第4章 ── 草原のゴブリン ── 陰謀

第4章 ── 第1話

 のどかな風景が流れていく。トリエンから出て街道沿いに南へと向かっている。町を離れてまだ幾らも経っていないが、馬車はすでに草原地帯に足を踏み入れていた。東には最近まで逗留とうりゅうしていた妖精都市ファルエンケールがあるアルテナ大森林が遠くに見える。他は見渡す限りの大草原だ。


 前方遠くに細い煙が見えるが、村から立ち上る昼餉ひるげの煙じゃないかな。表示させている時計が、そろそろ昼時を指しているしね。


「そろそろお昼にするか」

「お昼なのかや!? 仲間と外でご飯は初めてじゃ!」


 相変わらず、マリストリアはワクワクが止まってない。


「スレイプニル、常歩ウォーク。馬車を止められそうな所へ移動しろ」


 馬車のスピードを落とし、休憩できそうな場所をゴーレムホースに指示する。こういう時、完全に全自動で動くゴーレムだと便利だよね。


 少し進んだところで、行き来する馬車などが頻繁に止まっているのか、草が生えていない開けた場所が街道脇にあり、馬車が自動的に乗り入れて止まる。


「んーーー!」


 御者台から降りると身体を伸ばす。やっぱ馬車でスピードを出すと、結構揺れるので身体に来るね。マリストリアは、元気いっぱいでバッタを追いかけ始めた。若いっていいなぁ……


 トリシアとハリスが、昼飯用の堅パン、ハムとチーズの塊、キャベツなどを持ってきた。俺は馬車の収納から毛布を一枚出して平らな所に敷く。空いている木箱一つをテーブル代わりに中央に置くことも忘れない。


 一食分の食料がテーブルに置かれ、トリシアがナイフを取り出してパンを切り始めた。


 ちょっと待て、なんの料理もしないで食うのか? そういやウスラチームの時も、偵察隊と同行してファルエンケールに向かってた時も、昼飯は簡単に済ませてたっけ。


「料理スキル持ってる人、挙手!」


 俺の言葉に、全員が動きを止めるが……誰も挙手しねーし。

 頭に手をやり、あちゃーって感じの俺。


「町中でもあるまいし、昼は食えれば問題なかろう」


 トリシアが不思議そうな顔をする。いや、古来から美食を追及してきた日本人は、そんなの許さないよ。


「仕方ないな……マリストリア! とハリス。このくらいの石を幾つか探してきてくれ」


 手で石の大きさを示して指示を出す。


「オーケー! なのじゃ!」

「了解だ……」


 指示された二人はすぐに探しに出かけた。

 俺は買ってきた包丁とまな板などを用意する。


「ケント、何をする気だ?」

「こんな味気ない料理じゃチームの士気に関わるでしょ。俺が料理を作るよ」


 俺が何かを始めたと思ったトリシアが聞いてきたので、宣言しておく。


「料理できるのか……?」

「見損なうなよ。俺だって卵焼きとか目玉焼きくらい作ったことがあるさ! もっとも……味の保証はしないけどな。そのまま食うよりマシだろ」


「お手並み拝見だな」


 トリシアがニヤニヤしながら俺の様子をうかがい始める。めるなよ。胡椒こしょうも知らなかった料理未開人たちに負けるものかよ。


 少し待つとハリスとマリストリアが石を集めてきたので、それでかまどのようなものをくみ上げる。と言っても、石をUの字に組み上げただけだけどね。インベントリ・バッグからキャンプ用のまきの束を取り出してかまどの中に並べる。一本はナイフでケバケバを作っておく。点火用だ。 かまどの上には鉄の棒を渡して、その上に鉄板を置いて料理台の完成だ。


 ドーンヴァース時代からソロでのキャンプばかりだった俺は、キャンプ用資材を用意しておくのが当たり前なのだ。


 出されているキャベツ以外にも野菜を持ってくると、まな板の上で切り分けて木製のボールに入れておく。ハムも一口大に切る。チーズは少し大きめに切って、木串に一つずつ刺して並べておく。アルプスの上でサバイバルを繰り広げる某アニメの料理を真似てみたい。


 トリシアたちは料理用の油など仕入れていなかったので、ドーンヴァース時代から使っている食用油をインベントリ・バッグから取り出す。それと、ワイバーンの干し肉も出しておこう。いい出汁が出そうだしね。


点火イグニッション


 火の基本魔法イグニッションは指先に火を灯すだけの魔法だが、まきに点火するのには十分だ。先ほどケバを作っておいたまきに指先の火を移す。すぐに火がついたので、指先の火を消しておく。


 火がついてきたところで、木串のチーズをかまどの近くの土に立てて温める。

 しばらくすると鉄板が熱くなってきたので、食用油を適量たらして、一口サイズのハムを鉄板の上において焼き始める。焼き色が付いてきたところで、ボールの野菜をぶち込んで、ワイバーンの干し肉をナイフで削って入れておく。塩と胡椒こしょうを適量振り掛けて味付け。胡椒こしょうミルの刃を調整して少し粗引きにしてみた。

 俺のお手製の木製大型フォークを使ってハムと野菜をからめて……野菜に火が通り過ぎない程度で木のボールに移して……はい、俺様特製「野菜炒め」の完成だ。

 先ほどハリスが切り分けていた堅パンの上に、とろけ始めていたチーズを、それぞれのせていく。いい感じにあのアニメっぽい「チーズをのせたパン」も完成したようだ。


 カチリと頭の中で音がした。その音に我に返って回りを見渡すと、トリシアを筆頭に、ハリスとマリストリアも俺の料理に釘付けになっていた。


「や、やるなケント!」

「美味しそうなのじゃ!」

「料理もできるのか……」


 口々に賞賛が飛ぶ。取り分け用の食器とフォークなどを並べて準備完了。


「用意できたから、さあお食べなされ」


 みんなが争うように食べ始める。うまそうに食べてるので味は問題なさそうだな……異世界初料理成功か。

 みんなの毒見で安心できそうなので、俺も食べてみる。


「お、我ながらいい感じだな」


 野菜は火が通り過ぎないシャキシャキ感を残しつつ、ハムの油も良い風味だ。少ししょっぱいワイバーンの肉が塩加減を絶妙にしている。

 溶けたチーズの油が堅いパンを少し柔らかくしていたが、やっぱりちょっと堅いな。パンにも火を通しておくべきだったかな。


 三人はというと、食べるのが忙しいのか無言で料理を口に押し込んでいる。ハリスとマリストリアはともかく、金髪美人のトリシアは何か台無しっぽい気がするが、あえて何も言うまい。


 食べ終わると放心したような感じになっていた。


「どうだった?」


 とりあえず不安なので感想を聞いてみるヘタレな俺。


「ケントが……ビックリ箱なのはいつものことだが……」

「すまなかった。ケントの腕前を舐めていた」

「ケントのお嫁さんになって、毎日作らせるのじゃ!」


 異口同音といった感じなので安心しておく。一番最後のは無視しておくことにする。


 昼食の後片付けを終えて、再び馬車を南へと走らせる。一つ目の村は素通りする。このあたりでのゴブリン目撃は報告されていない。

 夕方に到着する村あたりが目撃情報の多い地点になる。その村で一泊するついでに情報収集を行う予定だ。



 午後四時を過ぎた頃に目的の村に到着する。この「コリント村」の総人口は四〇人程度で、羊の畜産が主要な産業だ。その他に麻の生産と麻布への加工なども行っているらしい。


 俺たちが村に到着すると、村人たちはゴーレムホースに驚いて家に駆け込んでいってしまった。


「あれま…誰もいなくなっちゃったよ」

「この馬は……目立つから……な」


 馬車から降りて周りを見回して、誰もいなくなった村の中央で途方に暮れる。


「大丈夫じゃ! 我に任せてたも!」


 自信ありげにマリストリアが胸を張る。


「マリス、何かアテがあるのか?」

「この前のクエストの時に世話になったのじゃ」


 そういえば、この村の南あたりでマリストリアと出会ったんだったな。

 というか、トリシアが、最近マリストリアの事を略して呼んでいることに気がつく。


「マリス?」

「マリストリアだと長いだろ。短い方が呼びやすいからな」


 マリス……ハリスの妹みたいに聞こえるな。マリストリアも別に嫌がってないみたいだからいいのか。


「マリス、任せて大丈夫?」


 トリシアのマネをして俺もマリスと呼ぶことにする。


「この前は村長の家に厄介になったのじゃ! こっちじゃぞ」


 スキップするように走り出すマリスに俺たちは着いていった。

 他のより大きな木製の建物の前まできた。


──ドンドン


「そんちょー! マリストリアがまた来たのじゃ! 開けてたもー!」


 マリスは大声で呼びながら村長宅の扉を叩く。

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