第3章 ── 第7話
数日後、中央広場にトリエンの行政裁判所からの掲示が張り出された。ウスラの公開処刑を行う旨の掲示だった。翌日の朝に速やかに行われるという。
掲示が張り出された夜、ハリスに見に行くか聞いてみたが、首を横に振るだけだった。もう本当に関心がないのだろうか。
俺はと言うと、一時ではあったがパーティを組んだことがある人物が処刑されるということに穏やかではいられなかった。この先も生きていく者の義務としてウスラの最期を見届けようと思う。
朝早くに宿屋を出て、大通りを中央広場へと向かう。早朝だというのに人通りが多い。みな公開処刑の見物人なのだろうか。
中央広場はいつもなら露天商たちの場所取りで騒がしいが、今日に限っては静かだった。中央の噴水の南側付近には衛兵隊がおり、組み立て式の処刑台を用意していた。
一際大きい身体のフード姿の男が巨大な片刃の斧を石でしきりに研いでいる。あれが処刑人なのは一目瞭然だ。
すでに処刑台付近には人だかりができ始めていたが、俺は広場の端に空の木箱が置かれていたのでその上に陣取った。ちょうど処刑台の真正面だったからだ。
AR表示される時計は既に七時となっている。そろそろだろう。
「ワイバーンが出たって噂をばら撒いたヤツらしいぞ」
「嘘だったそうだな」
「嘘の報告で金をせしめたというぞ?」
「当然の報いだな」
集まった群衆からそんな話し声が聞こえてくる。ウスラは自業自得だ。
七時一〇分、ウスラが衛兵たちに引っ立てられてくる。
「なんで、オレが死ななきゃならねぇんだ! 新人冒険者がワイバーンなんかを倒せるわけねぇだろ? 死んだと思ったんだ!」
ウスラは死ぬ覚悟ができていないようだ。喚きながら衛兵に抵抗している。死んだと思った事と、ワイバーンの撃退という嘘を流布した事には関連がないだろうに。
「嫌だ! 死ぬのは嫌だ!」
叫びながらも処刑台の上で刑吏たちに
ウスラの罪状を読み上げる役人の声が中央広場に響き渡る。詐欺、虚言を広めた罪、虚言により市政に混乱を招いたという理由での騒乱罪。
罪状を読み上げられながらウスラは周囲の観衆に助けを求めるような視線を這わせている。その眼が俺を捉えた。それは混乱したものから嘆願するような色に変わっていく。処刑人の斧はすでに振り上げられている。罪状を読み上げた役人の合図は容赦なく出される。
──ズシャ!
斧がなんの
首を切り落とされた胴体が意思とは関係なく暴れ、
当然の報いだ。自業自得とはまさにこの事だ……
俺は、自分に言い聞かせるように心の中で繰り返しながら目を閉じて手を合わせる。せめてもの
俺は処刑を見た後、あてもなく町を歩いていた。
公開処刑なんか見るんじゃなかったなぁ。小説とかで、主人公がカッコよく人の死に様を云々言っているから真似したけど……夢に出てきそうだよ、マジで後悔するわ。
眼をつむると首がなくなったウスラの身体がバタバタ暴れる姿が、
モンスターとの戦闘ではそんなこと考えたこともないのに、対象が人間だと精神にくるね。ゾンビとかは映画で見慣れてるから、そんなでもないのに。
ふと気づくと、俺が復活したマリオン神の小さい神殿の前だった。神殿に上がる階段に、よっこらしょと腰を下ろした。
マップ・ウィンドウを開いて現在位置を確認する。町の南側の大通りだ。そうか、マリオン神殿は南側だったんだな。
マップに描かれるトリエンの南の大通りは白い光点が行き来している。それぞれの光点に人の人生が詰まっている。全部生きた人間なんだな。ゲームとは違う。
マップ画面をしばらく眺めていると、南の方から幾つかの光点がかなりのスピードで大通りを北上してきていた。ウィンドウを閉じてそちらを見ると相当スピードを出している豪華そうな箱馬車が遠くに見えた。何を急いでいるやら。
眼を戻して前方を見ると、小さい女の子が一抱えもありそうな
女の子がこちらに近づいてくるのをボーっと眺めていたが、なんか嫌な予感がしてくる。南を見れば、馬車がもう既にそこまで来ていた。視線を戻せば女の子は道の真ん中だ。
ヤバイ。事故まっしぐらだ。
さっきの処刑を見た後で女の子のスプラッターな事故死など絶対に見たくない。俺は立ち上がると、脚に力を込めて女の子に疾走を開始する。
──ボシュ!!
地面が蹴った衝撃で陥没し、猛烈な土煙を巻き上げる。現実世界、いや、今までのゲーム世界ですらありえないスピードで俺は飛び出した。
液体の中で動いているような妙な感触の中、大気をかき分け少女へ迫る。馬車はすぐそこだ。
たった数歩で少女のところまで到達した俺は彼女を抱える上げると、もう一度地面を蹴る。
──ドン!
再び土煙が舞う。
「「ヒヒヒーン!!」」
その砂煙に驚いた2頭の馬が立ち往生し、馬車が急停車した。馬車に乗っていた御者が盛大に吹っ飛んで土煙の中に落ちる。馬車が横転しなかったのは奇跡に違いない。教会の前だし、きっと奇跡だね。
「ぐげっ」
珍妙な声を出して御者は動かなくなった。
俺はというと少女を抱えて飛んだはいいが、スピードが付きすぎていたため前方の建物の壁に激突しそうだ。馬車の方を向いたので少女を
──ドカン! ガラガラガラ!
壁のレンガが崩れ落ちたが、俺は壁を突き抜けることもなく通り側に踏みとどまることができた。七二レベルの敏捷度と耐久度すげぇ。
少女にも怪我はなさそうだ。ただ、あまりのことに大きく目を見開いている。
「大丈夫?」
俺は少女に優しく問いかける。
「あ、はい……」
「通りを渡るときは左右の安全確認をしないと駄目だぞ。危うく馬車に
俺がそういうと、少女は急停止した馬車をみて驚いている。
「助けてくださったんですか……! ありがとうございます!」
やっと事態が飲み込めたのか。なかなかノンキな娘だ。
まわりの多くの通行人たちもビックリした顔でこちらを見ていた。
俺は少女を下ろすと馬車の方へと歩み寄る。
御者の人は……死んでないな。背中を押さえて唸っている。
「もしもし? 大丈夫ですか?」
──バタン!
俺が御者を
うん、トラブルの予感。だって、おっさん、頭から血流してるし……
「小僧……何をしたかわかっておるんだろうな……」
こめかみに青筋立てて怒ってる。まあ、分からないでもないが……
しかし、人を
「こんなに人の多い
横柄な態度のおっさんに横柄な態度で返す。
ビキキ!! と音がしそうなほど、おっさんの額にもっと太い青筋が浮き出てきた。
「あんまり怒ると傷口からもっと血が吹き出すよ?」
「小僧、死にたいらしいな」
おっさんはスラリと剣を抜いて近づいてきた。なかなか高そうな剣だ。装飾やレリーフが成金趣味っぽい気もするが。
「やれやれ……」
現実世界ならビビってチビるところだが、処刑を見た後で
心配そうに女の子が見守っているので女の子に手を振りながら、俺もおっさんに歩み寄る。と、おもむろに剣を振りかぶって切り下げてくるおっさん。
単調な動きだ。俺は一歩踏み込むと、
「ぬっ!」
ぬ! じゃねぇよ。左手を離すとおっさんは背中から地面に落ちていった。
──ドガシャン!
鎧着てるし大したダメージにはならないだろう。
「ぐほっ……」
と思ったが、息が詰まったのか青い顔をしている。必死に立ち上がろうともがいているが、鎧が重いせいか立ち上がれないようだ。
「受け身くらい取らないと……」
ちょっと気の毒になってきたので手を貸してやる。
俺の手を掴むとおっさんはゆっくりと立ち上がる。その瞬間、腰の鞘から短剣を抜いて俺の腹へと突き入れようとしてきた。
おっさんの手首を取ると
「うぐうう…!」
「危ないな、おイタがすぎる。」
そのまま力をいれるとポロリと短剣を取り落とした。
「ぐぁあぁ……」
手負いをこれ以上
「貴様……何者だ!?」
「名乗るほどの者じゃないよ。事故が起こりそうだったから止めてやっただけだ」
「ドレン! 何をしている!!」
ん、誰だ?
馬車の方を見ると、中から貴族の若様っぽいのが降りてきた。若様には怪我はないようだ。
「クリス様!」
クリスというのか。まだ二〇歳にもなってないようだが、イケメンだ。きっとリア充に違いない。爆発しろ。
「あんたがこいつの主人かい? いきなり剣で襲いかかるってのは頂けないな。
「すまない。道を急いでいたのだ。迷惑をかけた」
ほう……素直に謝るのか……主人の方は人間ができているのかな?
「まあ、こっちは怪我はないからいいけどさ……というより、謝る先が違うんじゃないか? 俺が飛び出さなかったら女の子を
指をさして女の子を示す。女の子は慌てて片膝をついて貴族の若様っぽいのにお辞儀をしていた。え? 偉い人?
「お嬢さん、すまなかったね。今後気をつけるから許してくれないか?」
お貴族様が顔を覗き込むように言うと、女の子はコクコクと頷いている。その返答に満足したのかお貴族様はこちらに振り向く。
「私はクリストファ・アルベール・デ・トリエン。父がこの辺りの領主をやっている。貴殿は……?」
マジでお貴族様キターー! しかし、権力の象徴的な貴族階級にはあまりお近づきになりたくない。エルフの貴族にも横柄なヤツいたしね。
「俺? 名乗るほどのものじゃない……ただの冒険者だよ」
「冒険者殿、ドレンのことは許してほしい。いずれ、正式に謝罪をしたいが……」
名前を知りたそうだが教えるつもりはない。知られると厄介そうだなしな。
「構わないよ。こっちもドレン殿に怪我をさせたようだしね」
おっさんは腕を抱えて俺を睨みつけている。強く掴んだから、もしかするとヒビでも入ってるかもね。
「私は外せない用があって先を急がねばならない。またいずれ……」
「あいよ、気をつけて」
若様は俺に貴族っぽい礼をして馬車に乗り込んだ。おっさんは御者の方へと歩みを進めるが、俺とすれ違いざま言い放つ。
「覚えてろよ」
負け犬の遠吠えもいいところだなー。と思うが、ニヤリと笑って返すに留めておく。面倒だから忘れるつもりだけどさ。
ドレンのおっさんは、御者を
さっきの出来事があったからか、御者はそれほどのスピードは出さずに馬車を走らせ始めた。安全運転で頼むよ、ホントに。
「さてと……」
俺もどっかにいくかな。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
振り向くとさっきの女の子だ。
「あー、怪我はない?」
「うん!」
もう一度聞いてみるが、元気よく
「さっきはありがとう……」
「気にすんな」
俺がニコリと笑うと、女の子もニッコリ笑う。
見れば彼女の持っていた
「花が台無しになっちゃったな」
「大丈夫、女神様へのお供えはまた
女神様……そうか、マリオン神にお供えを持ってきたのか。若いのに信心深いな。
「リオ、お兄ちゃんにお礼がしたいんだけど……」
「お礼かぁ……別にいいよ。冒険者として当然のことをしただけだよ」
俺がそう言うと、リオと名乗る女の子が嬉しそうに笑った。
「孤児院で院長先生が読んでくれたお話の主人公みたい!」
「そうか? 普通だと思うけど……」
いや、冒険者にはウスラのような奴もいるし、一概には言えないかな。最近は質が落ちたとかギルドマスターも言ってたしなぁ。
それよりリオはどうやら孤児のようだね。やはり異世界でも孤児なんてものが存在するんだなぁ。中世っぽいし、現実より多いのかもしれないね。困ったものだ。
「さて、俺はもう帰るね。リオちゃんだっけ、気をつけて帰るんだぞ?」
「はい! ありがとうお兄ちゃん! またね!」
リオは
マップを開いてしばらくリオの光点を眺めていると、南東の城壁付近の一画にある少し大きめの建物へと入っていくのを確認できた。これが孤児院だろう。
気が向いたら孤児院の様子を見に行ってみるかな。
さて、することもないし宿に戻るとするか。
俺が歩き始めると、事の成り行きを見て何かを囁きあっていた通行人たちも散っていく。
街は何事もなかったように平静へと戻った。
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