ。


「それは、ありがとう」

「昨日の男爵の顔、見ものだったな」


 屈強そうな拳闘士フィスト・ストライカーが豪快に笑いながらケントの肩を抱く。

 うわ、馴れ馴れしいな。


 俺が困った顔をしていると、マリスが拳闘士フィスト・ストライカーと俺の間に小さい体を割り込ませて引き剥がしてくれる。


「なんじゃなんじゃ! ケントは我らのじゃ! 勧誘はお断りなのじゃ!」


 親を取られると思った子供みたいな反応だな。必死な表情が少々可愛いので、頭をポンポンと叩いてやる。


「大丈夫だよ」


 見上げるマリスに優しく言う。


「皆さん、色々協力して頂けたようで、ありがとうございます」


 周囲の冒険者が嬉しそうな声を上げる。


「俺らのチームはちょっと王に呼ばれているのでしばらくくトリエンを離れますが、帰ってきたら皆で飲みにでも行きましょう」


「「「おおおー!」」」


 冒険者たちの熱気が一気に爆発する。良い活気だ。騒ぎを聞きつけたギルドマスターが受付まで出てきたが、あたりの雰囲気を感じて嬉しそうに頷いている。

 俺はギルドマスターに近づく。


「少々、トリエンを留守にしますが、また戻ってきますので」

「うむ。冒険者ケント、帰りを待っているぞ」


 ギルドマスターと握手をする。

 入口付近にいたハリスとトリシアも冒険者たちに取り囲まれていた。


 今まで俺達の事を遠巻きに噂するだけだった冒険者たちと、トリエン一帯の危機に際して一丸となって解決にあたった事で、距離が縮まったってことかな。


 ふと見ると、サラとリククが以前話していたチームの者たちと一緒に楽しそうにしていた。どうやら新しいチームに入れてもらえたようだね。

 この時ギルドマスターから本部への書状を幾つか渡されたので、インベントリ・バッグに仕舞っておく。



 しばらくしてロスリング伯爵たちの馬車が到着したようだ。

 伯爵の馬車は、全部で三台。それぞれ二頭引きの馬車で、二台は護衛兵士が乗り込み、一台にロスリング伯爵とそのお付きの人員が乗っている。


 伯爵一行は、俺達の馬車を引くゴーレムホースを見てビックリしている。既に日常の風景だな。伯爵が驚いているということは、王都でも同様の光景が繰り返される気がするな。


「ケント殿、この馬は一体……」


 ロスリング伯爵が興味ありげに話しかけてきた。


「私の愛馬ですよ」

「これを譲ってくれんかね」

「お断りですね。というか、万が一譲るとしても国家予算でも買えませんよ」


 オーファンラント王国の国家予算がどのくらいか知らないけどさ。伯爵がどう頑張っても支払えないだろうね。現実世界で五〇〇〇円もしたんだ。そのくらい吹っかけてもいいだろう。

 ドーンヴァースで、RMTリアル・マネー・トレードという不正をしていたプレイヤーがいたが、千円で千万ゴールドという話を聞いたことがある。ということは、ゴーレムホースは最低でも五千万ゴールドの価値がある。この世界だったら白金貨で八千万枚ってことか。ワイバーン何体分だ? 王様にも買うことは無理だろ。


 伯爵は、にべもなく断ったせいか少々不機嫌になったようだが俺は無視する。

 人の大切なものを上から目線で譲らせようというのは俺は好かない。貴族という人種はそういう所あるよね。平民は無条件で貴族に従え的なのは中世ヨーロッパの話とかでも良く出てくるが、胸クソ悪いことこの上ないね。


 突然、ロスリング伯爵がビクッと身体を揺らして顔に恐怖を浮かべた。どうしたんだ?


「ん? どうしましたか?」

「い、いや……何でもない。そ、それでは、そろそろ行くとしようか、ケント殿」


 伯爵が慌てるように言うと、護衛の兵士たちに出発を指示し、馬車へ飛び込むように乗り込んでいった。

 変な伯爵だな。まあ、ゴーレムホースを寄越せと権力を振り回して駄々をこねられるよりはマシか。


「それじゃ、みんな出発だ」


 俺が御者台に乗り、馬車の後ろを振り向くと、幌の中から顔を覗かせていたトリシアがニヤニヤしていた。


「ん? どした?」

「ケントもなかなかやるね」

「何がさ?」

「何でもないよ。まあ、この分だと王都に行っても大丈夫だろう」


 何をやるのか、何が大丈夫なのかサッパリですよ、トリシアさん。


 伯爵たちの馬車が動き始めたので、俺も馬車を出発させる。


「スレイプニル、前の馬車に等間隔でついていけ」


 ゴーレムホースが『了解』と言うように首を振る。

 この馬は言葉は発しないけど、人語を理解できるからラクチンだね。



 馬車がトリエンの町の北の大通りを歩いていく。街の人々が豪華な馬車が進むのを見学している。俺たちの馬車は豪華ではないが、馬のせいで前の馬車以上に衆目を集めている。


 トリエンの北門を出ると比較的大きな川がある。このヘクセンと呼ばれる川がトリエンの町の生活用水として使われている。ヘクセン川に架かるフラットフット大橋は、この世界では珍しい跳ね橋だ。万が一、帝国がトリエンを落としたとしても、この跳ね橋を上げて侵攻を阻止できるという。故に、跳ね橋を上げる機構は町側ではなく、街の反対側だけにあるそうだ。


 トリエンから王都までの道のりはおよそ三日。一日目の夜は途中の村に宿泊するという。


 秋晴れの空が高い。


 そうそう、今までずっとこの世界のカレンダーは地球と同じだと思い込んでいた。一日の時間が二四時間だったからだ。

 最近トリシアに聞いて知ったのだが、この世界の一年は三六五日で地球と同だが、一年は八ヶ月しかない。一ヶ月は大体四六日で、四五日の月がいくつかある。

 それから一週間が八日もあるのにも驚いた。それぞれ、アメリアペニアイドアアドリアセリアマレアジョファイリアという曜日だ。


 今日は、創世二八七一年、アミエルの月(七月)の一九日(闇曜日アメリア)。創世というのは神がこの世界を造られてからの年月だそうだ。まだ二八七一年しか経ってないとは随分と若い世界だ。

 今までは過ごしやすい暖かな日が続いていたが、この月の後半から徐々に寒くなってきて冬になるという。近い内に野営が厳しい季節になるね。何か暖房について考えておかねば。

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