第4章 ── 第5話

 ハリスは既にゴブリンがいた付近を調べている。


「やはり……南西に向かってい……る」


 俺たちが来るとハリスは結果を教えてくれた。トリシアも痕跡を調べている。


「ゴブリンが八匹ってところだな。駆け足で移動してるな。追いつくのは難しいだろう」

「そうなのか……でも、足跡を辿たどっていけば、ゴブリンの巣に着きそうだね」

「それ相応の数を相手することになるぞ?」


 そう言われるとマリスが心配になってくるな。

 俺がマリスの顔を見ているのに気づいたのか、マリスも俺に目を向けてくる。


「なんじゃ? 不安かの? 我が守ってやるから安心するのじゃ」


 マリスの言葉に俺は苦笑してしまう。

 君が心配なんだけどな。仕方ない。いざとなったら俺が守るさ。


「よし、追跡を始めてくれ」

「了解だ……」


 俺の合図でハリスが追跡を開始する。ハリスを先頭に、トリシア、俺、マリスと続く。草原はだだっ広く目標になりそうな物は何もない。


 しかし、よく見ると何かが通ったような跡は俺にでも判別がついた。草が潰れていたり、茎が折れていたりしている。

 これらの痕跡から敵の規模や大きさまで割り出せる野伏レンジャーの追跡スキルは、野外において本領を発揮する専門スキルだ。


 俺はゴブリンが通ったらしき痕跡を見よう見まねで追いながら、ハリスたちに付いて行く。

 一時間ほどそうしていた時に、俺の頭の中で例のカチリとした音がなる。


 慌ててスキル・リストを確認すると……取れてたよ、「追跡」スキル。野伏レンジャー系の専門スキルなのになぁ。


 俺は「オールラウンダー」というユニークの凄さを今更ながら実感する。これが「オールラウンダー」の真骨頂なのだ。職業に制限されることなく、その職業の専門スキルを習得できる。公式が組み込んだユニークだからチートではないのだが、性能はチート以外の何物でもない。


 追跡スキルを手に入れたおかげで、ゴブリンの足跡が良く判るようになった。隠そうともしてないから当然といえば当然だが。まだ習得したての一レベルのスキルでも十分に追跡できそうだ。


 追跡をさらに二時間ほどした時、ゴブリンの通った痕跡が二手に別れた。丘陵地帯まではあと一時間くらいの地点だった。

 俺たちはその分岐点で一旦止まる。


「分岐してるね」

「ああ、少し大きめのゴブリン……多分、ゴブリン・ファイターだろう。それが左側にそれて移動しているな」

「右側は……普通のゴブリンが……七匹だ」


 どうしたものか……普通に考えれば、左が非常に怪しいと思えるね。


「ここは二手に分かれるべきだと思うけど……どう思う?」

「ゴブリンの巣が近いかもしれないな。チームを分散させるのは危険だ」


 そうだよな。マリスもいることだし……

 俺は以前、攻略サイトで見た野伏レンジャーの専門スキルを思い出そうと目をつむる。確か、カモフラージュするようなスキルがあったはずだ。


野伏レンジャーって、身を隠すようなスキルあったよね?」

「偽装のこと……か?」

「そう、それだ」


 確か、偽装スキルは隠れられる所がある場所なら、他のものに気づかれないで潜伏できるスキルだったはずだ。


 ……よし、決めた。


「斥候を出そう。ハリス、偽装を駆使くしして右側の痕跡を辿っていってみてくれ。何かを発見したら戻ってくるんだ。もしゴブリンがいても気づかれないようにしてくれ」

「了解……だ」


 ハリスは早速、周りの草などを抜いたり切ったりして偽装を開始する。偽装はすぐに完成したが……スナイパーなんかのギリー・スーツみたいだね。普通に立ってると植物モンスターにしか見えない。


「それじゃ、頼んだよ」


 無言のハリスが頷く……ってか頷いたと思う。顔も草だらけで良く判んないんだよ。ただ頭あたりが揺れたので、そう思ったんだけどね。


 植物モンスターと化したハリスが、右側の痕跡を中腰で辿っていった。

 どっかでいきなりアレに遭遇したら……漏らす自信ある。


 三〇分ほど待っただろうか、植物モンスターハリスが戻ってきた。


「この先……丘陵地帯に入ったところの林の中に……ゴブリンの巣らしき洞窟が……あった」

「きっとそこが巣だね」

「入り口に……見張りが二匹い……た」


 巣の位置は、ほぼ確定だ。

 では、左側は一体何があるのか……


「よし、これから全員で左側を追跡してみようと思う。依頼内容では巣を殲滅する必要はないから放置しても問題ないと思うしね」

「そうだな。巣を襲われればゴブリンも必死の抵抗を示すはずだ。蜂の巣をつつくようなことはしなくていいだろう」


 トリシアも賛成のようだ。


「じゃ、左側の追跡に移るよ」


 俺は左側の痕跡を追い始める。


「ケント……追跡ができるの……か?」


 ハリスがいぶかしげな顔で聞いてくる。

 あ、野伏レンジャーのお株を奪うところだった。失敗失敗。


「ごめん、慣れてきたらスキル覚えちゃったみたいで……でも俺のスキル・レベルは低いから、ハリスに任せるよ」


 俺は後方に下がる。やれやれといった風情ふぜいのハリス。またビックリ箱とか言いたそうだな。俺自身がビックリしているよ!


 一時間ほどで丘陵地帯へと辿たどり着く。足跡はまだ先に続いている。


「ここからは……下生したばえも少ない……用心して進も……う」


 三〇分ほど進んだ頃、前方の遥か遠くからえるような声らしきものが聞こえてきているのに気づく。

 俺たちは近くの灌木かんぼくに隠れ、前方をうかがった。

 『双眼の遠見筒』で前方を見ると、二〇人規模の人間がキャンプを行っているような感じだ。みんな同じような鎧を着ているが一人だけ黒いローブ姿だ。その中に一匹のゴブリンが座り込んで、わめき散らしているようだった。


「前方にキャンプ。人間が二〇人くらい。一人はローブ姿だ。ゴブリンが一匹見えるが何か喚いてるね」


 見えたことを報告する。


「どうする、ボス?」

「なるべく気づかれないように、近くまで行きたいな」

「了解だ。少し待て」


 トリシアが静かに何か呪文を唱え始めた。


『……オルド・ウーシュ・ソーマ・ヴィーガン・フィレリオン・ヘル・ウィンディア・カルス・ラクリス……集団静音移動マス・サイレント・ムーブ


「これで移動時の音が消える。持続時間はそれほど長くないぞ。急げ」


 俺たちはうなずくと、すぐに行動を開始する。灌木かんぼくを伝ってキャンプへ近づいていく。

 移動時に全く音がたたないお陰で、気付かれもせずに二〇メートルくらいまで近づく事ができた。キャンプの周りに灌木かんぼくが多くて助かったよ。


「王は何処だと聞いているゴブ!」


 聞き取りにくいが、あのゴブリンは人間の言葉で話している。しゃべれたんだね。だけど、語尾が『ゴブ』ってのはベタだなぁ……


「そう、カリカリするな、ガルボ。お前たちの王は、今、我が国に向かっているとさっきから言っておるだろう?」


 黒いローブの男がガルボと呼ばれたゴブリン・ファイターと話している。


──我が国?


「何故、我が王がお前どもの国に行かねばならぬゴブか! 嘘を言うなゴブ! どこに隠したゴブ!」

「ベルパ王は大切な人質。粗略には扱わぬよ。安心するといい」

「ふん! 信用できないゴブよ! 直ぐに王を連れてくるゴブ!」


 どうやら、ガルボの王たるゴブリンが人質に取られているようだ。いくらゴブリンでも人質取られてるのは可愛そうだな。


「……みんな、俺はゴブリンを助けたいんだけど……いいかな?」

「……混沌の手のものだぞ?」

「……それでもさ。……どう見ても……あの人間たちの方が悪だろ?」


 トリシアが難色を示すのは解る。


「……我はケントについていくのじゃ」

「……右に……同じだ」


 マリスとハリスは俺に従ってくれるらしい。


「……仕方ないね。……ボスはケントだ。……私も従おう」


 皆が同意したので、俺は魔法を使うことにする。


「木々の精霊たるドライアドよ。我の声に応え敵を捕らえよ……『大いなる茨の拘束エクステンド・ソーン・バインド


 俺の魔法が発動すると地面から太いトゲトゲの茨が何百と現れ、キャンプにいる人間に絡みついていく。この魔法もなかなか面白い。茨はどこから来るのかな?

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