第4章 ── 第3話

 陽が昇る前に朝食として、お手軽なハムとチーズとレタスのサンドイッチを作っておく。

 食べながら現場に向かえるしね。しかし、マヨネーズは欲しいよな。後で作ってみようかな。

 サンドイッチを作っている最中、マリスが食べたそうに指をくわえながら後ろから覗き込んできたが村を出るまで当然お預け。


 ゴブリンがいた場合に気づかれては元も子もないので、現場には徒歩で行くつもりなので、ゴーレムホースと馬車をインベントリ・バッグに収納する。もちろん、戦闘準備は全て終えてから仕舞った。突然馬車と馬が消えたのを目撃した村人が数人、腰を抜かしていた。


 ちょうど太陽が登りだした頃にコリント村を出て南へと向かい始めた。歩き出して直ぐに朝食のサンドイッチを皆に渡す。


「歩きながら食べられるからサンドイッチにしたよ」

「パンで具を挟むという料理法は初めて見たな。サンドイッチというのか」


 ずっと我慢していたマリスは何も言わずにパクパクと食べ始める。ハリスも同様に食べ始めたが、無言なのはいつもの事だ。

 サンドイッチはあっという間に皆の胃袋に消えた。


 目的の場所までは一キロ程度なので、草原を突っ切りながら進んでもそう時間は掛からないが、途中から痕跡を探しながら進み始めたので、当然歩みは遅くなった。

 当然ながら俺とマリスはトリシアとハリスの後ろから着いていく格好になる。足跡などの発見は、野伏レンジャーである二人に任せるしか無いからだ。俺とマリスでは痕跡を消してしまう。


 しばらく、痕跡を探索していたハリスが手を上げて俺たちを止めた。トリシアがハリスの近くまで行き、彼の発見したものをチェックする。


「ここだな。ケントとマリスが戦ったところは」

可怪おかしい……残していったゴブリンの死体が……運び去られているよう……だ」


 確かに、周囲を見回しても何もない。まだ一週間程度しか時間が経っていないのだから、腐乱死体の一つや二つは残っていてもおかしくない。


「野生動物に喰われたりした可能性は?」

「周囲にダイアウルフ以外の足跡は見当たらないな」

「ついでに言えば……肉片一つ落ちていな……い」


 それは確かに変だな。俺は何匹かのゴブリンとダイアウルフの胴体を真っ二つにした。内蔵も飛び散ったのを確認している。


「運び去られたとして、どっちに向かったのか判る?」

「大分時間が過ぎているから……判りにくいが……南西方向に形跡があ……る」


 トリシアもそれを肯定する。大マップを開いて地図を縮小していくと、現在地点から南西の方角には、森とは言えないが、木々が生えた丘陵地帯があるようだ。


「どうするのじゃ? そっちに行くのかや?」

「いや、その前にこの周辺でゴブリンが何をしているのか知りたいな」

「ならば、ハリスと私で周辺を探索してこよう。何か見つかるかも知れない」

「了解だ……ケントとマリス……は、ここで待機していてく……れ」


 こういう探索は、俺らではどうにもできないから頷くしかない。どうやってスキルを手に入れるかも判らないしなぁ……


 トリシアとハリスが周辺に散って少し経つと、マリスの落ち着きがなくなってくる。子供にありがちだな。ジッとしているのが耐えられないに違いない。


「こら、静かにしろよ」

「でも、退屈なのじゃ……」


 マリスが手をぶらぶらさせて抗議してくる。


「仕方ないな。少しゲームでもするか」


 俺の言葉に、途端に目を輝かせるマリス。


「なんじゃ? どんなゲームじゃ?」

「しりとりって知ってるか?」

「シリトリ? それはどんなゲームじゃ?」


 俺はしりとりのルールを説明する。簡単なのでマリスも直ぐに理解した。


「我から行くのじゃ! 『冒険者』!」


 普通、「しりとり」から始まるもんだが……まあいいか。


「『しゃ』……『や』だな。『宿』」

「『ど』? ……ど、ど、ど……『ドラゴン』!」

「はい、マリスの負け~」

「あ! 今のは無し! 今のは無し!」


 ワタワタするマリスは歳相応の慌てぶりが面白い。


「しょうがないな。『ど』からやっていいよ」


 『ドラゴン』は無しにしてやり、しりとりを続ける。


 しばらくしりとりをしていると、トリシアが戻ってくる。


「何かあったの?」


 何やら首を傾げつつ戻ってきたので聞いてみた。


「ゴブリンどもが潜んでいた場所の痕跡を発見したが……ここ二~三日前のもののようだ」

「二~三日前? 随分と最近だね」

「その痕跡を調べてみたが、複数のゴブリンのうちの一匹が街道まで出てきていた感じだな。そのゴブリンの足跡の手前に馬のひずめの跡があった」

「馬に乗った人が襲われたってことかな?」

「いや……その馬は、そこで北へ引き返している」


 ゴブリンが出てきたので、馬に乗った人が慌てて逃げ出したんじゃないだろうか。


「馬が北に逃げたなら、軍関係者か何かじゃないか?」

「そうじゃない。取って返した馬のひずめは、慌てたような痕跡はない」


 どういう事だろう? 慌てた痕跡がないということは、そこにゴブリンがいることを知っていたってことか?


「そこでゴブリンと落ち合ったって事なんだろうけど。落ち合うってことはゴブリンの知り合いってことだろ? ここの辺りのゴブリンは友好的なのか?」

「いや、そういう話は聞いたことがないが……」


 俺とトリシアが話しあっていると、ハリスが戻ってくる。


「やはり……ゴブリンどもは南西方向からきて……そちらに戻っていくよう……だ」

「なるほど、そっちに巣がありそうだね」

「ゴブリンの巣に向かうのかや!?」


 今にも南西に駆け出しそうなマリスを俺は抑える。


「待て待て。まだだよ」


 マリスを抑えつつ、トリシアとハリスに向き直る。


「北から来る馬が気になるんだよね……何日か張り込みをしてみない?」

「そうだな。そちらも調べておく必要があるか」

「ゴブリンが潜伏していた場所は、毎回、同じ場所なの?」

「そのようだな」

「ふむ……」


 俺は周囲を見渡す。何か無いかな。お、街道の向こう側にかなり大きく平たい岩がある。あれが良さそうだ。


「みんな、あそこの岩の裏側まで移動しよう」


 岩はそこそこ大きく、ゴブリンが潜伏していた場所近くの街道から一〇〇メートルほど東側に位置している。七~八人くらい隠れられそうな大きさだが、高さはそれほどないのでしゃがむ必要があるね。


 岩の裏から顔を出して、インベントリ・バッグから取り出した『双眼の遠見筒』でゴブリンの潜伏先方向を見てみる。良い感じに見えるな。


「よし、ここに潜伏して監視しよう」

「オーケー、ケント」

「問題な……い」

「我も大丈夫じゃ」

「よし、それなら今のうちに食料を取り出しておくか」


 俺は岩の裏側に馬車を取り出す。


「ケント、その無限鞄ホールディング・バッグは、普通のじゃないな」

「ああ。これは無限鞄ホールディング・バッグじゃないよ。インベントリ・バッグって言うんだ」


 トリシアに言われて、みんなに少しだけ説明することにした。


 通常の無限鞄ホールディング・バッグは、出し入れする物品の大きさに制限があるし、名前に『無限』と付いているが実際には容量にも限界がある。インベントリ・バッグには出し入れする物品の大きさに制限はない。それに俺のは課金してあるから容量は無限だ。


「すごい魔法道具マジック・アイテムなのじゃな! 盗まれたら大変なのじゃ!」

「いや、これは俺に紐付ひもづけられてるから俺にしか開けられないし、俺から取ることもできないんだよ」

「そうなのかや?」


 不思議そうな顔のマリスに、外したインベントリ・バッグを渡してやる。すると、どう掴もうとしてもインベントリ・バッグはマリスの手から滑り落ちてしまう。


「ははは。俺は外したり持ち上げたりもできるけど、他の人だとこうなるわけ。盗みようがないだろ?」


 滑り落ちてしまったインベントリ・バッグを必死に拾おうとするマリスを見て笑ってしまう。


「奇怪なのじゃ。どうしても持ち上げられないのじゃ」

「やっぱり……ケントはびっくり箱だな……」

「この世にそんな魔法道具マジック・アイテムがあるとは、私も知らなかったよ」


 まあ、この世には多分、これしかないと思うけどね。もしかすると……タクヤと魔神のものがあるかもしれないけど……タクヤの墓を暴くわけにもいかないよなぁ。魔神のは、どこにあるのやら……


「俺は……無限鞄ホールディング・バッグをまず手に入れなきゃ……な」

「なかなか手に入らんぞ。私も手に入れるのに苦労したんだ」


 ハリスの次の目標は無限鞄ホールディング・バッグか。この世界ではそんなに手に入らないモノなのか。


「我も持ってるのじゃ!」


 マリスが自分のカバンを頭の上に掲げている。


「え? それ無限鞄ホールディング・バッグなの?」

「そうじゃぞ! 我の住処すみかに幾つも転がっていたので一つ持ってきたのじゃ」


 マリスの実家って超金持ちなんじゃね? 七レベルでフルプレートメイルを買えてるくらいだしな。


「マリス、結構金持ちなんだな……ちょっとビックリ」

「ケントは時々ひどいのじゃ……」

「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ。謝るよ」


 涙目になったマリスの頭を撫でて謝る。


「許してやるのじゃ。あまりお金は持っておらんのは事実じゃしの」


 マリスが機嫌を直したので、俺は別のことを考える。そうすると、このパーティで無限鞄ホールディング・バッグ的なものを持っていないのは、ハリスだけということになる。なんか不公平な感じで嫌だな。


「ハリス、これを使ってくれ」


 俺は、インベントリバッグの中から下級の無限鞄ホールディング・バッグを取り出して、ハリスに渡す。


「これは……?」

「ちょっと性能は悪いんだけど、俺が昔使ってた無限鞄ホールディング・バッグだよ」


 ハリスがビックリした顔をする。


「う……受け取れない……」

「もう使わないし、死蔵しておいても意味ないからさ。使ってくれ」

「しかし……」

「いいから、貴重品入れておくためにも持っとけ」


 俺とハリスは中古無限鞄ホールディング・バッグを押し付けあう。


「ケント、無限鞄ホールディング・バッグの性能に違いなんかあるのか? 私は聞いたことがないが」


 トリシアがこっちが驚くことを言い出す。


「へ? そりゃあるでしょ。大抵の場合、容量の限界値が違うもんだけど」

「どうやって調べるんだ?」


 どうやってって……普通は……ここで俺は決定的なことに気がついた。そういや、ゲームの時は限界容量が数値でウィンドウに表示されていた。今はどうやって調べればいいのか……

 この世界に来てから、バッグを普通に使ってたので気にも留めなかった疑問が出てきた。


「どうやって調べよう……」


 考えても解らないので時間を貰うことにする。


「ちょっと宿題ってことにしていいかな」

「ケントでも解らないんじゃしょうがないな」

「そうじゃ、そうじゃ。ケントも万能じゃないということじゃな。我は少し安心したのじゃ」


 とりあえず、俺の無限鞄ホールディング・バッグをハリスに押し付けて、食料を降ろす作業を再開する。ついでに何日かかるか判らないので毛布も人数分出しておく。

 作業が終わったら馬車はインベントリ・バッグへと戻しておくことは忘れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る