第3章 ── 第9話

 トリシアたちと別れ、俺とハリスは東門の馬車屋へと向かった。馬車屋は以前来た時と変わりなく、複数の馬と馬車が並んでいる。隣にある馬車屋の事務所に入るとハゲづらの親父がいる。以前にも会ったことがある馬車屋の親父だ。


「いらっしゃい。今日も荷馬車を借りてくれるんで?」


 どうやら、前にウスラと来た俺のことを覚えていたらしい。


「いや、今日は買おうかと思ってね」


 俺がそう言うと、ハゲ親父は俺たちをジロジロと値踏みするように見た後、何かに気づいたのか突然態度が良くなる。


「それはそれは。どのような馬車をお求めでございましょう?」


 手もみしながら薄ら笑いを浮かべている。


「そうだな……小さめでいいんだが、幌馬車が欲しいな」

「では、こちらなどいかがでしょう?」


 ハゲ親父は幾つかの羊皮紙を広げて見せてくれる。それぞれの羊皮紙には馬車の簡単なスケッチとスペックが書かれている。カタログみたいなものだね。

 俺は何枚かの羊皮紙を見比べて、ハリスと相談して丁度良いのを選ぶ。


「これが良さそうだな」

「そうだな……」

「さようでございますか。こちらの方がお客様にはピッタリだと思いますが?」


 ハゲ親父は大型の幌馬車の羊皮紙を指示す。いや、これは大きすぎだろ。二〇人は人が乗れるぞ。


「いや、こっちだ。そっちは大きすぎるよ」

「そうですか……こちらだと、金貨二〇枚となります」


 何か残念そうなハゲ親父。高い馬車を売りつけるつもりだったに違いない。この親父、欲深そうだしな。


「白金貨でいいか?」

「白金貨だと十……」


 俺は、白金貨を八枚取り出すと、テーブルの上に置く。ハゲ親父は何か驚いている。


「何か問題が?」

「い、いえ……間違いなく白金貨八枚です」


 一〇枚って言おうとしただろ。やはり親父はボッタクろうとしてたね。さっきから、そんな気がしてたんだよ。


「で、では、こちらにサインをして頂ければ契約は終わりです」


 ん? この羊皮紙ってカタログじゃなくて、登記書類みたいなものなのか。

 俺が羊皮紙にサインすると、ハゲ親父は右下部分に赤いロウを垂らして指輪で押印する。なるほど、どこで買ったものなのかの証明になるわけか。

 ハゲ親父は羊皮紙を巻き取って俺に手渡してくるので、インベントリバッグに仕舞い込む。


 ハゲ親父に案内されて買い取った馬車を見に行く。書類通りだが比較的新しくて良い感じじゃないか。幌布も新品でぎもないし、いい買い物だったかもしれない。


「お客様、馬車と一緒に馬も購入されますか?」


 手もみのハゲ親父が、愛想よく言うが、要らないんだな。


「いや、馬はあるからいいよ」


 俺は残念そうなハゲ親父の前で、インベントリバッグからゴーレムホースを取り出す。

 親父だけでなく、ハリスまで驚いた顔をしている。


「こ、これは一体……」

「ああ、これは俺の愛馬だよ。ゴーレムだけどね」


 目が飛び出そうな親父に俺はニヤリと笑う。


「よし、スレイプニル。そこの馬車の前方に移動しろ」


 俺がそう指示を出すと、自動的に銀色に光るゴーレムホースが動き出して、馬車に取り付けやすい位置へと移動する。


「相変わらずのビックリ箱だ……」


 ゴーレムホースと馬車を連結させていると、ハリスが手伝いながら言う。

 この世界にゴーレムホースはいないのかな?


 ドーンヴァースでの騎乗アイテムは、それほど入手難度は高くない。通常の馬アイテムで一〇〇ゴールド程度だ。ゴーレムホースとかは課金アイテムなので、ゴールドで買うには人から譲ってもらうのが入手方法だった。俺か? 俺は課金組だよ。これは五〇〇〇円だ。ドーンヴァースでは、ドラゴンだって騎乗アイテムとして買うことだってできたんだよ、二万円以上してたけど。

 このような騎乗アイテムは、実体化させておけば戦闘のサブユニットとしても用いることができる。俺のゴーレムホースはミスリル製なので比較的強い部類だが、壊されると修理費がバカにならないので移動以外で使ったことはない。今後も戦闘に参加させるつもりはない。


「乗れよハリス、キャンプ用品とか買える店に案内してくれよ」


 連結が終わり、俺は御者台に乗るとハリスにも乗るように指示する。


「進め、常歩ウォーク


 銀色のゴーレムホースがゆっくりと歩き出す。南の大通り沿いに、キャンプ用品が豊富に置いてある雑貨屋があるとハリスが言う。手綱を操って馬車を東の大通りを中央広場へとに向かう。

 道行く人々が馬車を見て皆足を止めていた。うーん。やっぱりゴーレムホースは珍しすぎるのかなぁ。見た目はホースアーマーを着た馬と大して変わりない気がするが。

 中央広場に入ると、行き交う人々は勿論、巡回する衛兵や、冒険者たちもゴーレムホースを見て唖然とした顔で立ち尽くす。


 うーむ。これは町中じゃ、ゴーレムホースを使わない方がいいのかな?一度トリシアに相談してみよう。


 南の大通りで目的の店の前で馬車を止める。

 ハリスと店に入る。この雑貨屋は結構でかいな。雰囲気としてはホームセンターを思い出すね。


 ロープ一〇〇メートル、大きめの幌布を五枚、四人分の食器、毛布を六枚、料理用に大小幾つかの鍋、包丁やまな板、ランプ二つと小さい油樽二個、二メートルくらいのヒノキの棒を四本、クサビと木槌のセットも買っておく。馬車に水樽は付いているが、予備などのために二つほど空樽も用意してもらう。


「こんなもんでどうかな?」

「十分過ぎる……」


 これだけ買っても、金貨一枚と銀貨三枚ほどだった。物価が安くて良いね。

 買ったものを馬車に運んでくれるはずの人足さんがゴーレムホースを見て腰を抜かしたので、俺とハリスで馬車に運び込む。


「ケント……武器屋に寄ってくれない……か?」

「了解、ハリス」


 武器屋は南の大通りの冒険者ギルドの近くの建物だった。パッと見た感じは武器屋っぽくなかった。武器屋ってトンテンカンとか音が聞こえるんじゃないのか。それは鍛冶屋か。


 ハリスが買い物をしている最中に俺も武器を見て回ったが、魔法の武器とか希少金属性の武器などはなく、どれも平凡な武器や防具ばかりだった。しかし武器とか防具って結構な値段するんだね。マリストリアが着ているようなフルプレートメイルは金貨二五〇枚だってさ。マリストリアって意外と金持ちなんじゃないの?


 ハリスは矢を二〇〇本ほど買っていた。ハリスの商売道具だからな。馬車に予備を積んでおきたかったのだろう。矢筒も一〇個ほど用意したようだ。速やかなリロードは戦闘の基本か。


 馬車に乗って宿屋へと戻る。

 出迎えてくれた従業員は、やっぱりゴーレムホースで驚いた。ちょっと笑えてくる。

 何とか平常心を取り戻した従業員が、馬車は宿の裏手に止めてくれるように言う。従業員が裏手へ向かう頑丈そうな木戸を開けてくれたので、馬車を裏手へと移動させる。馬はうまやにとの事だったが、ゴーレムホースに餌やらブラシやらの手入れは必要ないのでインベントリバッグに戻しておいた。


 ハリスと共に部屋で遅めの昼食を取っていると、トリシアとマリストリアが戻ってきた。食料は明日の朝、宿に届けてくれるらしい。


「裏手の馬車の中にあるから、買ってきた道具なんかを確認しておいてね」


 道具を確認しに行ったトリシアたちが、しばらくして戻ってくる。


うまやに馬がいなかったが、どこだ?」

「そうなのじゃ、馬も見たかったのじゃ。名前を付けさせてたも!」

「あー」

「ふふふ……二人とも驚く……ぞ」


 二人の疑問はごもっとも。そして、ハリスのセリフもなかなか珍しい。


「んじゃ、見せようかな」


 トリシアとマリストリアを連れて宿の裏手に下りる。そして、インベントリバッグからゴーレムホースを取り出して見せてやる。


「こ、これは……」

「おおおお! 銀の馬じゃ! 我はこんなの初めて見るのじゃ!」


 驚くトリシアと、はしゃぐマリストリアが対照的で面白い。


「これは俺の愛馬。ゴーレムの馬だよ」


 トリシアは驚きながらも、ゴーレムホースの首あたりに手を伸ばして撫でている。


「ミスリル製……だな。ファルエンケール……いや生まれてから、これほどの馬は見たことが無い」

「凄いのじゃー! ゴーレムで馬をあつらえるなど、聞いたこともないのじゃ!」

「一応、こいつの名前は『スレイプニル』って言うんだ」


 北欧神話、オーディンの愛馬から取った。なんか北欧神話って厨二心をくすぐるんだよね。


「これほどの馬を馬車馬にするとはな。やはりケントは規格外だ」

「いや、今までは乗馬にしてたんだけどね。荷馬は買ったら世話しなきゃだし、やはり生き物を飼うなら最後まで責任を持たなきゃだし」


 昔、幼馴染がペットを飼う時の心構えを教えてくれたのを思い出す。


「乗ってみたいのう……」

「乗ってみる?」


 俺の言葉に、マリストリアが猛烈なスピードで振り返る。目がキラキラと輝いている。


「マ、マリスの次は私だ!」


 なぜかトリシアまでキラッキラな目を向けてくる。お前らずいぶん可愛いな、おい。


 俺はインベントリバッグからくらを取り出して、ゴーレムホースに取り付けると、その鞍にフワリと乗る。そしてマリストリアをくら前側まえがわに引っ張り上げてやる。


「スレイプニルは俺の命令じゃないと動かないから」

「さあ! 早く走らせるのじゃ!」

「はいはい」


 俺は手綱を引き、ゴーレムホースの踵を返し、命令を下す。


「進め、常歩ウォーク


ゆっくりと歩き出すゴーレムホースは、搭乗者に揺れをあまり感じさせない。普通の馬だとお尻が痛くなるとか言うよね。

 木戸を抜け、大はしゃぎのマリストリアを乗せて町を一周して宿の裏手に戻ってくる。通行人が棒立ちになってこちらを見てくるのに慣れてきたよ。


「凄かったのじゃ! えーっと、えーっと!」


 ゴーレムホースから降りたマリストリアが感動を言葉にしようとするが、出てこないようで、手をぶんぶん振って言葉を探している。


「さあ! ケント! 私の番だろ!」


 手を広げて引っ張り上げろのジェスチャーをしてくるトリシア。仕方ないのでご希望通りにする。マリストリアは前に座らせたが、トリシアは後ろだ。成人を前に乗せたら進路が見えないからね。


 ゴーレムホースを歩かせて、マリストリアの時と同じように町に出る。


「もっと早く走らせて見せろ」


 この人の多い大通りでトリシアが無茶な注文を出してくるが却下する。


「この前、馬車にかれそうになった子を助けたことがあるんだ。スピードは出さないよ」


 残念そうなトリシアだが、事故の危険を考えたのか、それ以上駄々はこねてこない。


 仕方ないので少しだけスピードを上げてやることにする。


「スレイプニル、駈歩キャンター


 俺が命じると、ゴーレムホースが駈歩になる。

 スピードが上がったのでトリシアが落とされないように俺にしがみ付く。それほど大きいとは思わないが、俺の背中が柔らかい幸せを感じた。役得役得。


 しかし、エルフの金髪美女とのタンデムは、ゴーレムホースの衆目を集める効果も相まって予想以上に恥ずかしかったことは付け加えておこう。


 ゴーレムホースのお披露目が終わったので三人で部屋に戻る。


「凄かったろ……?」


 ハリスが面白げにトリシアとマリストリアに聞いている。


「凄かったのじゃ! ハリスは乗ったか!?」

「いや……あの馬が引いている馬車に乗っただけ……だ」

「勿体無いのう。我とトリシアはケントに乗せてもらったのじゃ!」


 ハリスが羨ましそうに俺の顔を見る。男とタンデムは御免こうむりたい。


「あの馬は素晴らしかったぞ。ケントの後ろに乗ったが、揺れもほとんど無かった」


 うんうんと頷くトリシアの言葉に、ハリスがニヤリと笑う。俺とトリシアのタンデム姿を想像したに違いない。


「俺の命令しか聞かないから、仕方なかったんだよ」


 俺の言い訳では、ハリスのニヤニヤを消すことはできなかった。そのニヤニヤは甘んじて受けてやるよ。背中は幸せだったしね。


 何はともあれ、明日にはクエストに出発だ。気を引き締めて事に当たろうと思う。

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