第5章 ── 第6話

 翌日の朝、アンネ院長が朝食の用意が出来たと呼びに来たので、食堂に顔を出した。


「あー! 冒険者のお兄ちゃん!」


 長いテーブルの真ん中辺りに座っていた女の子が元気よく椅子の上に飛び上がった。


「リオ! お行儀が悪いですよ!」


 アンネ院長の叱責しっせきが飛ぶ。


 「てへへ」


 ペロっと舌を出すリオは、初めて会った時と変わらず元気なようだ。


「あのお兄ちゃんが、冒険者の兄ちゃん?」

「そうだよ! すっごい速いんだよ! ドーンって!」


 リオは隣の男の子に聞かれて嬉しげに答えている。なぜか一〇人ほどいる子供たちの視線がキラキラして俺を見ている。そんなに見つめられると困ります。


「さあさあ、朝食ですよ。静かにしなさい」


 アンネ院長がお祈りのポーズをする。孤児院の子供たちもそれにならう。


「守護の女神ナータよ、愛の女神ラーシャよ、豊穣の女神ラーシュよ、今日もご加護を与え給え、そして皆が健やかに過ごせますよう……」


 祈りが終わると食事が始まった。子供たちは行儀が良いとは言い難かったが、それでも取り合いなどをせず仲良く食べていた。なかなかアットホームで良い孤児院みたいだね。


 食事が終わると、みんな後片付けを始めたので俺も手伝うことにする。リオが率先してやりかたを教えてくれる。なんか大分懐かれたな。


「お兄ちゃん! 後片付けが終わったら、冒険のお話聞かせて!」

「ボクも聞きたいー」

「あたしもー」

「おいらもー」


 子供たちが口々に言う。


「そういえば、さっきのお祈りの時、三柱の神様しか名前出てこなかったね」

「えーと、ナータ様でしょ、ラーシャ様、ラーシュ様ね!」

「うん、リオちゃんはマリオン神殿に花を持っていこうとしてたけど……」

「だって、あそこの神殿、神官様もいらっしゃらないし女神様かわいそう!」


 なるほど、子供らしい発想だね。確かに手入れがなされている風でもなかったもんな。神官がいないのか。


 片付けが終わると、子供たちが俺の周りに集まってしまい、冒険話を話さないと収拾がつかなくなってしまう。

 仕方ないので、ドーンヴァース時代のクエストの話でもしてやろうか。初心者クエストのストーリーだ。


 ゴブリンに連れ去られた町娘を救出するというクエストだ。

 ゴブリン・シャーマンの召喚術の生贄にされかかった町娘のあたりを話すと、子供たちはギャーとか叫びながら手で目を覆っている。


 パーティで生贄の儀式に飛び込んで、ゴブリンどもをバッタバッタとやっつける冒険者の描写になると、男の子たちが大興奮に陥った。まあ、わかるが。


 ゴブリンたちを倒し、町娘を無事に町まで連れてきたところで話は終わりだ。

 男の子は興奮してチャンバラを始めた。女の子たちは助けられた町娘を想像してウットリしている。


「リオも冒険者のお兄ちゃんに助けてもらったの!」


 俺に飛びついてくるリオの言葉に、他の女の子たちは羨ましそうだ。

 そうそう助けてもらわなきゃならないような状況にはなってほしくないものだが……


「さてと、俺はそろそろ仕事しなきゃならないんだ」

「冒険!?」


 その言葉に、女の子もチャンバラをしていた男の子も、振り向いた。


「お兄ちゃん何するの?」

「いやね、街の様子を見てこようと思うんだよ」

「町のようす~?」

「うん、今、この町では事件が起きているんだ。それを俺は解決しなきゃならないんだよ」

「すごいね! 冒険者!」


 ワクワクして俺を見上げる子供たち。うーむ。遊びじゃないんだぞ、子供たちよ。


「俺は中央広場まで行ってくるよ」


 それを聞いていたアンネ院長が首を横に振る。


「いけませんよ、ケントさん。追われているのでしょう? 外に出ては危険です」

「しかしですね、ちょうど今が大切なところでして」

「坊ちゃまに申し訳が立ちません」


 ぬぬ、思わぬ強敵だ。


「院長先生!」


 リオが元気よく手を上げる。


「はい、リオ。言ってみなさい」

「リオたちが、お兄ちゃんを助けたいです!」

「どういうことですか?」

「お兄ちゃんが外にでるのが危ないなら、リオたちならどうかなって……」


 問いただされたリオは、言葉が尻すぼみになりながらも提案する。


「子供たちがこういっておりますが、ケントさん。どうでしょう?」


 ふむ、中央広場を子供が歩きまわっている分には問題ないかもしれないか。俺自身が歩き回るんじゃないし。何か事が起こっていたら危険かもしれないけど……


「うーん、危険がないとは言い切れませんが、情報収集だけなら大丈夫かなぁ……危なそうなら子供たちは逃げられますかね?」


 あいまいだけど、肯定するような返答をする。


「この孤児院の子たちは、皆なかなかすばしっこいんですよ」


 苦笑しながら院長が言う。随分と手を焼いたりしてそうだね。


「わかりました、子供たちなら大丈夫でしょう。それで、何を調べれば良いんですか?」

「そうですね、冒険者ギルドのあたりの様子が知りたいんですよ。何か起きたら知りたいんです」

「みんな、良いですか? 今の話はわかりましたか?」

「はーい!」


 本当に元気だ。俺も何が起きているか知りたいし、ここは協力してもらうことにしようか。


「それじゃ、みんな、お願いするね」

「任せてお兄ちゃん!」


 さて、子供たちがどんな情報を持ち帰ってくれるだろうか? 心配だけど、任せるとしよう。


 三〇分もしないうちに、子供通信の第一号が戻ってくる。

 中央広場の冒険者ギルドの前で、やはり事が起きているっぽい。

 次々とやってくる子供通信で、状況が次第に掴めてくる。


 冒険者と衛兵隊のグループと、男爵の私兵グループが睨み合っているという。ギルドがアルフォートの引き渡しを拒んだようだ。すでに武器を構え始めているという。マジかよ。

 男爵が俺を捕まえて収監しているという噂が冒険者たちに流れたようで、冒険者たちが決起したとかなんとか……俺、そんなに人気あったっけ?


 その後すぐに小競り合いが始まったという報告が来た。そろそろ子供たちが危険な気がするんだが、子供たちは喜々として情報を手に入れに行ってしまう。

 幾つかの情報がウチのメンバーのような気がするんだが。


 小さな鎧の冒険者が何人もの私兵を盾で薙ぎ払ったとか、弓を撃つ冒険者が何人も男爵の私兵を倒しているのがカッコ良かったとか、矢がいっぱい降ってたとか。


 そして次に知らされた情報が良くわからない。

 何やら、偉そうな人が率いる兵隊が二つの勢力の間に割って入ったそうだ。何それ? 第三勢力? この人物が出てきた段階で、双方が剣を引いたようだ。

 その偉そうな人というのが俺の名前を上げているらしいのだ。

 ホント、わからん。


 そろそろ俺自身で現場に行くべきかもしれない。


「仕方ないな。俺が行ってみるしかなさそうですね」


 アンネ院長が心配そうな顔をする。


「なに、大丈夫ですよ。いざとなったら逃げ出します。俺は逃げ足には自信があるんですよ」


 にこやかに言うと、院長も笑ってくれた。

 よし、行くとするか。






「冒険者ケントをどこに収監しておるのだ! アルベール男爵!」


 子供たちが偉そうと言っていた人物が厳しく男爵を責め立てる。


「いえ、それは……そもそも私は収監など……」

「君の手勢が連れ去ったということは、ここにいる冒険者トリ・エンティル殿が証言しているがね!」

「トリ・エンティル……? あの伝説のオリハルコン……?」


 偉そうな人物がうなずく。


「そうだ。彼女は今、冒険者ケントのチームに在籍しているのを知らないのかね?」

「そ、そうなのですか……?」


 驚愕の顔を浮かべた男爵がトリシアの顔をうかがう。トリシアはそれにニヤリとした黒い笑みで返す。


「しかし、あの者は私の調べでは……帝国を引き入れたという……」

「ほう、それはまことかね?」

「はい、伯爵閣下。そう報告が来ております」

「私の方には別の報告が来ているがね」


 汗を吹き出しているのにも関わらず、男爵は顔面蒼白だった。


「どのような報告でしょうか……」

「君が、王国を裏切り、このトリエン周辺を帝国に売り渡す計画があるという報告だ!」


 男爵は目が飛び出さんばかりの状態だった。


「それだけならともかく、トリエンに着いてみれば、その計画を未然に防いだ冒険者、そう、ワイバーン・スレイヤーたるケント殿を捕らえたというではないか」


 男爵はもう何も言えず、ただ震えて下を向くばかりだ。


 一部始終を聞いている冒険者と衛兵隊の顔色が激しい憎悪に燃え始めている。


 男爵の私兵は、冒険者と衛兵隊の人数と比べて若干少ない。領主という地位が衛兵隊や冒険者を押し留めていたが、こうなってくると留まってくれるかどうか怪しくなってくる。なんせ売国奴の犯罪者だ。


「それで、冒険者ケントを何処どこにやったのかね」

「それは……」

「私は、冒険者ケントを王都へお連れするようにと王自ら命令を賜っている。もし、ケント殿になにかあったとしたら……」

「俺がどうしましたか?」


 突然の声に、広場にいた全員が振り返る。


 そんなに見つめられても困ります。


「貴公は?」


 偉そうな人が聞いてくるので素直に答えるとしよう。


「ケントと申します。一応、冒険者ですよ」


 ドダダダダと小さい鎧が走ってきて、俺の首に飛びついてきた。


「ケント! やはり無事であったのじゃな!」


 鎧で飛びつかれると痛いです。今、俺、鎧つけてないし。


「当然だろ。ちょっと男爵にムチで打たれたのは痛かったけどさ」


 ジロリと男爵を見る。男爵は顎が外れそうだ。


「ムチで……? 男爵、どういうことかね?」

「いえ、それは……」

「ああ、男爵ですけど、帝国のイルシス神殿の神官と組んで、トリエン一帯を帝国に攻め落とさせようとしてたんですよ。確か、神官長の名前は……マルチネス卿とか言ったっけ? この町のイルシス神殿の神官たちも協力者だそうです」


 男爵は下を向いて震えている。


「それで、連絡係が、そこにいる黒い鎧のドレンだね。ゴブリンの伝令に書状を渡してたのは俺たちが見たし、これがその書状ですよ」


 インベントリ・バッグから書状のスクロールを取り出して、偉そうな人に渡す。


「それから……生き証人として、王国潜入部隊の司令官、アルフォート・フォン・ナルバレス氏をギルドで保護しています」


 そう言いいながら俺は連れてきたアルフォートを紹介する。


「彼は、この度の事件解明のために俺たちに協力してくれましてね。男爵の悪事が露見できたのも彼のおかげです」

「衛兵隊! この裏切り者たちを捕らえよ」


 偉そうな人物は書状を読むと、衛兵隊に命令を下した。

 衛兵隊は待ってましたと言わんばかりに、男爵とドレン、それ以外の私兵たちに群がる。


 何人か逃げようとした私兵がいたが、ウルド神殿の方から矢が飛んできて、その足を貫き動きを止めた。見ると、神殿の屋根の上にハリスがいた。やるね、ハリス。


 二〇分もしない内に男爵一派は全員逮捕され、広場から連れ去られた。さらに、一〇人くらいの衛兵がイルシス神殿へと向かったようだ。


 ハリスが屋根から降りてきて、俺の近くまで戻ってきた。トリシアもいつの間にか俺の後ろにいた。

 さて、これで片付いたかな。


「それで……俺を呼んでいたそうですけど、貴方はどちら様?」


 俺の間抜けな問いに、周りにいた衛兵隊や冒険者たちが大爆笑しはじめた。

 だって、ホントに知らないんだから仕方ないよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る