第4章 ── 第8話

 ゴブリンが現れたのは、俺たちパーティ・メンバーが順番に食事を食べ終えた頃だ。

 小さいのから大きいのまで、総勢三〇匹ものゴブリン部隊だった。

 それを先ほどベルパ王を護衛して帰っていったゴブリン・ファイターのガルボが指揮をってるようだ。ガルボ配下のゴブリン・ファイター三匹が、通常のゴブリンを九匹ずつ統制している。


 軍隊だなこりゃ。ガルボはゴブリン・ファイターというより、ゴブリン・リーダー、もしくはゴブリン・ジェネラルとか呼んだ方がいいんじゃないか?


「ウド・ガルギャ・バルギ!」


 ガルボが何かゴブリン語で命令している。


「ありゃ、なんて言っているの?」

「全員、整列、待機だな」


 俺たちで唯一ゴブリン語がある程度理解できるトリシアが教えてくれる。


「待たせてすまないゴブな、人間」

「来てくれてありがとう、ガルボ隊長」


 俺がガルボに隊長を付けて言うと、いかつい顔のガルボの顔が少し微笑んだような気がする。ゴブリンの表情なんか詳しくみたことないから確証はないけどさ。


 すでに陽は落ちて、林の中は暗闇が支配し始めている。帝国兵が使っていた篝火かがりびに新しいまきを補充して『点火イグニッション』の魔法で火を付けて回る。


「出発は明朝一番にする。それまで一休みしようか。警備は交代でやろう」


 俺は皆に聞こえるように言っておく。ガルボがうなずいてゴブリン・ファイターたちにゴブリン語で指示をだしている。

 やっぱゴブリン語は解かんないな。言語はスキルじゃないから苦労して覚える必要がありそうだね。


「人間、周囲の警戒と警備は我らゴブリン隊で行うゴブ。お前らは休んでおくゴブ」

「ありがとう。俺たちも一人ずつ警備にまわしておくよ」


 ガルボはうなずくとゴブリンたちの所に戻っていく。

 

ドーンヴァース時代のゴブリンはモンスターでしかなかったけど、こうやってゴブリンと交流を持ってみると知的生命体であることが良く解る。


 混沌の勢力と言われているけど、そうなのかな? 規律はあるし、どっちかって言うと秩序立ってるよねぇ。コミュニティを構築する段階で混沌と思えないよ。それとも便宜上べんぎじょう、創造神一派の神々を秩序、敵対している勢力を混沌と呼んでいるのかな?


 正義と悪とか、秩序と混沌とか、単純に二元論で分けられる気がしない。現実世界でも戦争が絶えなかったけど、戦争当事者のそれぞれの国ごとに、それぞれの正義や大義があった感じだよね。トリシアは俺を「秩序の守り手」と呼んだけど、俺は俺が思う正義をつらぬこうと思う。


 一休みと言ったが、休んでいる側も色々とやることがあった。捕虜である帝国兵たちも人間だから腹は減るし、出るものも出る。捕虜たちに食事や水を与えたり、生理現象の処理に付いていったりと、結構忙しい。

 食料は帝国兵たちが持ち込んだ物資の中にあったので足りなくなることはなかったが、トイレとかはトリシアやマリスに任せるわけにもいかないので、俺とハリスで頑張った。


 そんな中でナルバレスと話をする機会もあった。帝国貴族だけあって横柄だったので、偉そうな口を聞くたびにチョップを頭に落としていたら、次第に素直に言うことを聴くようになった。決して拷問になるほど強く落としたつもりはないよ。軽くね、軽く。


「で、子爵閣下。君はトリエンの男爵とどこまで繋っているんだ?」


 散々チョップを落とされたナルバレスは素直に答えるようになった。


「直接の面識はない。使者殿を介した書状のやり取りで連絡を取っていた」

「ゴブリンを使ってか」

「我々が直接動けば、計画が露見する恐れが高まる。だから現地の勢力を使った」


 なるほどね。それなりに考えているんだな。


「で、帝国はいつ攻めてくるつもりだったんだ?」

「計画では、あと一ヶ月で作戦が開始される予定であった」

「その間、野宿するつもりだったの? それにしちゃ食料とかの備蓄が足りないようだけど」

「物資は一週間ほどの間隔で本土から送られてくるのでな」

「次回の配送予定は?」

「三日後」


 ふむ、この地図をカートンケイルに届けて、あの抜け道を兵隊に巡回してもらうか、監視兵を置いてもらう必要があるな。


 その後も色々とナルバレスから聞いてみた。彼の事とか、帝国の事とか、魔法の事とか。喋らない時は遠慮なくチョップを入れていたら、だんだん俺に怯えるようになってきてしまった。ちょっとやりすぎたかなぁ……


 ナルバレスは帝国の永代貴族ナルバレス子爵家の次男坊で、名をアルフォートというそうだ。幼い頃に魔法の才能が判ったので帝国内にある魔法学校で修行したらしい。

 子爵の継承権は兄が持っているので、この才能を生かして自分の家名を立ち上げるのが望みだったようだ。野心の燃えるアルフォートは軍で栄達するのが、家名を得る近道だと思ったようだ。

 アルフォートの実家は裕福だったし金銭的支援にも恵まれて、トントン拍子に出世して一つの部隊を任されるようになった。もちろん彼もそれなりに優秀だったのだろう。

 今回の作戦が上手く行けば、より高みに上れたのにと悔しそうだった。


 彼の持ち物の中に魔法書がいくつか入っていた。火属性初級と中級、物理属性初級と中級、金属性初級と中級、闇属性初級なんてものもあった。火属性魔法の中級はともかく、他は俺の持ってる魔法書の中に無いものばかりだ。


「これ、もらっていい?」

「……私は捕囚だ。好きにすればいいじゃないか」


 有無を言わさず自分のものにもできるだろうけど、一応聞いとかないとさ。なんかカツアゲみたいで嫌じゃん。


「ありがとう、助かるよ」


 俺がお礼を言うとアルフォートがビックリした顔をしたが、物をもらったらお礼を言うのは日本人としては当然だよな。


 それから魔法について色々と聞いてみる。本職の魔法使いスペル・キャスターに話を聴く機会はあまりなさそうだしね。トリエンのギルドで見る限り、魔法使いスペル・キャスターはかなり数が少なかった。ダレルは珍しい部類だったんだね。


 この世界の魔法は体系付けられた一種の学問のようだったから、ちゃんとした魔法学校で勉強した者の話は貴重だ。この機会を逃す手はない。


 この世界の魔法はドーンヴァースの魔法と違い、言葉による魔法方程式に魔力を流すことで魔力を変容させる。それが魔法の効果として発揮されるらしい。

 全ての生物には大小はあるとしても基本的に魔力が宿っている。この魔力には色、すなわち属性はない。

 この無色の魔力に属性や効果を与えるのが魔法方程式たる呪文だ。呪文を構成するそれぞれの言葉(俗に「節」と呼ばれる)によって様々な効果を魔法に与えられる。

 この「節」が増えるたびに消費される魔力が跳ね上がるので、長い呪文によっては一人で唱えることはできない。そういった場合は複数の魔法使いスペル・キャスターによって行われる「詠唱儀式」というものが必要になるという。


 また、アルフォートが戦闘時に持っていた杖(先端に大ぶりのクリスタルが付いていた)などは、魔力伝導が高く、魔力を増幅させる力を持っているので消費魔力を抑えられるようだ。


 こう色々聞いてみると、ドーンヴァースの魔法はこの世界のものとは大分違うと思う。詠唱を必要としない事が最大の理由だ。言葉による魔法方程式を使わないわけだから、どのように魔力に魔法の効果を与えているのか。そこが最大の疑問点だね。ゲームのシステムだからって言っちゃったら、それまでなんだけどさ……でも、俺がこの世界で新たに覚えた魔法も無詠唱で使えるんだよねぇ。一体どういうことなのか、さっぱりです。


 そうこうしているうちに夜も更けてきたので、ゴブリンがキャンプを三交代で守る中、俺たちも交代しながら夜を明かした。


 朝になり、兵士たちに食事を与えてから出発の準備をする。帝国兵たちが持ち込んだ物資などは全部、俺のインベントリ・バッグに放り込んでおく。


「それは、どのくらい入るのかのう。興味ありじゃ」


 ポンポンと物資やテントなどを放り込んでいくのでマリスは疑問に思ったのだろう。


「制限ないんだよ。課金してあるからね」

「課金ってなんじゃ? 誰に払うのじゃ?」

「運営? って言ってもわからんよな……まあ、神様みたいなもんかな」

「! お布施じゃな! どの神にじゃ!?」

「いやぁ……現状、俺だけの神かなぁ……」

「なんじゃ、ケント。煮え切らんのじゃ! 教えてたも!」


 マリスが癇癪を起こす手前だ。困ったな。


「そうだな。じゃあ教えてやるかな。創造神だよ」

「あの、いなくなった名もなき神の……?」

「そうにしか言えない存在だからなぁ……」


 マリスは何かを考えるように周囲をウロウロ歩き回っていた。

 いつまでもここにいるわけにもいかないので、そろそろ要塞に向けて出発するべきだな。


「さてと……帝国兵の諸君。出かけようか。一列縦隊で並んでくれ」


 俺が言うと、帝国兵たちがノロノロと一列縦隊を作り始める。アルフォートが俺から離れるように縦隊に並ぼうとしたので、それを止めておく。


「おっと、子爵閣下は俺と一緒だ。魔法なんか使おうとするなよ? 一撃でこの世からオサラバしてもらうからね」


 俺はアルフォートに釘を刺しておく。もっとも、かなり非常識な戦い方をした俺を彼は異様に怖がっていた。俺が近づくだけで小刻みに震え始めるんだ。これなら下手なことはしないかな。


「貴様ら! それでも帝国兵士か! 縦隊! 駆け足! たとえ捕囚と言えども、帝国兵の名をはずかしめるな!」


 トリシアの威圧で口を割った帝国兵が、他の帝国兵にげきを飛ばした。よし、あの帝国兵は「兵長さん」と心の中で呼ぶことにする。


 兵長さんが帝国兵の縦隊の先頭に立った。


「それじゃ行こうか。マリス先頭で要塞付近まで帝国兵を引っ張っていってくれ。ハリスとトリシアは縦隊の左右、五〇メートルに位置すること。殿しんがりは俺と子爵閣下だ」


 玩具の兵士のような重装鎧のマリスが歩き出す。


「縦隊前へ! 進め!」


 兵長さんがそれに合わせて号令を掛けると帝国兵が前進を開始する。俺はナルバレスの背中を剣の柄で押して前へ進ませた。


 ゴブリン達は、ガルボ隊長の指示で三隊に別れ、前と左右で帝国兵を囲む。ガルボは俺の横に付いて歩くみたいだ。左右のゴブリン隊のさらに外側に、トリシアとハリスが弓を構えて陣取る。これで、逃亡者がいた場合に即座に対応できるだろう。


 丘陵地帯を出て二時間ほど行軍すると、遠方に要塞が見え始めた。


「よし、要塞が見えてきた。ゴブリン隊のみんなはここまでだ」


 俺の号令で全員が行軍を停止した。


 ガルボはゴブリン語でゴブリンたちを集合させている。


「ガルボ助かったよ。ここまでありがとう。ベルパ王によろしくと伝えてくれ」

「了解したゴブ。人間の役にたてて、王もきっとお喜びゴブよ」


 そう言うと、ガルボは巣へと引き返していった。


 よし。ここからが大変だ。


「帝国兵の皆さん、これから要塞に向かうよ。言っとくけど……そこのエルフは伝説の冒険者トリ・エンティルだ。弓の腕は世界一かもしれないね。そっちのハリスもワイバーン・スレイヤーの肩書を持つ一流の冒険者だから気をつけな。逃げようとしたらこの二人が即座に矢を放つ」


 トリ・エンティルの名前を聞いた何人かの帝国兵が、恐怖とも興奮とも取れる表情を浮かべたのが見えた。この人たちもトリシアの隠れファンか……ワイバーン・スレイヤーの下りに至っては、幾人かというより全員の顔に恐怖の色が浮かんだことは間違いない。


「よし、前進!」

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