第3章 ── 第10話

 翌日の朝。全員が早くに目を覚ました。流石に冒険に出発する日だしね。


 部屋の片付けをある程度しておいた。宿に迷惑は掛けたくないからね。次回来た時、要注意人物とか思われたくない。


「今日はいつ頃出発するのじゃ?」


 ワクワクが止まらないマリストリアが、期待の眼差しを向けてくる。


「準備とかあるから昼くらいかな? それまでゆっくりしてていいよ」

「早く出発したいのう……」


 ねたような態度をしながらチラッチラッと見てくるマリストリアに、大事なことを思い出させておく。


「食料もまだ届いてないって」


 一週間分の食料の積み込みもあるし、何より代金も払わなきゃじゃんか。


──コンコン


 扉がノックされたので出てみると、従業員のまとめ役モルガンさんだった。


「すみませんが、ケント様かハリス様に、一階の夜番待機室へ来ていただきたいのですが……」

 ハリスと俺は顔を見合わす。何か問題でもあったのか。


「俺が行こ……う」

「いや、取り敢えず二人で行くか」


 ハリスが頷いた。


「トリシア、俺たちが戻る前に食料が届いたら、これで代金を払っておいてよ。金貨二枚で足りるかな?」

「銀貨一枚でお釣りが来るよ」


 むむむ、安いな。物価が安いの舐めてた。銀貨を一枚取り出してトリシアに渡しておく。

 俺とハリスはモルガンさんの後に着いて、夜番待機室とやらに行く。道すがら何事かと聞いてみる。


「宿に盗みに入る不届き者が時々いるので、専属の警備兵を数人雇っているんですが……」


 ガードマンの詰め所みたいだな。泥棒でも出たのかな? それにしては言いにくそうにしているのが謎だな。

 夜番たちの待機室に入っていくと、屈強そうな警備兵が四人とボロボロになって項垂うなだれている小柄な人物がいた。


「こちらの盗人ぬすっとがハリス様とケント様の仲間だと申しておりまして……お客様のお手をわずらわせるのも躊躇ためらわれたのですが、念のためにご確認をと思いまして」


 モルガンさんが申し訳なさそうに言う。


「顔をあげんか!」


 警備兵の一人が、項垂うなだれる男の髪の毛を掴んで引き上げる。

 顔は殴られでもしたのかれてて変形してるけど、長いひげとかに見覚えありますよ。


「ダレルじゃん」


 ハリスがものすごい怖い顔になってる。


「コイツは仲間じゃな……い!」


 ハリスの語気が荒い。めちゃくちゃ怒っている。


「まあ、知り合いではあるかな。で、なんで捕まってるんです?」

「昨夜、侵入者探知結界しんにゅうしゃたんちけっかいが反応しまして、早速我らで現場に向かいました所、この人物を発見しました。少々抵抗しましたので……このような事に」

「ふーん」


 ダレルは恨みのもる目で俺を睨みつけてくる。何で俺がこんな目で睨まれなくちゃならんのか。恨むなら俺の方が正当な理由があると思うけど。


 俺はダレルの前まで行くとしゃがんで顔を覗き込む。


「それで……ダレル、何しに来たんだ?」


 ダレルは、俺の問いに更に憎々しげな目を向けてくる。


「ワシは当然の分け前を取りに来ただけだだなや!」

「分け前?」

「お前らはワイバーンを討伐して報奨が出ただやな! 町を銀の馬なんぞ乗り回すほどに! なら分け前を貰ってもいいだなや!!」


 ああ、ゴーレムホースで町を回ったのを見たのか。でも何を言っているか判らないぞ。あれは元から俺の持ち物だ。報奨とは何の関わりもない。


「っていうか、お前ら逃げたじゃん。恨む側なら俺たちの方のはずだと思うけど?」

「それでも! 貴様にはワシらのチームに入れてやった恩があるだなや!?」

「チームに入れてやった? 上から目線過ぎ。ダレル、お前やウスラみたいに平気で犯罪を犯すようなヤツに上から見られて黙っているほど、俺はお人好しじゃないからね」


 昼間、チーム登録をした時のことも思い出す。ウスラたちとは同行しただけだ。ワイルドボアの報酬に至っては俺もハリスも貰ってない。なのでダレルに言ってやる。


「実際、俺はウスラのチームには入ってない。ウスラはギルドで俺をチームに登録する手続きをしていなかったからね。それに、俺たちはワイルドボアの報酬なんか貰ってない。そっちが分け前を持ってくるのが道理だろ」


 俺の言葉にハリスが驚く。


「な……なんだって……ウスラはそこまで腐っていたのか……」


 受付までウスラと一緒に行ったから、チーム登録したと思っていたとハリスは言う。だが真実を知ったハリスは、逆に冷静な顔つきになった。


「ダレル、お前たちには金を渡したはずだ。こうも言ったぞ? ケントに近づくなと」


 あれ? ハリスの口調がいつもと違う。獲物の解体用の短剣をスラリとハリスが抜き、こちらに近づいてきた。ダレルが目を見開いて恐怖の色を浮かべる。


「待て待て待て!」


 俺は慌てて止めに入る。モルガンさんも警備兵も、唖然としてて止めてくれないんだもんな。困るよ、ホント。つーか、ハリスは怒らせると、めちゃ怖いんだな。俺も気をつけよう。


「話は判ったが、何も殺すほどのことじゃないだろ、ハリス」


 ハリスを抱きかかえるように、ダレルから離す。


「ケント、すまない……こうならないようにしておいたつもりだったんだが……」

「だからといって、お前の手を血で汚すことじゃない。冷静になれよ」


 ハリスの目にはダレルへの怒りというより悲しみの色が漂っている。ハリスが身体の力を抜いたので、俺も力を緩める。


「ワシは……お前らが成功しているのに……ワシは惨めなもんだなや……ブラスに降格されるだけならともかく、他の冒険者から向けられるのはさげすみや軽蔑けいべつだけだなや」


 ブツブツとダレルが呟く。


「お前らを少しくらい困らせてやりたかっただなや……あの銀の馬を盗んでやれば、お前らは困るはずだと」


 逆恨みも程々にしてほしいね。利己主義ここに極まれりだな。


「さっきから聞いていると、ワシ、ワシって……そこにサラとリククは入ってないんだな。なんともまぁ……一時期でも一緒にいたのがこんなヤツで自分でもビックリするよ」


 俺はモルガンさんと警備兵に向き直ると聞いてみることにする。


「こちらにダレルの処分を任せるとなるとどうなります?」

「そうですね。衛兵隊に引き渡します。その後は裁判所によって罪の計量が行われるでしょう。確定的なのは侵入と窃盗未遂くらいですから半年程度の投獄ではないかと思います」


 ふむ、半年か。ダレルに同情の余地はないと思うし、俺的にはハリスに殺人を覚悟させたほどだから、罰が軽すぎる気もするのだが……まあ、仕方ないかな。


「では、処理は任せます」


 俺はダレルを見下ろす。


「ダレル。この事はギルドに報告する。

 ギルドマスターは昨今、冒険者の質が落ちていると嘆いていた。ギルド憲章にある理想をかんがみれば、今後、冒険者の身分は剥奪されるんじゃないかな。

 いや、してもらうように頼もうか。

 お前が冒険者のままだと俺も気分が悪いから、そう進言させてもらう。

 リククとサラもお前が一緒だと迷惑だろう?」

「お前に! お前にそこまでする権利があるだなや!?」

「自己正当化もほどほどに。その権利が俺たちにはあるんだよ。義務を果たしてから権利うんぬん言えよ」


 言いたいことを言ったのでハリスに向き直る。


「こんなもんで、どうかな?」

「ケントが良ければ……それでいい」


 ハリスも納得してくれたようで何よりだ。


「それじゃ、そういう事で、後はお任せしますね」

かしこまりました。後はお任せ下さい」


 モルガンさんがお辞儀をすると、警備兵たちもそれに倣う。

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