第3章 ── 第5話

 午後に入りギルドへと顔を出すことにする。ギルド内は、かなりの数の冒険者たちがいた。


「おい、来たぞ」

「あれか? ワイバーンと戦って生きて帰ったってのは」

「間違いない。見ろ。野伏レンジャーのハリスがいる」


 何やら注目を集めているような……


「よう、ケント。待ってたぞ」

「我もじゃ! どんなクエスト受けるのじゃ? ワクワクじゃのー」


 いや、クエストを受けに来たわけじゃないんだが。


「いや、依頼の報告とかだから、すぐクエスト受けるわけじゃないよ」

「そうなのか? 残念じゃ」

「すぐ終わると思うから、待っててくれるか?」


 そう二人に断ってから受付に行く。


「ケントとハリスです。午後になったら来るように言われてるのですが」

「お待ちしておりました。では応接室の方でお手続きをします。こちらへどうぞ」


 依頼の報告とかランクアップの手続きって受付で済むんじゃないの?

 俺たちは前回と同じ応接室に連れて行かれる。案の定、ギルドマスターがこの前の男性職員と待っていた。


「よく参られた。ささ、座ってくれたまえ」


 遠慮なくソファーに座る。


「エルフ族の隊商護衛の任務、そしてワイバーン討伐、本当にご苦労であった」

「ありがとうございます」


 それと似たことは昨日も言ってた気がするけどね。


「何分、アイアンとブロンズクラス……それもたった二人でワイバーンを討伐したなどということは前例のないことなのでね。ギルド本部や各地にある支部に問い合わせをしておったのでな。手続きが遅れたことを申し訳なく思う」


 そういうとギルドマスターが頭を下げる。


「いえ、ちゃんと手続きできるなら問題ありません」

「ハリス殿、君はブロンズだったが、この度の偉業を評価して、シルバーへと昇格させることが決まった」

「……シルバーです……か?」


 お、二階級特進だ!


「おめでとう! ハリス!」


 ちょっと戸惑っているようだが、本当に喜ばしい。


「ケント殿、君もだ。アイアンからシルバーというのは慣例からしても異例ではあるのだが……カスティエル殿が持参下さった報告書が決め手となった」

「俺もですか? ハリスの昇進から考えてもブロンズくらいなんじゃ?」


「報告書には討伐の一部始終が書かれていた。君の技量はブロンズ程度では収まらないのだ。本当であれば、ゴールドかプラチナまで昇格させたいと思えるほどだ」

「それは流石に……」

「ギルド本部の一部で、そういう声があったのは事実なのだよ。冒険者ギルドといえば聞こえは良いが、昨今の冒険者たちの質は落ちるばかりでね。ウスラの件を見ればわかると思うが……」


 そういや、ウスラたちはどんな事になったんだろう?


「そこで、ワイバーンを討伐したという衝撃的な知らせをもたらし、実力があるならと一部の役員が君を推そうという話が出た」

「あまり買いかぶられても困ります」


 なんか、ギルド内の派閥争いのニオイがするんですけど。


「いや、まあ……それで昨日の夜に君の処遇について役員会で話し合われた結果、ハリス殿と同じクラスへのランク・アップが決定されたという訳だよ」

「わかりました。謹んでお受けしましょう」


 あんまり、ツッコむと何があるか分からないしね。


「そうか、それは良かった。あとで受付でギルドカードの交換を行ってくれたまえ。それと……今回の依頼の報酬と共に、ワイバーン討伐の報奨が出ている」


 そういうと、ギルドマスターは二つの革袋を置く。


「護衛任務の報酬が金貨四枚。ワイバーン討伐の報奨として白金貨五〇〇だ。半分ずつに分けておいた。受け取ってくれたまえ」


 俺とハリスは革袋を一つずつ受け取る。ワイバーン一匹で凄い報奨が出るんだなぁ。


「ところで……ウスラたちはどうなりました?」


 一応聞いておかないと、気になるしね。


「冒険者ウスラは、町の衛兵隊に引き渡した。罪状から極刑は免れない」

「死刑ってことですか? 詐欺程度で?」


 流石に重すぎやしないか?


「ことは詐欺だけでは済まんのだ。ワイバーンが現れたという話だけで、国の軍隊が動くこともある。今回の虚偽報告は、ギルド内の規定では詐欺程度ではあるが、国家として重大な法律違反に問われる問題なのだよ」


 確かに、町の近くにワイバーンが潜んでいるというような情報だったしなぁ。


「なるほど……で、他のメンバーは?」

「他の三人は再度審問を行った結果、ウスラの言葉を信じただけであり金銭の授受もない事が判明した。二一条違反ではあるが情状酌量の余地ありとして、ワンランクの降格処分で済ませた。異論はあるかね?」

「特にありません。ハリスは?」

「……俺もない……」


 俺たちが納得したので、ギルドマスターは少し安心した顔になる。異議を唱えられると思っていたのかな? そんな面倒なことして逆恨みされるのも嫌だしね。


「それでは、後は受付で手続きするだけですよね? 下がってよろしいですか?」


 ギルドマスターが無言で頷く。


「では失礼します。ありがとうございました」


 早速、受付へと向かう。

 受付では、受付嬢が待ち構えていた。


「お待ちしておりました。カード更新のため現在お持ちのカードを提出して下さい」


 指示にしたがってアイアンのカードを渡す。


「それでは手続きをさせていただきます」


 すでに銀色のシルバーカードが二枚用意されており、受付嬢は今までのカードをそれの隣に並べる。

 受付嬢がそれらに手をかざすと呪文を唱える。


情報転写データコピー


 名前や顔写真が新しいカードに転写されていく。


「これで手続きは終了となります。こちらが新しいカードです。お受け取り下さい。シルバーランク昇格おめでとうございます!」


 新しいカードは綺麗な銀色。基本的な造りは鈍い色のアイアンのものと同じだ。裏を見ると『ワイバーン・スレイヤー』と追記されている。


「シルバーだと……?」

「この町で初めてじゃないか?」

「さっき、アイアンのカードだったヤツじゃねぇか」

「そんな馬鹿な」

「そういや、あいつ昨日ワイバーンを討伐したとか言ってたやつだ」


 周りの冒険者たちが小声で喋り始めたが丸聞こえだ。噂は本人がいないところでやってほしいよ、ホント。まあ、ドーンヴァース時代から慣れてるけどさ。こんな時はスルースキルで華麗に無視だ!


「手続きは終わったようだな」


 トリシアが後ろから声を掛けてくる。


「ああ、これで全部済んだみたいだ」

「じゃあ、今度は私の番だな」


 トリシアが受付へ近づく。何かするのかな?


「復帰手続きをしたい」


 そういうと、トリシアは自分の冒険者カードを差し出している。ほう。見たこと無い色のカードだ。虹色? オリハルコンのインゴットに色が似ている。

 トリシアのカードを見た受付嬢が、目を見開いて驚いている。


「オ、オリハルコン……!?」


 やっぱ、あの色はオリハルコンか。さすが伝説の冒険者。すげえや。


「少々お待ちください!」


 受付嬢は慌ててカードに手をかざし呪文を唱える。


情報検索データ・サーチ


「ト、トリ・エンティル様!」

「そうだ」


 受付嬢は名前を確認して慌てた声をだす。トリシアは涼しい顔で肯定している。

 周囲の冒険者が感嘆の声を上げている。


「確認致しました! 引退登録がなされていましたが、本日より復帰登録をさせていただきます!」


 受付嬢は舞い上がっているようだが仕事は忘れていない。再びカードに手をかざして呪文を唱えた。


復帰登録リターン・レジストレーション


「これで復帰登録が完了しました。オリハルコン冒険者トリシア・アリ・エンティル様! おかえりなさいませ!」

「ありがとう」


 感激に打ち震える受付嬢とは対照的なトリシアが面白い。


「あれが伝説の冒険者……トリ・エンティルなのか……?」

「すげぇ、俺初めてみたよ」

「ばか! 当たり前だろ!」


 ザワザワするギルド内でも、トリシアはどこ吹く風といった感じ。やっぱ大物だよ団長は。


「こっちも手続きは終わったぞ」

「さすが、トリ・エンティルなのじゃ。注目の的なのじゃ!」


 トリシアが戻ってきた。周りの反応に、なぜかマリストリアが自慢げだ。ドーンヴァースの頃だったら、俺もランキング・プレイヤーが近くに来たら、周りの冒険者みたいな反応してただろうな。

 しかし……ちょっと騒がしすぎだな。


「そろそろ出ようか」


 三人を促して、ギルドの外に出る。


「さて、これからどうしようか?」


 なぜか、俺たちがギルドを出てくると、他の冒険者も一緒にゾロゾロ出てきた。ギルド出た意味がねぇ!


「そうだな……ケント! 新技! ヒエンザン見せてくれ!」

「はっ!? ここで!? 何いってんの!?」

「なんなら、町の外に出るか? 頼むよボス!」


 トリシアがダダをこね始める。


「おい……あいつがトリ・エンティルのボスなのか……?」

「伊達にワイバーンは倒してないということだな」

「新技とか言ってたな。いったいどんな技なんだ?」

「ヒエンザンとかいうらしいな……」


 ギャラリー化した冒険者どもがウルサイ。しかも、こんな中央広場でそんな事したら衛兵がすっ飛んでくるだろ。


「却下。もう午後だし宿屋帰りたい」

「そこをなんとか!」


 トリシアがひざまずいてお祈りのポーズを取る。


「ダメ、また今度!」


 心底残念そうなトリシアが、肩を落としながらも立ち上がる。


「みたか? あのトリ・エンティルを子ども扱いだぞ?」

「すげぇ……」


 冒険者ども黙れ。


 宿屋に戻る道に歩き出そうとしたとき、広場の片隅に立ち尽くしてコッチを見ている二人組に気づいた。

 リククとサラだった。俺が気づいたことに、彼女らも気づいたのだろう。一歩こちらに近づくが、声は掛けてこない。

 ハリスの様子をうかがうと、気づいてはいるようだが無視を決め込んでいるのがミエミエだ。

 ハリスの複雑な気持ちを察して、俺は構わず西の大通りに歩を進める。仕方ないよな。一度関係がこじれると修復は難しいものだし。


「我もいつかオリハルコンになるのじゃ!」

「そうか、ケントに近づけるように頑張れ」

「まずは……トリ・エンティル殿に追いつくのじゃ!」


 俺とハリスの後ろで、はしゃぐマリストリアを受け流すトリシアの会話が聞こえる。俺はまだシルバーだっての。追いつく先が違うぞ、マリストリア。

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