第5章 ── 第4話



 路地を少し入ったところに「マクスウェル魔法店」はあった。店前には色々胡散臭うさんくさい感じの小物が並べられている。なになに?


 「ビックリカンシャク玉」、「ニョロニョロ花火」、「こすると煙が出る不思議な油」?

 どこの駄菓子屋か! 全然魔法関係ないやんけ!


 ちょっと店先の商品に憤慨したが、一応店の中に入ってみる。

 魔法書、スクロール、ポーション、杖やワンドなどなど……

 中は外の品揃えと違って、ちゃんとした魔法グッズのようなものが置いてあった。


「いらっしゃい。『死霊ファントム』フィル・マクスウェルの魔法屋へようこそ!」


 三角の帽子に左手を添え、右手を俺の方に伸ばして変な決めポーズを決める人物が、声のした方に立っていた。


 痛い人だ。コレ、痛い人だよ。


 たまらず、俺は視線を反らした。


「本日は、一体、何をご所望ですかな?」


 ヘンテコなポーズをキメている。見なかったことにする。

 俺は、魔法書の棚を物色する。火、水、土、金、風、雷といった俺の既に持っている初級魔法書が並んでいる。あとは、初級錬金術の本とか、薬学、毒草辞典、魔法関係の考察本やハウツー本とかだ。

 一つだけ『精神』属性の初級魔法書が片隅にあった。


 おお、これは持ってない。


 精神の魔法書を手に取った。それと錬金術も興味あるので初級錬金術の本も手に取る。それらを変な決めポーズの人物の所へいく。


「これ、下さいな」

「お買い上げありがとう! 金貨一二枚ですっ!」


 たか! 魔法書とかだし、そんなものなのか? まあ、いいか。


「あと、回復系のポーションを幾つか買いたいな」

「お客様、お目がお高い。今なら! 『死霊ファントム』フィル・マクスウェル特製のポーションがご用意できます」


 相変わらず、変ポーズをキメているがスルーする。耳が少し長い気がする。エルフっぽいね。


「いや、普通のでいいんで」


 残念そうな店員が、ポーション棚の扉を開いてくれる。

 HP回復ポーションが銀貨一枚。MP回復ポーションが銀貨三枚。スタミナ回復ポーションは銅貨二枚と扉に値段表が張ってあった。マクスウェル特製ポーションは一・五倍ほどするようだ。効果は二倍って書いてあった。


 各種ポーションを一〇本ずつと、気になったので特製ポーションを各一本だけカウンターに持っていった。


「お客様はお目がお高い! 我がマクスウェルの特製ポーションをお買い上げ頂けるとは!」


 変な人は物凄い嬉しそうだ。


「しめて、金貨二四枚と銅貨三枚となりますが、銅貨はオマケしておきましょう。何せ、我が特製ポーションを買って頂けるのですから!」


 オーバーアクションで感動を表しているようだが、やっぱり変だ。

 さっきから「我が」って言ってるから、この人がマクスウェルという人なのだろう。『死霊ファントム』なんて二つ名を自称しているから邪悪な人かもとか思ったが、単に変な人ってだけな気もする。


 白金貨混じりに計算すると、白金貨九枚と金貨一枚、銀貨二枚という非常に中途半端な金額になるので、白金貨を一〇枚取り出してカウンターに置いて買ったものをインベントリ・バッグに入れる。


「釣りは要らないんで」


 俺がそう言うと変な人は今まで以上に嬉しそうな笑顔になった。

 

「ありがとうございます! またのご利用、お待ちしております!」


 相変わらずのキメポーズで俺を送り出してくれるマクスウェルと目を合わせないように店をでた。



 店を出て大通りに行こうとすると、何やら兵士っぽいのが一〇人程いて道を塞いでいる。あまり関わり合いたくない感じがするので、大通りとは反対側の右手に進むことにする。


 こっちは初めて来るけど、表通りとかに比べると寂れた感じがする。しばらく歩くと、あの兵士っぽい奴らが近づいてくるのに勘付かんづいた。見ればミニマップの光点は赤かった。


「そこの男、止まれ」


 どこかで聞いた事があるような声だな。


 振り向いてみると、黒光りする鎧を着たアイツだ。確か、ドレンとか言ったか。男爵の手のものだ。


「俺に何か用か?」

「相変わらず生意気な小僧だ」

「これが俺の持ち味でね」


 さっきの脳内女神のようなセリフを吐いておく。


「貴様には国家反逆罪の嫌疑が掛かっている。これが男爵から出た逮捕命令書だ」


 ドレンはそう言って一枚の紙を見せてくる。なるほど、アルフォートじゃなく俺をターゲットにして来たか。


 俺は敵の戦力を分析する。戦士ファイターが六人、盗賊シーフ四人ってところか。

 レベルも大した事なさそうだしブチのめすのは簡単だが……それだと色々厄介かもな。

 ドレンが率いているわけだから衛兵隊だと思ったけど、鎧やマントの色とかが違う。男爵の私兵か。となると、衛兵隊は男爵一派ではないかもしれない。情報が少なすぎる。


「無実だ……と、今ここで言っても無駄だよね?」

「当然だろう」


 ドレンがニヤけた顔で言う。


「仕方ないね。大人しく捕まっておくよ」

「素直なことは良いことだ」


 内部情報にアクセスできるチャンスだしね。


「捕まえろ」


 ドレンが命令すると、幾人かが俺をロープで縛る。取り敢えず今は大人しく捕まっておく。


 得意げなドレンの顔がワンパン入れたくなるね。


「よし、引っ立てろ!」


 ドレンたちはロープで縛られた俺を追い立てるように西の大通りに向かう。ドレンの兵士たちはニヤニヤ笑いながら、後ろから俺を突いて歩かせる。


 大通りに出ると通行人たちが俺とドレンたちを見て、道の隅に避けてヒソヒソ噂しあっていた。


 江戸時代の市中引き回しってやつだね。確かにコレは少し恥ずかしいね。なるほど、世間体を気にする当時の日本人なら羞恥心しゅうちしんを煽られて自殺モノだな。俺自身は、これも計画の一部だと思えたのでこたえてないけど。


 しかし、男爵一派のこの行動は露骨すぎる感じがするね。余程焦っているのかもしれない。そうだとすれば、俺の思った通りに進んでいるという事か。ターゲットはアルフォートじゃなく、俺に変わっただけだしね。


 俺たちは中央広場へ向かい、そこから北側の高級な邸宅が並ぶ区画へと来る。この一画に領主の邸宅があるわけだ。大マップで確認すると、一際ひときわ大きい建物があるので、それが領主の館と見て間違いなさそうだ。

 マップを見ていて気づいたが、俺たちの後ろに青い光点が一つ、近すぎず、離れすぎず、付いてくるのがわかる。尾行しているようだな。青だからハリス、もしくはトリシアだろう。


 しかし、男爵もバカなことするなぁ。俺を捕まえたら、間違いなくトリシアを敵に回すことになるんだけどな。オルドリン将軍の言を信じるなら町すら簡単に滅びそうな気もする……クワバラクワバラ。


 男爵の邸宅に到着すると、地下の独房に放り込まれた。兵士たちは直ぐに立ち去っていった。

 ギルド地下の独房がマシに思えるほど酷い場所だった。明り取りの小さな窓から差し込む光でかろうじて見える室内は、湿度が高く苔むしているだけじゃない。奥の鎖に骸骨が吊るされているし。ベッドなのだろうか、木の残骸が独房の隅に転がっている。大きなドブネズミまでウロウロしている。


 やれやれ、折角お風呂に入ったのに汚れちゃうよ。


 縛られたままなので思うように行かないが、足で木の残骸を壁際に寄せて、その上に座り込む。

 さて、これから男爵たちがどう動くのか予想してみるか。まずは俺から情報を聞き出そうとするだろうね。拷問でもするつもりかもしれない。俺は人の血を見るのはダメな部類だが、自分の血は比較的平気なので拷問には耐えられると思う。伊達に親に虐待されてきた訳じゃないぜ。

 あまり酷いようなら、暴れて逃げ出すとしよう。この世界に来てから、それだけの力があることは判っているしね。

 逆に俺の方から男爵の方の情報が引き出せるかもしれない。そのあたりを頭の中でシミュレーションしておこう。


 明り取りの小さな窓から入ってくる陽射しが弱くなっていく。時計を見るとすでに一七時を回っている。

 さて、何が待ち構えているのか……期待じゃないが、少し興味が湧いて来ている。言っとくけど、俺はMじゃないからね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る