第5章 ── 幕間 ── ハリスとマリス

 夕方、ハリスは、ギルドを見張る位置に潜伏するためにウルド大神殿の屋根に登った。もちろん誰にも見られないように神殿の裏手からだ。

 偽装用の布を取り出して頭から被り屋根の上を匍匐ほふくして中央広場が見下ろせる位置に付く。

 ここなら簡単にはバレない。すでに夜が近づいてきている。


「ハリス」


 突如、後ろから声を掛けられたハリスは身体が硬直した。しかし、声は聞いたことのあるものだった。トリシア・アル・エンティル。ハリスが目指した伝説の冒険者だ。


「ハリス」


 トリシアがもう一度ハリスを呼ぶ。ハリスはゆっくりと振り返った。


「ケントが男爵に捕まった」

「……何だって!?」


 一瞬、トリシアが何を言っているのか彼は理解できなかった。ケントが簡単に捕まるというのが理解できない。


「ケントが? そんな馬鹿な」


 ハリスは感情が高まると、いつもの口調ではなく饒舌じょうぜつになる。


「それで、状況はどうなっているんですか?」

「ケントは素直に捕まって連れて行かれたようだ。何か考えがあるのかもしれないな」


 なるほど、ケントほどの男が簡単に捕まることは無いはずだ。トリシアの言うことは一理ある。


「それで、今後の方針は……?」

「計画通りだ。ただ、状況の進み具合は早いな。明日には男爵勢が動き出すとみた」

「なるほど……」

「私は、ギルドに顔を出してマリスとアルフォートの警護に付く、ハリスはここから警護を続けてくれ」

「了解した……」


 トリシアは頷くと、屋根から飛び降りて華麗に地面へと着地した。結構な高さだが意にも介さない。

 ハリスは、それを見て流石だと思う。いつかトリシアのような冒険者になりたい。それは今も昔も変わらず心の中にあった。ケントの役に立ちたい気持ちは当初より強くなってきている。


 これから何が起こるのか、どうやったらケントの役に立てるのかを考えておこうとハリスは思いながら警護を再開した。




 マリスは欠伸あくびを噛み殺した。


 警護というのも存外退屈なものじゃのう。


 警護がてら訓練の素振りを行ってみたがすぐに飽きてしまった。ケントに教わった「しりとり」なるものを一人でやってみたが、あまり面白くなかった。


 そろそろ、ケントが交代に来てもよいのじゃが。早く来ないかのう……


 すると、地上へ続く階段から足音が聞こえてきた。


 ケントが交代に来たのじゃな! ふふふ、少し脅かしてみようかの。


 マリスはコッソリと階段の下の壁の脇に隠れようとする。


「マリス、イタズラはやめな」


 あ、気づかれてしまったのじゃ。あれ? ケントの声じゃないのじゃ。トリシアか?


 マリスは階段の下に姿をさらけ出すと、上を見上げる。確かにトリシアが降りてきている。ケントの姿はない。


「トリシアなのじゃ。ケントと交代のはずじゃぞ?」

「ケントは来ない。今日は私と警護を続ける」

「交代じゃないのかや?」

「そうだ。二人で警護をするんだ」

「何かあったのかや?」


 ケントが来ないだけでなく、二人で警護になった理由が判らない。


「ケントは男爵に捕まった。今日は来れなくなった」

「なんじゃと!? 大変ではないか! 助けに行くのじゃ!」


 あの我より十倍強いケントが捕まるなぞ、驚きじゃ! それほどの手練てだれが男爵の手のものにいるとは! 今こそ我の力が必要になったのじゃ!


 慌てて階段を登ろうとしたマリスは、首根っこをトリシアに掴まれた。


「なんじゃトリシア! はよ、ケントを……」

「安心しな。ケントが捕まったのは作戦だよ」


 マリスはトリシアの言葉にキョトンとしてしまう。


「作戦なのかや? ホントに?」

「あのケントが黙って捕まるわけがあるまい。ケントが本気を出したら、トリエンの町すら破滅させられるんだぞ?」


 それはそうじゃの。我の知るどの存在よりもケントは強いと思う。たかが人間……冒険者でもないものに捕まるはずがないのじゃ。


「そうじゃの。ケントじゃものな」


 マリスは良く理解出来たと、コクコクと首を縦に動かす。


「少々、状況が流動的になってきたが、臨機応変に対応できるように二人で警護するんだ、わかるな?」

「了解なのじゃ! 気を引き締めていくのじゃ」


 マリスは元気よくトリシアに応える。


 ここからが正念場なのじゃな。我もケントの仲間として活躍してみせようぞ!

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