第4章 ── 第4話
すべての準備が整ったので監視を開始する。ゴブリンと馬がまた来るかどうかは判らないが、二~三日くらい張り込んでも問題ないだろう。
日中に張り込みを開始してから何時間も経ち、夜が近づいてきた。辺りが薄暗くなってくると、とたんに監視場所も見えづらくなる。
「暗くなるとあそこが見えないな。どうするか」
「ん? ケントは光属性は使えないのか?」
「
といっても、光の魔法では相手にバレてしまう気がするけどさ。
「『
おお! さすが伝説の冒険者! 頼りになるな!
「それは助かる。お願いしようかな」
「そうか。じゃ、その遠眼鏡を貸してくれ」
遠眼鏡? ああ、『双眼の遠見筒』のことか。別にいいけど何に使うんだろう。
トリシアに『双眼の遠見筒』を渡すと、トリシアがニヤリと薄暗闇の中で笑うのが見えた。
「ふふ、ケントには色々見せてもらってるからな。お返しに見せてやろう、古代の秘術ってやつをな」
古代の秘術! 何それ! テンション上がるわ!
トリシアは『双眼の遠見筒』を手に取りながら呪文の詠唱を始める。
『ルグレギオ・ヴァルエッソネル・オーソンオクリスタ・エタニアラ・ヘル・リュミエル・カルスフェン・エルフォルス……』
随分複雑な詠唱をトリシアが唱える。しかし、唱え終わっても何かが発動する感じはない。
しばらく見ていると、目を
『
トリシアがグッタリとなり、崩れるように座り込んだ。俺は慌ててトリシアに駆け寄る。
「だ、大丈夫か、トリシア!?」
トリシアを抱きかかえると、少しだけ目を開けた。
「はぁはぁ……こ……この魔法は……かなり消耗するんだよ……魔力が……殆ど空だ……」
俺は慌ててメンバーのMPバーとSPバーを表示する。トリシアのMPが殆ど無くなっていた。SPも九割がた減っている。
「一体、何をしたんだ。魔力もスタミナも殆どなくなってるじゃないか」
「はぁはぁ……物品に……魔法効果を永久に……定着させる秘術だ……」
「永久にって……無茶するなよ……」
グッタリして息の荒いトリシアを毛布の上に寝かしつける。
「……少し休めば……元に戻るさ……」
さっきの魔法は、
この世界では最高域レベルのトリシアが、こんなになるような魔術だし『古代の秘術』ってのも頷ける。
少しするとトリシアの荒かった呼吸が和らいできて、
俺は『双眼の遠見筒』を手に取ると一応鑑定の魔法を唱えてみる。なるほど、『
「トリシアはどうしたのじゃ? 大丈夫なのかや?」
マリスが心配そうに聞いてくる。ハリスもその後ろで落ちつかなげにしている。
「ああ、もの凄い消耗したみたいだから寝かせておこう。命に別状はないと思う」
「トリシアは何をしたのじゃ?」
「このアイテムに『
二人が驚愕の表情を浮かべている。
無理もないよ。ドーンヴァースにも無い魔法だもん。
ドーンヴァースの
ドーンヴァースにトリシアがいたら、チーター扱いされること間違いないね。伝説の冒険者とはよく言ったものだよ。流石、トリ・エンティルと言ったところか。本当に凄い。
「トリシアが頑張ってくれたんだ、俺たちもしっかり監視の仕事をこなさないとね」
「そうだな……」
「わかったのじゃ!」
俺の言葉にハリスとマリスも同意する。
さてと……ゴブリンども現れてくれよ。無駄骨折らせたらマジで巣を急襲すんぞ。
その夜の監視は三交代で行った。最初はマリス、次に俺、そしてハリスの順だった。しかし、ゴブリンと馬は現れることはなく、朝を迎えてしまう。
朝日が昇り始めた頃に目を覚ますと、トリシアが起き上がって『双眼の遠見筒』を覗いていた。MPバーとSPバーは、まだ半分程度しか回復していないようだが……
「トリシア、まだ回復してないだろ。大丈夫なのか?」
「鍛え方が違う。もう平気だ」
そんなはずないだろに。まだ顔が青いぞ。
俺はスタミナポーションと魔力回復ポーションを取り出すと、トリシアに渡す。
「強がるのもいいが、無茶されてもこっちが困る。これを飲めよ」
「ポーションか。値段が高い割りに効果が薄いんだよな」
そう言いながらも、トリシアはポーションを
トリシアのMPバーとSPバーがみるみる回復していく。
「な、なんだこれは……」
全快とまではいかなかったが、MPもSPも八割程度まで回復した。
「こんなに回復するポーションは初めて飲んだ……」
「そうか? 普通のポーションだと思うけど。俺がドラゴンに挑むために買ったものだよ。一応、中級のポーションだけどね」
「中級? ポーションに等級があるのか?」
「え? この世界のポーションは等級ないの?」
「聞いたことないな……」
うむむ、またドーンヴァースとの差異だ。ドーンヴァースなら低級、中級、上級、特級と四等級のポーションがあるのだが。
「やはり、女王の言った通り……ケントはこの世界の人間じゃないのだな」
俺は慌てて、口に指を立てる。
「わかっている。二人ともまだ寝ている」
「全部、聞いたの?」
「全部ではないがな……私は女王からお前のサポートするように密命が与えられている」
なるほど。女王は自分が付いてくるわけにいかないから最も信頼できる部下を俺に付けてくれたんだな。タクヤとの約束を守るために。そこは素直に感謝しておこう。なんせトリシアは伝説の冒険者だからね。こちらとしてもありがたい。
「女王には世話になるなぁ……いつか恩返ししないと……」
「シッ!」
突然、トリシアが黙るように小さい合図を送ってくる。何だ?
俺はそっと岩の端から顔を出して、監視場所の方を
遠くでよく見えないが、街道の向こう側に何かが動いているのはわかった。
「……ゴブリンか……?」
「どうやら……そうらしい」
俺の問いに『双眼の遠見筒』を覗くトリシアが肯定する。
俺はハリスとマリスを静かに起こすと、目標が現れたことを手短に伝える。
「来たみたいだ。音を立てないように」
「了解じゃ……」
マリスが小声で、ハリスは無言で頷く。
俺は普通の望遠鏡をインベントリ・バッグから取り出して様子を見る。これは『双眼の遠見筒』ほど高性能じゃないが、使えないこともない。
ゴブリンたちは、草原の草に隠れるように屈んでいる。何かを待っているようだ。やはり馬が来るのを待っているのか。
二時間ほど待っただろうか。街道の北方面から馬の走る音が聞こえてきた。望遠鏡を覗いて、その様子を
黒い馬に乗って、黒い外套を着た人物が南へ向けて走ってきた。その人物は、ゴブリンが潜んでいる近くまでくると、馬の歩を緩めた。
何をしているんだろう?
見ていると、ゴブリン一匹──大きさからするとゴブリン・ファイターのようだ──が、潜伏場所から出てくると馬の方へ近づいていく。遠くて声は聞こえないが、馬上の男が何かをゴブリンに渡しているようだ。
何かを手渡されたゴブリンは、潜伏場所へと戻っていく。
馬上の男が馬を方向転換させている。その時、外套が風に煽られて
黒光りする鎧が見えた。どこかで見覚えがあったが、即座に思い出すことが出来ない。どこで見たっけな……
望遠鏡から目を離しトリシアの方を見ると、目が合った。
「なにか、キナ臭いな」
「ああ、あれは普通じゃないね。でも、あの黒い鎧……どっかで見た気がするんだよね」
「どこでだ?」
「ちょっと今は思い出せないけど……それより、ゴブリンを追った方が良くないかな?」
「それがいいな。よし、ハリス。追跡開始だ」
「了解だ……トリシア」
ハリスがゴブリンの潜伏していたところに走っていく。
「俺たちも行くぞ」
「頑張ってついていくのじゃ!」
トリシアも頷く。
よし、みんな準備万端だな。
さあ、行こう。冒険が待っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます