第3章 ── 第11話

 宿のホールまで戻ると、トリシアたちが待っていた。


「食料、届いたよ。あとは積み込むだけだ」

「オーケー。それじゃ馬車の準備をしようか」


 オーケーとは何かとわれたので意味を教えながら宿の裏手へ向かう。馬車の横に木箱に入れられた食料が幾つも並んでいた。

 木箱の中身を見てみると、固い黒パンが五〇個、ハムとチーズの塊が、それぞれ一〇個、新鮮そうな野菜は二日分くらいしかない。塩や酢、ニンニクやショウガなど、ハーブ類や香辛料が入った木箱もある。


「砂糖はないね」

「ん? 必要か?」


 トリシアがキョトンとした顔をする。


「疲れた時には糖分を取ると良いんだよ。糖分補給に砂糖があると便利だからね」

「ケントは医者みたいなことを言うんじゃな。医術の心得でもあるのかや?」


 一般常識だろ。医術とかいうレベルじゃないと思うが……ここは異世界だった。現代医学なんてものがないだろうし、病気とかは神殿の管轄か。

 

「魔法があるから、医者なんていないのかと思ってた」

「医者がいなかったら貧乏人が困るだろう? 神殿の回復魔法や治癒魔法は高いお布施を取られるからな」


 なるほど。現実世界だと逆だよね。医者に掛かると治療費高いから貧乏人はなかなか手術とか受けられないし、入院もできないもんだと思う。おばあちゃんの知恵袋的な民間療法とかは現代でも聞いたりするしな。


 この手の知識や文化のギャップには戸惑うな。今後も色々と混乱しそうだ。気をつけなくちゃな。


「で、砂糖だけど。積み込みが終わったら少し買ってきてもらえる?」

「オーケーだ。ボス」


 早速、オーケーという言葉を使うトリシア。俺的にもわかりやすいので問題はない。


「俺はギルドに顔を出してくるから、ハリスは積み込み頼む」

「オーケー……ケント」


 ハリスも使い始めた。ちょっと面白い。


 ギルドに顔をだして、ギルドマスターとの面会を求めてみた。受付嬢が奥へとすっ飛んでいき、戻ってくるなり応接室に通される。シルバークラスだからか、待遇が以前と全然違うね。


「冒険者ケント、今日は何用かな?」

「ああ、ウスラのチームにいたダレルという魔法使いのことで話がありまして」


 俺は昨晩あったことをギルドマスターに伝える。


「なにぶん未遂ではありますが、冒険者が起こした事件ですのでご報告に上がりました」


 ギルドマスターは話を聞くなり怒り心頭といった感じだ。


「なるほど……理解した。これ以上、冒険者ギルドの名をはずかしめるような事態は避けねばならんな。こちらでも処分を検討しておくとしよう」

「ダレルの処分は自業自得ですが、サラやリククは預かり知らない事かもしれません」

「その辺りは心配いらん。審問でハッキリするだろう」

「了解です。後はお任せしますね」

「ケント殿、報告感謝する」


 ギルドマスターに一礼をして部屋を出る。ギルドの受付まで戻ると、他の冒険者に混じって、リククとサラがいた。


「美人の弓師アーチャー神官プリースト、お買い得だよー?」

「あ? お前ら、いざとなったらスタコラ逃げるんだろ?」

「そんな信用のできないヤツをチームに入れるのはゴメンだな」

「そうだ、ハリスさんを連れてきたら考えてやるよ♪」


 どうやら、ウスラもハリスもいなくなって、他のチームを探しているようだ。

 しかし、ワイバーンから逃げ出した事やウスラの処刑で、彼女らの名声は地に落ちたようだ。うーん、ちょっと可愛そうだな。


「リククとサラじゃないか」


 俺は自然な感じになるように意識しながら、他の冒険者に売り込みをしている二人に声を掛ける。


「わ、若様!」

「ケントさん……」


 二人は振り返ると、驚きの表情を浮かべる。


「ケントだって……!? アイアンからシルバーに異例の出世をしたアイツか!」

「ワイバーン・スレイヤー……」

「トリ・エンティルのボスだ……」


 リククたちに声をかけられていた冒険者たちも驚きながら口々に何か言っている。


「二人に言っておくことがあるんだけど、少しいいかな?」


 二人は顔を見合わせるが、躊躇ためらいつつもうなずいた。


「それから……」


 俺は二人が話しかけていた冒険者たちに向き直る。


「レベルが倍以上の敵だったんだ、この二人をあまりイジメないでやってくれないか?」

「あ、ああ……すまん。気をつける」

「不快にさせたことを謝罪する……」

「別にイジメてたわけじゃないの……ゴメンなさい」


 必死にわびてくる冒険者たち。殺伐とした雰囲気は好きじゃないから言っただけなんだけど。それに、謝るのは俺じゃないよね。まあいいか。

 


「俺ら冒険者が頻繁に立ち寄るところだし、気持ちよく利用したいよね。そんな雰囲気作りをしていこうよ」


 様子をうかがっていた他の冒険者にも聞こえるように言っておく。


「そらそうだ。さすがはワイバーン・スレイヤーだ」

「あれが、ケントさんだ。冒険者のかがみ

「惚れそう……」


 何か最後に変なのが聞こえてきたが……男には興味ないよ!

 取り敢えず場が落ち着いたので、ギルド内の西側に置いてある、待合テーブルに二人を連れていって座らせる。


「若様、ありがとう……」

「ごべんばざい……」

「別にいいよ」


 シュンとしているリククと、相変わらずの残念美人のサラ。


「さて今日、声をかけたのはダレルの事なんだ」

「ダレルがどうかしたの?」

窃盗未遂せっとうみすいと侵入で逮捕された」

「「え!?」」


 俺は他の冒険者に聞かれないように声を落として二人に説明する。


「たぶん、これから君たちも審問を受けるかもしれないけど……」


「これじゃ、若様に許してもらえないよう」

「なんてバカなことを……」


 二人がガックリと肩を落とした。


「君たちが知らなかったのなら、たぶんおとがめはないと思うよ。でもダレルは資格剥奪だろうね」


 俺は殆ど確信している予想を述べる。


「私たちはどうしたら……」

「さっき、皆に聞こえるように言ったから君たちへの風当たりは弱くなるんじゃないかな。冒険者を続けるなら他のチームに入れてもらうのが良いと思うよ」

「若様のチームに、いれ……」

「ゴメン、それはダメだ。俺だってそこまで寛大じゃない。それに……ハリスが相当怒ってるしな」


 リククがすがるように言ってきたが、言い終わる前に断る。ハリスの名前が出たからか、二人とも黙り込んだ。


「それじゃ用事は済んだから、俺は行くね」


 席を立ち離れようとする俺を、サラが呼び止めてきた。


「ケントさん、私たちを許して下さい。本当にごめんなさい」

「若様、ごめん」


 二人に目を向けると、本当に申し訳なさそうだった。


「さっきも言ったけど倍以上のレベルの敵だったからね。逃げても仕方ないし、俺は怒ってないよ。気にしないでいいさ」


 俺は笑顔でそう言ってギルドを出た。

 まあ、俺のレベルとか信じてなかった彼女らが戦術的撤退を考えるのは本当に仕方がないことだと思う。というより、あそこで無闇に突っ込むような冒険者じゃ生き残っていけないよな。俺も肝に銘じなきゃだなぁ。勝算がない敵には挑まないようにしないと……もう俺一人じゃないからね。



 宿屋の裏手に戻ると積み込みは終わっていた。


「ゴメンゴメン、遅くなった」


 俺は謝りながら、ゴーレムホースを取り出して馬車と連結させる。面倒だから今度は馬車ごとインベントリバッグに入れておこうかな。


 すっかり準備が整ったし、昼も近いのでちょっと早いけど出ようかと思う。

 チェックアウトをするためにトマソン爺さんのいるカウンターへと行く。


「ちょっとクエストを受けたので、しばらくトリエンの町を離れるからチェックアウトをお願いします」

かしこまりました、ケント様」


 トマソン爺さんは宿帳などを調べて料金を計算している。


「……今回の宿泊代金は、全部で銀貨二枚と銅貨二枚になります」


 やっすいな! 俺は銀貨三枚をカウンターに置く。


「お世話になりました。残りは取っておいて下さい」

「ご宿泊、誠にありがとうございました。またお出で頂けますよう、心からお待ち申し上げます」


 深々と頭を下げるトマソン爺さん。


「また来ます。その時はよろしく」


 そう言ってから馬車に戻る。


「どこかで何か食べてからトリエンをとうか」

「賛成なのじゃ! もうお腹ペコペコじゃ!」

「食べられる時に食べておくのが冒険者の鉄則だな」

「南の大通りに……美味い飯屋があ……る」


 口々に賛成の意味の言葉が発せられたので、ハリスが言う南の大通りにある食堂へ向かうことにする。

 でも胡椒こしょうは使ってないんだよね? あまり期待すると落胆しそうだから、そこそこの期待で止めておこう。



「これは! ぐぬぬぬ!」


 俺は口に放り込んだ料理に唸ってしまった。間違いない、これは醤油だ!

 食堂で何気なく頼んだ川魚の料理だったが、出てきてみれば魚の串焼きだが、醤油を塗って焼いたものだった。食べてみて確信した。

 香ばしいこのニオイは、日本人なら誰でも一度は食べたことがある味だった。


「どうだ……ケント。なかなか美味いだろ……う。値が張るのが問題だ…が……」

「やられた。ちょっと料理人に会いたいな」


 出てきたスープも飲んでみたら味噌汁だ。日本人がいると見た。

 しかし、問題が一つある。これらの料理をパンで食うとは何事か。堅パンを味噌汁に付けて食う文化は日本人にはない。ご飯が必須だろが。

 カウンターで、料理人に会いたいと言ったせいで、食堂の主人が奥から料理人を連れてきた。


「こいつが料理人で」


 連れてこられたのは三〇歳くらいで黒髪の女性だった。なんとなく日本人にも見えなくもないが、彫りの深さは西欧人とさして変わりない。


「これ、味噌と醤油だよね」


 俺の問いに、料理人の女性が不思議そうな顔をする。


「これらの料理には、ミゾとショルユというものを使っています」

「ミゾとショルユ?」


 名前は似ているんだが……でも味は味噌と醤油に間違いない。


「大陸西方で作られている調味料です。量は少ないですが、店で仕入れて貰っています」


 大陸西方に味噌と醤油の産地があるのか……いつか行かねば。たしか米なんかも作っていると聞いた記憶がある。


「私は西方の出身で、料理は得意でしたけど……やはり故郷の調味料がないと……」

「わかります! その……ショルユなんかは、俺にとってはマスト・アイテムですから!」


 ちょっと熱く語りすぎてしまった。でも料理人はウンウンと頷いている。


「こんな東方でショルユとミゾの良さを知っている方にお会いするとは思いませんでした。やはりお生まれは西方ですか?」

「いや、日本ってところなんだ」


 一応、日本人かどうかカマを掛けてみた。


「ニホン……確か……このミゾとショルユの製法をお伝えになった救世主様の出身地がそんな名前だったような……」

「救世主?」

「はい、西方で伝わる昔話に出てくる救世主様が似た名前の国の生まれだったかと。私の記憶ではニホンという国の名は西方でも東方でも聞いたことがありませんのでよほど遠い場所にある国なのですね」


 その救世主が日本人かもしれないな。他にプレイヤーがいるなら会ってみたいが、俺以外の転生者が他に現れる可能性もあることは考慮しておこうと思う。

 ともあれ、脳内メモに西方で醤油と味噌、そして米を手に入れるミッションを追加しておこう。


 ハリスは高いと言ったけど、全員分を払っても銅貨一枚も掛からなかった。お釣りはチップ代わりに置いてきた。


 食事に満足した俺たちは、トリエンの南門からフィールドへと馬車を走らせる。


「さあ、冒険の始まりだ。気合入れていこう!」

「おー! 頑張るのじゃ!」


 御者台で一緒に座っているマリストリアが腕を空に向けて突き出しながら元気よく飛び跳ねる。


「危ないから止めなさい」


 やんわりと注意する。子供なので仕方ないけど、重装備で暴れられると御者台壊れそう。まだ買ったばかりだからちょっと困る。


 トリエンを出たばかりなのでまだ草原地帯に入ってないが、馬車で急げば夕方までにマリストリアと出会ったあたりの村まで行けそうだな。


「スレイプニル、速歩トロット


 俺たちはゴーレムホースに速歩を命令して先を急いだ。

 俺たちの冒険は、本当にここから始まる。

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