第5章 ── トリエン騒乱

第5章 ── 第1話

 要塞から馬車でトリエンに向かう。

 休憩の必要のないゴーレムホースの引く馬車なら、急げば夜頃にはトリエンに到着できるだろう。

 同行する捕虜は、もちろんアルフォート・フォン・ナルバレスだ。トリエン男爵の決定的な反逆の証拠を握る人物であり、今度の侵攻作戦の潜入部隊の指揮官という立場でもある。


 途中、コーリン村で羊乳を樽で購入しておいた。インベントリ・バッグに入れておけば時間的劣化はないので、これを使ってあるものを作る予定だ。あ、これはクエストには関係ない。後のお楽しみだ。


 さて、トリエンはもうすぐだ。すでに夜のとばりが降りているが、ゴーレムホースに明暗は関係ないのでスピードを落としてゆっくり行く。


 俺は、後ろに乗せたアルフォートに話しかける。


「アルフォート、そろそろトリエンだけど、トリエンの城門に入る時絶対動くなよ。身じろぎもダメ。解った?」

「承知した……」


 アルフォートは素直に返事する。短い付き合いではあるが、暇な時に魔術談義に付き合ってもらっているせいか、チョップも必要なく素直に色々と話してくれるようになってきた。

 密入国者であるアルフォートの存在がバレると、色々厄介なので居ることは知られたくないんだよね。


 トリエンの城門に付くと、四人の衛兵たちが駆け寄ってくる。


「冒険者ケント! トリ・エンティル様! お帰りなさい!」


 あれ、随分友好的だな。

 御者台に座った俺の隣にいるトリシアが挙手で挨拶すると、衛兵たちは嬉しそうだ。トリシア効果か。


 俺が冒険者カードを出そうとすると、衛兵の一人がそれを止める。


「身分証明は結構です。お通り下さい」


 顔パス、キターー! でも、治安維持の観点からは落第だよね。まあ、今回はありがたいけどさ。


「ありがとう。それじゃ通らせてもらうね。スレイプニル、常歩ウォーク


 すんなり入れて拍子抜けだけど、名が売れたメリットだね。


 俺たちは南の大通りをギルドに向かう。

 ギルドに向かう途中、作戦を推敲すいこうする。ギルドにアルフォートを引き渡して事件の概要を証言させることでクエスト自体は完了するが、それだけでは事件の解決にはならない。黒幕である男爵を引きずり出さねばならないからだ。そのためにも、ギルドには協力してもらわねばならないだろう。


 ギルドの前に馬車を止め、荷台にいるアルフォートを下ろす。

 ゴーレムホースが衆目を集めるので、その様子も周りは目撃したことだろう。これが第一段階での狙いだ。実際、町の人以外にも衛兵たちもこちらを見ている。


 縛られたアルフォートを連れて、俺たちはギルドに入った。


 もう夜なので冒険者はまばららであったが、ギルドは職員が交代制で二四時間やってるので問題はない。


「クエストの報告をしたいんだけど」


 ギルドカードをカウンターに提出する。

 ロープで縛られたアルフォートを見て、猫耳……いや犬耳か? 犬耳の受付嬢が目を白黒させていたが、ギルドカードの提出に気づいて、慌てて対応をしてくれる。


「畏まりました」


依頼検索サーチ・コントラクト


「検索完了しました。ゴブリン調査でございますね。応接室にてご報告をお願いします」


 冒険者カードを受け取り、応接室へと通される。しばらく待っていると、別のギルド職員が書類などを持って現れた。


「遅くなりまして、申し訳ありません。私はサブ・ギルドマスター、サブリナ・アクスウィルドと申します」


 真面目そうな感じのメガネ美人です。この世界は美人が多くて眼福です。


「早速、ご報告願えますか?」

「了解しました」


 俺は今回の事件の詳細を詳しく報告する。


「という感じなんですが、俺たちは、まだクエストが終わっていないと思っています。最初に受けた依頼自体は完了していると思いますが」

「そうですね。ゴブリンの調査自体は完了と見て良いです」


 サブリナ女史が同意してくれた。


「それで、ゴブリン調査のクエストで新たな事実が判明したんで、そちらを続けて解決しようかと思っています」


 サブリナ女史が少し考える。


「そうなると、今後のことはクエスト扱いにしなければならないんですが……ブロンズ・クラスのクエスト内容ではなくなってしまいます」


 そりゃそうだね。国家的命運ってほどではないかもしれないけど、国家間の勢力バランスが左右されかねないからね。


「まず、王国内のギルド本部へ報告をしなければなりません」

「そうでしょうね。国家的問題ですし……」

「少々、お時間を頂いてよろしいですか?」

「どの程度でしょう?」

「一時間……いえ、二時間ほど」

「それは構いません。で、その前にですが、今後、俺がどのように解決しようと思っているかをお教えしておきます。まずは……」


 俺は自分がこの事件をどう決着させようと考えているのかの計画をサブリナ女史に言って聞かせる。

 聞き終わったサブリナは、俺の計画を反芻はんすうしながら考え込む。

 喋っているうちにアルフォートの顔が青くなっていったけどさ。


「随分と大胆な作戦ですね。そうすると、そちらのナルバレス氏が危険ではないですか?」

「そこは大丈夫です。こちらで何とかしますよ」


 そう言って、俺はハリスとトリシアを見る。


「ハリスとトリシア、頼みがあるんだが」

「何だ……?」

「多分、俺の計画通りに進めば、暗殺者なり狙撃者なりが現れると思う。アルフォートの命を狙ってね。陰ながら護衛してほしいんだ」

「ふん、それだけか?」


 トリシアは大した頼みでもないという感じで鼻を鳴らす。


「いや、いつ来るかが判らないし、俺たちで交代制になると思う。で、現れたそいつらを捕らえたい」


「我は!?」


 マリスが頓狂とんきょうな声を上げる。


「マリスも護衛についてもらうよ。アルフォートの近辺を直接護衛するんだ」

「そういうことなら、任せろなのじゃ!」


 俺は向き直ってサブリナ女史に言う。


「ということで、ギルドの方で今回の事件の情報を噂になるくらい周囲に漏らして下さい」

「どの辺りまで漏らせば?」

「そうですね、王国への侵略を企んでいた帝国兵を俺らが捕らえてギルドに連れて来たってくらいで良いんじゃないかな?」


 あまり詳細な情報を流す必要はないだろう。男爵一派には少ない情報で色々と邪推じゃすいしてもらった方がいい。


「それで、このナルバレス氏を何処に収監するのですか?」

「衛兵隊に渡すと護衛ができなくなりますので、ギルドの独房はどうです?」


 サブリナ女史は少し困った顔になる。アルフォートは露骨に嫌そうだ。


「男爵の手のものが、引き渡しを要求してくるかもしれませんよ?」

「そこはギルドで何とかできないですかね? 国家規模の話だから本部と連絡を取っているとかなんとか」

「その線なら何とか……一応、国家権力はギルドには不干渉というのが慣例ですから」


 やっぱりギルドと国はそういった関係だと思った。上手く使えそうだね。


「では、そういう方向でいきましょう。それで、このクエストは、ランク的にシルバーまでに収まりますかね?」

「収まりません。最低でもゴールドです」

「じゃあ、受けられませんか……」

「いえ、トリ・エンティル様がいるなら問題ありません」


 トリシアさまさまだな、ホントに。


「アルフォート、君の命は必ず俺らが守るから安心してくれ」

「本当に大丈夫だろうな?」

「俺はともかく、トリ・エンティルを知らないのか? オリハルコン・クラスの冒険者だぞ? 護衛なんか朝飯前さ。こっちのハリスだって、ワイバーン・スレイヤーなんだぜ?」


 教えてやると、アルフォートはあごが外れたようになった。


「ま、大船に乗ったつもりでいいよ。悪いようにはしないからさ」

「承知した。お任せする」


 アルフォートは、縛られたままだが帝国式の礼をしようとしたようだ。足を片方引いて深く頭をさげる。


「よし、作戦を決行しよう。ギルド本部への連絡はお任せします。それと俺たちは一度腹ごしらえをしてきますので、アルフォートの事は頼みますよ、サブリナさん」

「お任せ下さい」


 サブリナ女史が請け負ってくれたので、みんなで応接室を後にした。

 あの食堂まだやってるかな? やってなかったらトマソン爺さんの宿にでも行こうか。

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