第3章 ── 第6話

 宿屋に入ると、トマソン老人が出迎えてくれる。挨拶を交わして部屋へと戻った。

 部屋に戻った俺は、能力石ステータス・ストーンと取説をインベントリバッグから取り出した。


「念じるだけで使えるらしいけど……」


 俺は取説を読む前に使ってみる主義なので、早速、石を手に持って使ってみることにする。

 使おうと思うと、自分の眼の前にステータス・ウィンドウが開かれた。AR(拡張現実)のように目の前に表示されるそれは、まさにステータス画面だった。


 おお、ドーンヴァースのと同じだ!


 念じるだけで、ステータス詳細画面、スキル・リストや魔法リストなどのウィンドウが次々に開いていく。

 あまりの懐かしさに涙が出そうになる。


「これが…自分の能力……か」


 ハリスも使ってみて感動しているっぽい。


「ハリス。私にも見せろよ」

「我もみたいのじゃ!」


 そういや、前に能力石ステータス・ストーンの話を聞いた時に、他人にも見せられると言っていた気がする。使っているハリスの前にウィンドウが出ているようには見えない。

 ハリスの後ろから、覗き込むようにしているトリシアとマリストリアが見えるが……

 ハリスが取説を見ながら、ウィンドウが表示されているであろう空間に目を戻すと、突然ウィンドウらしきものが彼の前に現れたのが見えた。俺の方からはウィンドウの後ろ側が見えている。ウィンドウの後ろは何も表示されていない。


「ほほう。一六レベルか。シルバーにはちょっと早いな」

「ハリスは凄いのじゃ! 我はまだ七レベルなのじゃぞ?」

「まだまだ……修行がたりな……い」

「自分の正確な情報を知っておく事は、生き残る確率を上げるもんだ」


 トリシアがタメになる話をしている。


「確かにそうだね。俺の国にも『彼を知り、己を知れば、百戦あやうからず』とかいう兵法の言葉が伝わってるよ」

「良いことを言う。その言葉を残したものの名が知りたいな!」

「孫子とか言ったっけな? 孔子だっけ?」

「覚えておこう。どこの国だろうと、用兵の極意は変わらんということだ。ソンシか」


 トリシアはウンウンと頷いているが、マリストリアは首を傾げている。


「どういう意味なのじゃ? 我にも教えてたも!」


 トリシアのズボンを掴んでユサユサしているマリストリアに、俺は教えてやる。


「要は、敵の情報を調べて、自分の能力に照らし合わせて見れば、どうすれば勝てるのか判るんだよ。もし敵が強くても弱点や戦術を練ることで勝率が上がるわけさ。そうすれば、一〇〇回戦闘しても危なくないよって意味かな」


 キラキラした目で俺の方をみるマリストリアが、猛ダッシュで俺に飛びついてきた。

 鎧姿なので、ガキーンと音を立ててぶつかって来る。危ないので受け止める。


「そうじゃな! ゴブリン戦の時もそうじゃ! もっと情報があったら別の戦い方もあったと思うのじゃ! ケントはモノ知りじゃ! その言葉を我が知っていたら、ケントの手を煩わせることもなかったのじゃ」


 鎧の幼女を抱きとめても、あまり面白みはない。


「他には!? 他には!?」


 マリストリアは俺の首にしがみついて、足をバタつかせる。


「俺も詳しいわけじゃないから!」


 そう言ってマリストリアを引き剥がす。


「ぬう。残念なのじゃ……」

「思い出せたら、また教えてやるよ」

「約束なのじゃ!」


 結構な衝撃だったので、マリストリアの鎧がひしゃげてないか調べておく。大丈夫そうだな。


「で、ケントの能力はどんなもんだ?」


 トリシアが俺の後ろに回り込んでくる。マリストリアもハッとした感じでそれにならう。

 取説を見ると、見せたいと念じるだけで良いようだ。沢山開いたウィンドウを閉じて、基本能力画面にしてから念じる。何が変わったのかは自分ではわからないが、後ろでトリシアとマリストリアが息を呑むのが聞こえた。


「七二レベル……」

「一〇倍なのじゃ……」


 前に教えたことのあるハリスは驚いた様子はないが、気になるのか俺のウィンドウを覗き込んでくる。別に仲間にまで隠すことはないので見せてやるとしよう。


「これは……あまり人に見せない方が良いな」

「なんでじゃ? 皆が知ればクエストをどんどん受けられるのじゃ」

「いや、これはすでに神の領域だ。こんな事が世間に知れたら、悪用を企む者が出てくるかもしれん」


 俺もそう思うよ。力あるものは大抵利用されて抜き差しならない状況になってしまう。オールラウンダーって事が知られてから仲間に入れてもらえなくなった時のように。


「俺もそうするつもりだよ。皆には見せておいた方が、今後の作戦とかで混乱しないと思ったから見せるけどね」

「お前ら、ケントの能力は他言無用だぞ、これは絶対だ」


 トリシアが、ハリスとマリストリアに厳命する。


「わかったのじゃ!」

「承知してい……る」


 鬼教官に言われて即答する二人。調教が行き届いているな。


 その後、自分のスキルを適当に確認しておく。

 やはり、翼落斬や紫電、飛燕斬などがリストに加わっているな。カチリという音は、スキル習得の合図ということに間違いなさそうだ。

 それと、これまで使った魔法がリストに全て登録されていることも確認できた。このリストに登録されていれば、俺は無詠唱で魔法を発動できる。


 称号リストにはドーンヴァース時代に手に入れた称号もあったが、この世界で手に入れたものも登録されていた。


『ワイバーン・スレイヤー』

『ファルエンケール名誉市民』


などがそうだ。変わり種としては……


『トリ・エンティルのボス』

『猛獣使い』


 というのが目に入った。誰だこんな称号を付けたやつは。あの冒険者たちの一人に違いない。というか……猛獣って、もしかしてトリシアの事か?

 下手な行動を取ると、こういう変な称号が与えられるかも知れないという恐怖を感じるな。


 ハリスと色々試してみたところ、公開画面をいじる事で第三者に見せた時に正確な情報を知らせないようにできることが判明した。ただし、弱く見せることはできるのだが、強く見せることや持っていない称号などを表示することはできないようだ。とりあえず俺のステータスを三五レベル程度のものに変更しておこう。


 あれこれと調べていて、俺はふと気づいた。基本能力画面ウィンドウの右下に小さな歯車のようなマークあったのだ。


──これはなんだろう?


 ドーンヴァース時代のウィンドウには無いものだ。そのマークを指で押しているようなイメージを石に送ってみる。


『ステータス・ウィンドウ・コンフィグ』


──おお!?


 画面にそのようなウィンドウが開かれた。

 コンフィグでは、管理者パスワードの設定や、パーティメンバーのHPバー、MPバー、STバーの表示などのオン/オフ切り替えができるようだ。ミニマップ表示、大マップ表示、ショートカット欄表示、時計表示の追加といった設定項目もあった。


 ホントに異世界なのか? やっぱり新しいドーンヴァースじゃないのか? と疑問が浮かぶが、今までの状況を考えてもそれはないだろうという結論に至る。ドーンヴァースと相当に親和性が高い異世界と思うことにする。


 だが、このコンフィグはハリスの能力石ステータス・ストーンには無かった。念の為、トリシアの能力石ステータス・ストーンのウィンドウを見せてもらったが、やはりコンフィグのボタンは無い。


 俺だけに存在するのは何故か……俺がプレイヤーであることが原因ではないかと推論する。この機能については皆には黙っておく。チートっぽいからね。


 俺はもう少し実験を繰り返す。


 インベントリバッグに入れたまま、ステータス画面を出すことを念じてみる。問題なく表示された。

 ハリスにもバックパックに入れたままで使えるか調べてもらうが、どうも俺だけが使えるようだ。

 インベントリバッグからだから使用できる可能性も考えて、ベルトポーチに入れて使ってみるが、やっぱり使える。プレイヤーと現地人の違いなのかもしれない。


 次にミニマップを表示してみる。これもバッグなどに入れておいても表示されたままだ。ミニマップは周囲二〇メートル四方くらいを表示しているようで、上からみた地図が表示されている。味方は青、それ以外は白い光点となって位置が表示されている。ドーンヴァースのマップ機能と同じなら、敵対者は赤い光点になると思われる。

 大マップも同様だったが、念じるだけで拡大縮小回転などができることが判った。ただ、自分を中心としたところだけが表示されるのでミニマップで事足りる気がするね。


 ショートカット欄を指で押すようなイメージで選択すると、インベントリバッグなどのウィンドウが表示され、その中のアイテムをドラッグ&ドロップすることができるようだ。同様にスキルや魔法もドロップできる。ショートカット欄は一列に一〇個の欄があり、何列も表示できるようだ。

 試しに回復ポーションをショートカットに登録して使ってみると、一瞬で自分の手の中にポーションの瓶が現れた。これはなかなか便利だ。スキルや魔法は、音声発動可能なのが今までの戦闘で判っているので登録する必要はなさそうだが、アイテムを瞬時に使えるのは状況によっては有効利用できそうだ。


 俺は全ての機能を使ってみて、サブ情報をいくつか、視界に表示しておくことにする。時計と、パーティのHP、ミニマップ、ショートカットを一列でいいだろう。邪魔なときは、念じるだけで消せるし、表示も同様なので最小限でいい。


 仲間の名前とレベル表示の下にHPバーが表示されているが、ハリス、トリシアはともかく、マリストリアも表示されているので既にチーム・メンバー扱いになってしまっているようだ。今更、仲間じゃないなんて言えないのでマリストリアも俺のチーム・メンバーということにしておこう。見た目は可愛い小学生だし、オタクの先人が言っていたように「可愛いは正義」なので仕方ない。


 言っていた通りハリスはレベル一六、マリストリアはレベル七だ。トリシアが一番高くレベル四一だ。

 これからは、マリストリアのレベルアップを念頭に計画を立てる必要がありそうだね。効率の良いレベルアップを考えてやらねば。脳内メモに書きこんでおこう。

 しかし、経験値の獲得は戦闘だけなのだろうか。ドーンヴァースと同じならクエストのクリアでも入るのだが。

 残念ながら、能力石ステータス・ストーンでは、システムのメッセージ・ログなどを表示する機能がなかったので、どのくらいの経験値がいつ入ったなどの確認はできそうにない。メッセージ・ログのウィンドウはステータス機能とは別のチャット機能だったのかもしれないな。

 チャット機能などを発揮する石とかもあるのかも知れない。片手間にそういった、ドーンヴァースのシステムが再現できる石を探すことも脳内メモに書いとこう。能力石ステータス・ストーンがある以上、無いとは言い切れない。


 今後の方針。


・マリストリアの効率の良いレベルアップ

・ドーンヴァースの機能を再現するアイテムの探索


 この二つを副目標として、クエストなどをこなしていこう。なんだかワクワクしてくるのは俺だけだろうか?

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