第4章 ── 第9話

 ロープで縛られた帝国兵が数珠じゅずつなぎよろしく行軍してくる様をみた要塞の兵士たちは肝をつぶした。

 それを玩具の兵士みたいなフルプレートメイル姿の人物が引き連れており、その左右には弓を構えた人物が二人、殿しんがりには縛られたローブ姿のものと、剣士が一人。要塞内の弓兵が北側防壁の上から弓を構えていつでも射撃できる体勢を作る。北と南の違いはあれど訓練通りと言えた。


「我ら、冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』なのじゃ! 戦時捕虜を連れて参ったゆえ、開門してたもれ!」


 玩具の兵士が大声でのたまう。


 要塞守備司令官を国王から拝命するブルート・オルドリン・デ・カートンケイル子爵は、伝令兵から伝えられた内容を聞き、早急に決断することを迫られた。


「副官マチスン。どう思うかね?」

「帝国の侵攻を隠すための欺瞞工作とも考えられますが……王国内に現れたということになりますと、いささか問題が大きいですね」


 副官のテオドール・マチスン男爵が思案顔で答える。


「よし、門内の左右に二隊の歩兵隊を配置しろ。警戒しつつ門を開けよ。気を抜くなよ」


 オルドリン子爵は決断を下し、補佐官のマイヤー・オーソン士爵に命令する。


「面倒事は勘弁してもらいたいものだが……」

「面倒で済めば気は楽ですが、厄介事という可能性もあります」

「まずは様子を見るとするか」


 オルドリンは立ち上がると窓から門の様子をうかがった。





 マリスが呼びかけてから、少し待つと門がゆっくりと大きな軋み音を立てて開いた。門の内部は王国の兵士が何十人もいる。

 その中の一人の兵士が近づいてきたので、声を掛けてみる。


「俺は冒険者のケント、チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のリーダーです。王国内で帝国兵を発見し、制圧したのでお連れしたのですが」


 それを聞いた兵士はロープで縛られた帝国兵たちを一瞥いちべつするとうなずいた。


「協力、痛みいる。要塞内に入ってくれたまえ。冒険者諸君は要塞を預かるオルドリン司令官に面会してもらいたい。帝国兵は我々の方で対処する」


 別に断る理由もないので了承すると、門内から三〇人くらいの兵士が出てきて帝国兵たちに付いた。


「了解です。案内をお願いできますか?」

「では、着いて参られよ」


 俺たち四人が城塞内に入ると、門の内側の左右にはそれぞれ二〇人ほどの兵士がいた。俺たちも警戒されているんだな。当然といえば当然だけど。



 通された部屋は、この要塞の応接室だろう。来客に失礼がない程度に装飾が施されている。無骨な要塞内においては珍しい気がするね。


 しばらく待つと、軍人然としたガタイが良くて髭を綺麗に切りそろえた人物と、細マッチョな人物が入ってきた。

 髭の人物はソファに腰を掛けると、俺たちにも座るようにうながす。


「掛け給え。王国領内で帝国兵を捕縛してくれたようだな。感謝に絶えない。私はブルート・オルドリン・デ・カートンケイル子爵だ」


──ピュー


トリシアが感心した時のような口笛を吹く。


「あの名高い『あかき猛将』オルドリン将軍か」


 トリシアは、この人物を知っているらしい。オルドリン子爵はそれを聞いてトリシアを見るが、顔を伏せるようにして目を閉じ笑いだした。


「ふふふ、そんな二つ名など戦争では何の役にも立たんが、私も冒険者たちに知られる程度には有名になったようだ」


 俺は知りませんでした、はい。


「一応、身分を証明するものを提示して頂きたい」


 細マッチョが求めてくる。異存はないので、俺の冒険者カードをソファ・テーブルの上に置く。


「ほう……シルバー・ランクか。トリエン周辺にシルバー・ランクの冒険者がいるとは知らなかったな。ケントというのか……」


 オルドリン子爵が俺のカードを見て感心したように言う。


「いえ、一週間くらい前にシルバーに昇格したばかりなもので」


 軍の高官が知らなくても問題となるようなことじゃないからね。

 オルドリン子爵は何気なくシルバー・カードの裏にも目を通した。突然、目が見開かれてソファから立ち上がった。


「ワイバーン・スレイヤーだと!? 最近、報告にあったワイバーンを倒したのか!?」


 あぁ、ウスラの報告でワイバーンがこのあたりにいると思っていたんだな。なるほど、こりゃ騒乱罪が適用されたのもうなずけるな。


「はい、こちらの野伏レンジャーハリスと共にアルテナ森林内で倒しました」


 ハリスは小さくオルドリン子爵に向かって会釈えしゃくをした


「信じられん……」

「その情報は私が保証するよ、オルドリン将軍」


 そう、トリシアが保証してくれる。


「貴公は東の森のエルフか。現場を見たのかね?」

「私の部下が詳細な報告を持ってきたのでね。自己紹介がまだだったな。私はアルテナ森林評議会遊撃兵団元団長、トリシア・アリ・エンティルと申す」

「トリシア・アル・エンティル……? トリ・エンティル殿か!」


 細マッチョは何のことだ? という顔だったが、オルドリン子爵はトリシアの前に行くと突然ひざまずいた。


 団長、有名人過ぎ。『猛将』がひざまずいちゃったよ。細マッチョの人が突然の事にビックリしてるじゃん。


「おいおい、止めてくれないか。ウチのリーダーが困っている」


 俺が戸惑っているのを感じたのか、トリシアがオルドリン子爵を立ち上がらせた。


「トリ・エンティル殿を部下にしているのか、ケント殿は」

「いやまあ、成り行きでして……」


 俺としては頭を掻くしかない。


「ワイバーン・スレイヤーは伊達ではないということか」


 オルドリン子爵が片手を突き出してきたので俺も握り返す。トリシアのお陰で、司令官の子爵様とは一気に友好ムードになったね。細マッチョは相変わらず何が起こっているのか判らないといった感じだが。


「閣下、この方たちは一体……」

「副官マチスンは知らないのか? 伝説の冒険者トリ・エンティルの物語を。私は小さい頃読んで胸をときめかせたものだがな」

「学問はおさめましたが、英雄譚の方はとんと……」

「そうか、トリ・エンティル殿は、オリハルコン・クラスの冒険者だ。単騎で軍隊とだって戦えるほどの力を持つ御方おかただぞ」


 そんな冗談を……と言いかけた副官マチスン男爵は、オルドリン子爵の真面目な顔を見て理解した。子爵は、こと戦闘に関しては決して冗談をいう人物ではなかったからだ。


「それほどの……?」

「それほどだよ。トリ・エンティル殿を部下にしているということは、こちらのケント殿はもっと凄いということだ」

「買いかぶりすぎですよ」


 俺はやんわりと否定する。


「いや、事実だからな。ケントは私が足元にも及ばないほどの実力を秘めている」


 トリシア、自慢げに言ってるけど、七二レベルとか秘密なんじゃないのかよ。あんまり持ち上げるとバレるかもしれないじゃんか。


 俺は目線で抗議をするが、トリシアは自分の自慢の逸品いっぴん披露ひろうするような気持ちなのか、ニヤリと笑うだけだ。


「それで、ケント殿。今回は冒険の最中に帝国兵を発見して頂けたということですかな?」

「いえ、問題はそんなに単純なことではないようです」


 俺は今回判明した帝国の侵攻作戦、それと領主トリエン男爵の裏切りについて説明をした。


「なんですと! トリエン男爵めが反逆!? アルベール家の青二才めが!」


 アルベール家の青二才というのは、あの貴族の御曹司おんぞうし、クリストファ・アルベール・デ・トリエンの父親の事だろうね。


「それで、俺たちは依頼の遂行中にこの事実に行き当たりました。緊急性が高いと思いまして、帝国兵たちを制圧してお連れした次第です」

「うーむ……副官マチスン。どのように対処すべきだと思うか?」


 事の大きさにオルドリン子爵もどう扱っていいものか判らないと言った様子だ。


「この書状を見る限り、罪は明白のようです。この情報を早急に王都へお届けになるべきかと」


 アルフォートが所持していたトリエン男爵の書状だ。男爵の押印がしてあるロウで封印してあったからねぇ。


「そうだな。それが良さそうだ。信頼のおける伝令兵を早馬に乗せて王都へ向かわせよ。トリエンの町には立ち入らせるなよ?」

「心得ております」


 命令を受けた副官のマチスンが部屋から出ていった。


「ケント殿、王国の危機を知らせて頂け、感謝に絶えない」

「王国のギルドに所属する身としては当然だと思いますが、まつりごとに冒険者が口を挟んだことになりますけど、大丈夫ですかね?」


 基本、ギルドは様々な国の都市や町に支部を持っているため、政治などに関わってはいけないことになっている。今回の件は国と国との戦争に関する事だから、違反になったりするかもしれない。


「いや、こと戦争に関して……民草たみくさを守る事、平和を維持する事を信条としているギルドは戦争回避における行動に制限はないはずだ」


 それなら良いんだけど。


「今回、トリエンを治めている男爵だけが裏切ったとも思えませんので、男爵の協力者なども炙り出す必要があると思いますが……」

「そうであろうな。ここの駐屯軍を動かすわけにもいかん。どうだ、ケント殿たちに捜査をお願いする事はできるか?」

「そうですね……今回の依頼はゴブリンの調査でしたが、最初のクエストから派生した副次クエストって事になるのかな?」


 トリシアの方を見るとうなずいている。


「それじゃ、ギルドにも協力してもらおうかな。捕虜の一人をトリエンに連れていきたいのですが問題ありますか?」


「何をしようというのかね?」

「いや、今回、帝国がからめ手で攻めてきてますからね。こっちもからめ手を使ってみようかと」


 俺はそう言うと、少し含み笑いをする。

 ああ、トリシアの黒い笑いってこんな感じなのかもしれないね。

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