第5章 ── 第7話

 逮捕された男爵の屋敷は接収され、王都から派遣されてきたというロスリング伯爵が滞在することになった。男爵の屋敷の一室にクリストファが軟禁されていたので助け出したのは言うまでもないだろう。


 ロスリング伯爵によると、俺とハリスが王から招喚されたので、迎えの使者として彼が遣わされてきたのだそうだ。


「それで、王様が俺たちに何の御用なんでしょうか」

「私が王都を発った時は、まだ男爵の裏切りについては知らせが来ていなかったのだ。当初の予定では、ワイバーンを討伐した冒険者に会ってみたいと王が仰せられたと聞いているが……」


 王都を立ってから、途中でカートンケイル要塞の伝令兵に出会って男爵の裏切りを知ったという。慌ててトリエンに来てみれば、男爵の私兵と、衛兵と冒険者の連合軍が戦っていたと。

 随分と間の悪い時──いや、良いタイミングだったのか?──に来たものだ。


「それで、ケント殿とハリス殿には至急、王都へ来てほしいのだ」


 俺とハリスは顔を見合わる。


「どうする?」

「王の招聘しょうへいだ……行かねばならないだろう……」

「だよな……わかりました。王都に向かいましょう。他の仲間も一緒に連れて行きますが、構いませんか?」


 一応、断っておかないとね。


「勿論だとも、我が王も喜ぶ」


 ロスリング伯爵は、やっと肩の荷が下ろせるといった感じでホッとしている。


「それで、クリストファの事ですけど」

「男爵の養子だそうだな」

「ええ、彼は男爵の計画を止めようとしていました。俺がゴブリンの調査に出たのも、彼が匿名で出した依頼によるものでした」

「そのようだな」

「ですので、彼には罪が及ばないようにしてほしいのですが?」

「しかし、王国の法律にてらせば……養子と言えど、一族の者の処刑は免れない」


 だから頼んでるんじゃないか。


「どうしても駄目なんですか」

「う……む、そうだな。正式に養子になる前だった……という事にしてしまえば……」


 俺が少し声を落として喋ったら解決策が出てきた。カチリって鳴ったけど何だろね?


「おお、それは良いですね。そのように取り計らってもらえますか! ありがとうございます!」

「うむ、構わないとも」


 よし、これでクリストファの問題は終わりだ。


「それと……」

「まだ、あるのかね?」


 ロスリング伯爵が、少しウンザリした感じの声を出す。

 俺は貧乏性なんだよね、心配事はとっとと解決しておきたいのだ。


「アルフォート・フォン・ナルバレス氏についてです」

「ああ、帝国の指揮官だな」

「はい、彼には今回の事件で役に立ってもらったんですが」

「まあ、彼は帝国貴族だ。早急に強制送還することになるだろう」


 このままアルフォートを返してしまうと最悪死刑ってな話だし、何とかしたいな。


「俺たちが王都から帰ってきたら、彼を連れて帝国に行きたいんですが……」

「どういうことかね? 王国から帝国に鞍替えすると!?」


 ロスリング伯爵が慌て始める。


「違いますよ。俺たちの拠点は今のところトリエンですからね。今回の件で、彼は帝国での立場が悪くなるようなんですよ。俺たちは彼が協力してくれた恩に報いてやりたいんですよね」


 せっかく帝国人と知り合った事だし、なんとか死刑にはさせないようにしたいんだよねぇ。ロスリング伯爵は知ったことかって顔してるけど……


「それに……俺たちがナルバレス氏を帝国に送還する役目につけば、トリエンにワイバーン・スレイヤーや伝説の冒険者トリ・エンティルがいると宣伝できますよね」

「ふむ……そういった人物がいる町においそれと侵攻できないか」


 伯爵はなかなか頭の回転が速いようだ。俺の言いたいことを先回りして言ってくる。


「そういうことです。一種の示威行為じいこういとでも言いましょうか」


 ロスリング伯爵は少し考えている。


「さすれば、王との謁見の時に願い出てみるがよかろうと思う」


 伯爵の口から、自分では決められないので王に聞いてくれという遠回しの提案が出された。

 やはり、そうなりますか。


「わかりました、そうしてみます。では俺たちがトリエンに戻るまで、アルフォートはこちらで保護させて頂きますが、よろしいですね?」

「うむ、仕方あるまい」


 これで決まりだ。あとは王を説き伏せるだけだな。頑張ろう。


「それでは王都への出発は、明日ということで……準備がありますので、俺たちはこれで」

「それではな」


 ロスリング伯爵に別れを告げて屋敷を出る。


「随分と、アルフォートを庇うじゃないか」


 そうトリシアが言ってくる。


「いやさ、アルフォートは初めて知り合った帝国人じゃん。帝国って魔法が盛んだって聞くし、一度行ってみたいわけ。それに彼は魔法学校卒業だよ? 見学してみたいなぁ……」

「そこで、アルフォートを使いたいわけか」


 ま、ぶっちゃければ、そういうことだよ。手近な帝国人ってのが最大の理由だな。我ながら腹黒いなと思わなくもない。

 アルフォートを助ける事で、そのくらいの見返りを期待してもいいかなと思うんだけど……ウィン・ウィンの関係ってやつ?





 俺はギルドに行くと、アルフォートを連れ出す。そして孤児院へと向かった。

 助け出したクリストファは、今、孤児院に身を寄せている。彼に、俺たちが戻ってくるまでアルフォートを預けておこうと思っている。


「私は投獄されるのかと思っていた」

「ん? なんで?」

「私は帝国人捕虜だ。帝国軍人として軍に引き渡すのではないのか?」

「いや、アルフォートは今のところ俺預かりだよ」


 アルフォートが怪訝な顔をする。


「俺たちが王都から帰ってきたら、帝国貴族として条約にのっとって帝国へ強制送還されるよ。その送還は俺たちがやるつもりだ。前にも言ったけど悪いようにはしないよ」


 孤児院に到着すると子供たちが迎えてくれる。


「クリストファはいる?」

「奥のベッドにいるよ!」

「ありがと」


 孤児院の中に入る。クリストファは昔、自分が使っていたベッドの上にいた。俺を逃した事が男爵にバレたせいでドレンに足を折られたらしい。


「クリストファ、大丈夫か?」

「ああ、大したことはない」

「骨折られたんだってね。これ飲めよ」


 そう言って、下級の回復ポーションを渡す。


「いいのか? もう私には、これの礼をするほどの力はない」

「構わないとも」


 クリストファは躊躇ためらいがちにポーションをあおる。

 骨折程度なら、下級回復ポーションで瞬時に治る。銀貨一枚程度だし問題ない。


 クリストファが足をおっかなびっくり動かしてみせる。


「治ったようだ……すまない、ケント殿」

「代わりといっちゃ何だけど、頼み事があるんだが」

「私にできることなら、言ってほしい」

「こっちはアルフォートって言うんだが、俺が帰ってくるまで預かってくれないか?」


 クリストファがアルフォートを見る。


「こちらを?」

「ああ、俺が預かっている人物なんだが……」

「構いません。アンネ院長にお願いしてみます」

「助かるよ」


 クリストファが快く引き受けてくれたので、俺はアンネ院長に経費も兼ねて寄付をしておく。白金貨一〇枚くらいでいいかな?


 用事が済んだのでギルドに行って今回のクエストの報告はどうするのか聞いたら、王都にあるギルド本部で行ってほしいと言われてしまった。報酬もそこで払うそうだ。


 仕方ない。やることも無くなったので宿に帰るとしよう。

 宿に戻ると、みんな部屋でくつろいでいた。


「みんな、明日は王都へ出発する。旅の準備をするよ!」

「了解じゃ!」

「私とマリスはまた食料の買い出しでいいのか?」


 俺はうなずく。


「あ、そうそう。卵とか、新鮮な肉、野菜、何種類かの食用油も多めに仕入れてきてくれないか?」

「旅に持っていくのか? 腐るぞ」

「インベントリ・バッグは食料とかの保存が効くんだ。いつまでも新鮮なままなんだよ」

「やはり規格外の魔法道具マジック・アイテムだな」


 それだけ聞くと、トリシアはマリスと共に仕入れに向かった。


「ハリスは俺と、また旅の備品集めだ」

「わかった……」


 前回の旅で思い立った足りないものを買っておきたい。料理とかで使えそうな道具とかね。

 こうして、俺達は王都へ向かう前に旅の支度を整えていった。


 なんとか明日までには間に合いそうだね。王都はどんなところなのかな。ちょっと楽しみだ。

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