第4章 ── 第7話
湿地には続く細く不安定な足場が奥へと伸びていた。その足場の上には真新しい足跡が幾つかある。よし、追いつけそうだ。
急いで足場の足跡を追う。追跡スキルが手に入っていて良かったよ。
二十分もしないうちに、前方に二人の兵士に挟まれてゴブリン・ロードらしき姿が見えてきた。走りながら魔法を使う。
「地の精霊ノミデスよ。眼前の敵を泥に沈めよ。『
前を行く兵士とゴブリンの足元が突然泥のようになり足が沈み始める。慌てて足を抜こうとすると、余計に足が沈んでいく。
俺は沈んでいく三人の手前で止まると声をかけた。
「ゴブリンの王ベルパって、あんたか?」
「何者だ!」
「何者ゴブ?
良かった人間語通じたわ。兵士は無視だ。
「俺はケント。帝国に連れ去られそうだって聞いたから、助けに来たんだよ」
「余を救出に参ったゴブか! 人間ながら天晴れゴブ!」
俺はベルパの後ろにいた兵士の背中を足の裏で踏むように押す。
「き、貴様! 何を…ゴボゴボ」
背中を踏み押されて兵士は前のめりに泥に沈み込んだ。
沈み込みそうな兵士の背中を足場にしてベルパを泥から引っ張り、乾いた足場に引っ張り上げる。
足を戻すと、兵士は泥から顔を上げた。
「帝国兵にこのようなことをして、ただで済むとは思っておらんだろうな!」
「いや、あんたらの仲間は既に拘束したよ。ナルバレス閣下とやらもね」
「な、なんだと!?」
「王国への侵攻計画はご破算だよ」
「ぐぬぬぬ……」
さてと、あとはベルパを連れて帰るだけだな。
「よし。ベルパ王、戻ろうか」
「人間よ感謝するゴブ。余を救出したことの恩をどうやって返せばよいゴブか……」
「そんな話は後でいいよ。歩いて帰ると大分時間がかかりそうだな……よし! 王よ、
俺は後ろを向いてしゃがむ。
「人間! 余の
ぬう。妙に人間くさいゴブリンだな。
「構わないから乗れ。早く帰りたいんだ」
「ぐぬう。仕方ないゴブね」
しぶしぶという感じでゴブリンが俺の背中にしがみ付く。ゴブリンの王は通常のゴブリンよりも大型だが、それでも人間を一回り小さくしたくらいしかない。俺からすると
「しっかり掴まってないと、振り落とされるからね」
「よろしく頼むゴブ」
スピードは加減したけど、それなりの速さでキャンプへの道を戻る。途中、ベルパが何か叫んでたようだけど、風の音に
帰りは四時間も掛かってしまったが、無事にキャンプに戻ってくることができた。ベルパは振り落とされはしなかったが、大分体力を消耗しているようだ。
キャンプでは、気絶していたものも目を覚ましたようで、トリシア、ハリス、マリスの三人が兵士たちを囲んで警備していた。
「戻ったよ」
「ケント! 随分遅かったのじゃな!」
「間に合ったようだな」
「何とかね」
ベルパを背中から下ろすと、腰が抜けたようになってた。悪いことしたかな?
「王! 王よ!!」
王を
その声に
「ガ、ガルボか……なぜ縛られているゴブ?」
「ああ、ごめん。敵か味方かハッキリしなかったんでね。ハリス、ガルボの縄を解いてやってくれないか?」
「オーケー……ケント」
縄から解き放たれたガルボは、ベルパの前で
「よくぞご無事で! このガルボ、王の姿が見えず肝を冷やしましたゴブ!」
「うむ。心配を掛けたゴブな。この人間が余を救出してくれたゴブ」
俺の方を見ながらベルパが言う。
「人間! 感謝するゴブ! よくぞ王を救出してくれたゴブね!」
「あ、いや、成り行きだったからね」
仰々しく二匹のゴブリンに礼を言われて、少々照れる。
「ケント、黒ローブが懐にこんなものを隠し持っていた」
トリシアが一巻きのスクロールを取り出して俺に渡してくる。
開いて中を見ると……それはとんでもない代物だった。
帝国軍が攻めてきたのに呼応して、カートンケイル要塞に送られる食料物資に毒薬を仕込む
「これはマズイってもんじゃないな」
「そうだろう?」
「まさか、領主自らが裏切り者だとは……」
「これからどうする、ケント」
トリシアにこれからの方針を聞かれるが、どうしたものか。
「……男爵はともかく、他はどこまでの人間が反逆を企てていたか判らないな。ただ、書状からすると、カートンケイル要塞自体は反逆の仲間じゃなさそうな気がするね」
「私もそう判断するな」
「となると、まず、この帝国兵をカートンケイル要塞に連れていくべきかもしれないな」
「そうだな。しかし、この人数だと隙を見せたら逃げられかねんな」
「確かに……」
俺たちが悩んでいると、ベルパが声を掛けてくる。
「人間、困っておるなら余の配下を貸すことも
急転直下、問題を解決する方法をベルパが提案してきた。確かに名案ではあるな。しかし……
「要塞に近づいた時、ゴブリンの集団といたら攻撃されないかな?」
ゴブリンは混沌の手先と思われている。それが大挙して現れたら要塞の兵士は敵襲だと思うだろう。
「そうゴブね。なら途中まで余の配下を連れていけばいいゴブよ。それでお前たちは要塞の人間を連れて戻ってくるゴブ。戻ってきたのを遠くから確認したら、余の配下を引き上げさせるだけゴブ」
ゴブリンの王というだけあって、普通のゴブリンよりも頭がいいようだ。その案には乗ってもいいかもしれない。
「そうだな。それなら問題はないか。よし、そうしよう」
「余とガルボは巣に戻るが、すぐにガルボと配下のものをこちらに寄こすことを約束するゴブ」
「それじゃ頼むよ」
「全てが済んだら、我が巣へ来るといいゴブ。きっと礼をするゴブ」
「ああ、そのうち寄らせてもらうよ。でも、俺たちが近づいたら番兵が攻撃してくるんじゃないか?」
冗談っぽく俺が言うと、ベルパは少し考える。
「それなら、これを貸しておくゴブね」
そう言うと、ベルパは自分の首に掛かっている大きなメダリオンを渡してくる。
「これは王の証ゴブ。これを持つものは王か王の親しいものを証明するゴブよ」
「なるほど、これを首に掛けておけば、ゴブリンは襲ってこないわけだね」
ベルパが
「それでは、我々は行くゴブ。本当に世話になったゴブ。また会うゴブよ」
そう言うと、ゴブリンの王ベルパは、ガルボを引き連れて巣のある北へと歩いていった。
「まさか、ゴブリンと
トリシアが少し呆れ顔だ。
「確かにゴブリンは混沌の勢力かもしれないけど、まだ罪を犯していないものを敵にはしたくないんだよね」
「しかし、いつか脅威となるかもしれん」
「うーん、その時はその時で対処すればいいかな。今は無駄な争いをするより、もっと重要な案件があるしね」
要は優先順位の問題だ。ゴブリンの勢力より、敵国の軍隊の方が危険極まる。この問題は放置できない。内部に裏切り者がいる以上、一刻も早く解決しなければ村々……いやトリエンの町が危ない。
「とりあえず、こいつらをカートンケイルに届けるのが先さ」
俺たちは帝国兵を見下ろしながら、ゴブリンたちの軍勢を待つことにする。
すでに陽は傾き始めていた。そういや昼飯も食べてなかった。みんなも食べてないだろう。ゴブリンたちが来るまでに何か食べておくとするかな。
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