第5章 ── 第3話
翌日の朝、マリスが来たので護衛を交代する。
「護衛なのじゃ! がんばるのじゃ!」
元気なのは良いけど、退屈だぞ。落ち着きのないマリスが耐えられるか不安になる。
マリスは盾と剣を構えて素振りを始めた。なるほど、訓練しながら護衛するのか。これなら大丈夫かも。
俺がギルドの一階に上がると、サブリナ女史が待っていた。
「お疲れ様です」
「帰る前に、本部との間で決まったことを報告して置きます」
「ああ、そういえば食事後に聞きに行ってなかったでしたね。すみません」
「いえ……実は先ほどまで魔法通信で会議をしておりまして……いえ、会議は終わりました。ギルドマスターには既に決定事項をお伝えしてあります」
サブリナ女史はやや疲れた感じだ。相当、色々と意見のぶつかりあいがあったんだろう。
「で、どうなったんです?」
「ギルドは、今回のケントさんの計画を全面的に承認し、支援することに決定しました」
「おお、ありがたい」
「それと、今回の件は王国の国権にも関わるため、事件の詳細を速やかに王宮へと報告することになりました」
「当然ですね」
「それから、今回の件はプラチナ・ランクを対象としたクエストと認定されました」
プラチナか……トリシアがいなかったら受けられないランクだよ。危ない危ない。
「依頼報酬についてですが、金貨二〇〇枚となります」
「そんなに? ゴブリン調査は金貨一枚って話でしたけど」
サブリナ女史が呆れた顔になる。
「そもそもゴブリン調査のクエスト自体がブロンズ程度のクエストではありませんでした。これはギルド側の落ち度ですが……」
申し訳なさそうにサブリナ女史が顔を伏せる。
「ですので、今回のクエストの報酬は、それなりのものを用意すると本部で決定されたわけです」
まあ、ゲームと違って、プログラミングされてるわけじゃないしね。シナリオ通りに進むわけじゃないもんね。
「了解です。色々お疲れ様でした」
「いえ、仕事ですので」
「それでは、俺も一度宿に戻りますね」
「はい、お疲れ様でした」
サブリナ女史に見送られてギルドを後にする。マリスによれば、宿は前と同じでトマソン爺さんの「空飛ぶ子馬亭」だという。部屋も前と同じだそうだ。キープしておいてくれたのかな?
俺が西の大通りを歩いていると、いつの間にかハリスが横を歩いていた。
「任務ご苦労さま。変わったことはなかった?」
「今の所は……動きはない……な」
「ギルドが噂を流すのは今日あたりからだろうしな」
これからが本番だろう。
「そうそう、今回の件だけど、イルシス神殿が関わっているっぽいんだけど、トリエンに神殿あるかな」
昨日、アルフォートから聞いた話をハリスにも聞かせる。ハリスは少し考えてから答える。
「この先……西の城門付近に……たしか小さい神殿があったはず……だ」
「やっぱり、ここにもあるのか。多分、そこも男爵に関わってるね」
「なるほど……そうだろうな……」
話をしながら歩いているうちに宿に着いた。中に入ると、トマソン爺さんがカウンターで待っていた。
「お帰りなさいませ、ケント様。前回と同じ部屋を用意させて頂いております」
「トマソンさん、ありがとうございます。またお世話になります」
鍵を受け取り、俺とハリスは部屋に向かう。
部屋に入った俺は早速風呂の準備を始める。数日ぶりになるのでウッキウキだ。
装備の手入れもしておきたいけど、風呂が先だな。
風呂に入りながら、これからの行動を考えてみる。
まず、男爵に協力している可能性があるイルシス神殿を少し見てみたいな。西の大通りの先にあるようだ。
西の大通りといえば、魔法屋があったはずだ。ここも覗いてみたい。
よし、ちょっと寝てから行ってみよう。
俺は風呂から出ると、剣と鎧の手入れもそこそこに。眠りについた。
起きた早々、昼飯が運ばれてきたので食べる。ハリスはまだ寝ているようなので起こさないでおこう。
昼飯を食べ終わると早速出かけることにする。鎧や剣を帯びていると冒険者だとバレそうなので、鎧は着ずに平服にミスリル製の短剣のみを身に着けて宿を出た。
西の大通りは、南の大通りほどお店はないので活気があるとは言い難い。老舗と言えそうな古い商店街のような感じだろうか。
幾つかの店を冷やかしながら、西へと進む。
途中、寄ってみようと思っていた魔法屋の案内看板を見つけた。大通りを一本入った路地にあるようだ。神殿を見た帰りに寄っていこう。
イルシス神殿は、南にあるマリオン神殿に毛が生えた程度の大きさだった。布教活動が上手く行っているようには見えない。ちょっと中を覗いてみると、礼拝堂一部屋のみの構成。これはマリオン神殿もそうだったから小さい場合はこんなもんなんだろう。
祭壇の奥にイルシスの神像が鎮座している。
「当神殿に何か御用ですか?」
突然、後ろから声を掛けられて、ビクっとしてしまった。慌てて振り返ると、神官服を来た若い
「ああ、すみません。別に用というほどではないんですけど」
「我らが神にお
若い
仕方ないので内部調査も兼ねて、ちょっと礼拝くらいしてやろうかな。
「我らの神イルシスよ、迷える者に寛大な
若い
俺も、教えられたとおりにやってみる。
『え? 何? え? あの?』
「……は?」
突然、何か慌てた感じの女性の声が聞こえたので、聞き返してしまった。周りには神官たち──全員男だ──しかいない。
「どうかしましたか?」
若い
「いや、今、女性の声が聞こえたので」
若い
「あ、いや、気のせいだったのかな?」
俺は、また目を閉じて祈りのポーズに戻る。
『あー、あー、聞こえてる?』
やはり何か聞こえる。周囲から聞こえるというより、心の中で聞こえてるようだ。やばい、俺精神に来てしまったかも。
『いえ、来てません。私はイルシスですよー?』
心読むな。ってイルシス?
『ごめんなさい。はい、魔を司るものですよー』
まいった。神と自称する内なる存在が目覚めてしまったのか? 多重人格的な? 厨二病的には有りだけどさ。
『貴方、結構失礼ですよ! プンプン!』
神を自称する心の中の存在が可愛い感じで怒っている。それで、『魔を司るもの』が何用なのか。
『声を掛けてきたのは貴方なのに……貴方こそ何者なのよー?』
冒険者のケントだけど。何をいまさら言っているのか。心の中の存在に憤慨する。
『冒険者? 上級司教か何かじゃないの? というか神の念話チャンネルに割り込んでくるとか、どんだけよー』
は? 神の念話? 何いってんの。俺はトリエンのイルシス神殿が男爵の計画にどのくらい関わっているのか調べに来ただけだ。
『え!? ちょ、ちょっと待ってー』
何か慌てた様子だ。
少し待っていると、再び心の中の存在が話しかけてきた。
『あちゃー、真っ黒ー。やっちゃっていいよ。うん、私のお墨付き』
真っ黒かよ。つーか軽いな! 何をやっちゃっていいのか判らんが、腐ってもコイツら信者だろ。
『持ち味なのよー。でも、人を騙すとかウチの教義に反するから、天罰ね。その子たちも、あのマルチネスとか言うオッサンも私の加護あーげない』
軽めのイルシスを自称する俺の心の中の存在が言うので、まあいいかと思うことにする。
神殿とか神に関わるものを、もしかすると断罪する事になるかもしれない。そんな罰当たりな事になるかもと考える罪悪感が、心の中の声として現れたんだろう。何か途中、心の中でカチリとなった気がしたけど気のせいに違いない。
俺が目を開けると、
「何か?」
「いえ、身じろぎもしないものですから……」
時計を確認したら、俺も驚いた。三時間も動いていなかったようだ。
「あー、なんかトランス状態になってたみたいです」
「「「え!?」」」
「いやー、神聖な場所にくると不思議なことも起こるもんですね!」
とりあえず、誤魔化す。
「そうでしょう? 我らが神は偉大なる御方ですので」
「それじゃ、俺はそろそろ……」
帰る
「イルシスの
若い
神殿から出た俺は、東へと進路を向ける。
ビックリしたなー。厨二病、ここに極まれりって感じだったけどさ。今まであんなこと無かったのに。俺の左手に封印された何かが目覚めたのかと思っちゃったよ。
俺は間延びしたような軽い感じの女性の言ったことを思い返す。
もし、本当にあれがイルシス神の声だったとしたら、あの神殿のやつらは加護を失ったな。ご愁傷様って感じだ。
考えながら歩いていると魔法屋の案内看板が見えてきたので、大通りを右に曲がり路地に入った。
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