第3章 ── 第3話
ウスラが悪事を働いたってことは分かったけど、肝心なことが分からない。
「で、俺達はどういう扱いになるんです?」
「事態が事態なので、即答しかねるのだが……明日、また来てくれないかね?」
ハンカチで汗を拭きつつギルドマスターが言う。
「それは構いませんが……ウスラなら今さっきギルドに入ってきてましたよ?」
俺はそう言ってからハリスと共に応接室を出る。応接室からはギルドマスターの大きな声が漏れてくる。男性職員に何か言っているようだ。
受付まで戻ってくると……ウスラとダレルがまだ入り口にいた。
いたと言うよりもトリシアに捕まっていると言うべきか。
「で? ハリスたちの元仲間だって?」
「だから何だってんだ!?」
ウスラはもがいているが、ガッチリ回されたアダマンチウムの義手から逃れられないでいる。ダレルは諦めたように動かない。
「トリシア、何してんの?」
「ん? コイツらだろ、元仲間ってのは?」
トリシアが黒い笑いのときは要注意だ。きっとイタズラ心的な何かがほとばしっている。
「元じゃねぇ! 今でも仲間だ!」
「だそうだぞ、ハリス?」
トリシアがハリスに話を振る。
「御免こうむ……る。仲間を置いて……逃げるようなヤツは……仲間とは呼べない……それに……ケントへの仕打ちを許せな……い」
ハリスはウスラたちを真っ向否定する。
「え? 俺への仕打ちって……何かあったっけ?」
「ははは……」
ハリスが俺を見て笑う。そしてウスラに向き直り言い放った。
「ウスラ……ケントを……食い物にしようとしたお前を……許す訳にはいかな……い」
俺はあまり気にしてないが、ワイバーン遭遇時にウスラたちが逃げ出したことをハリスは相当気にしていたようだ。
「でもまあ……なんかギルド規定に違反したとか聞いたよ。詐欺を働いたんだってね」
俺は大概のことには目をつぶるが、犯罪者にまで無制限に優しくするお人好しじゃない。
「トリシア、そのまま手を離さないように」
「了解だ、ボス」
トリシアに命じておいて受付の方を見る。
先程の男性職員がギルドの警備員を二人連れてきていた。
「あそこにいるウスラを捕縛して地下の独房に収監してくれ」
警備員がウスラに手かせをはめる頃には当人は観念したのか静かになっていた。
「悪気はなかったんだ……あんな所でワイバーンに出くわすなんて……」
ウスラはブツブツと何かを言っていたが、警備員に引かれて地下へと連れて行かれた。
「こっちはどうするんだい?」
トリシアは、未だ拘束したままのダレルについて男性職員に聞く。
「そちらは離してくださって結構です」
トリシアはうなずくと拘束を解く。ダレルは首周りを撫でながらトリシアから離れる。
「ダレル、君は他の仲間と明朝一番にギルドに出頭するように。逃亡すると後々不味いことになると警告しておく」
男性職員がダレルに厳しく勧告する。
「わ、わかっただなや……」
そう言うとダレルはギルドを急ぎ足で出ていった。
「ケント様にハリス様。明日の午後にはクラス昇格が決定されると思います。今回の護衛クエスト、及びワイバーン討伐に関しては明日の昇格手続きと共に報酬が支払われることになりますが、よろしいでしょうか?」
「了解、俺は構わない」
「無論……俺も……だ」
俺とハリスの了承に男性職員がうなずいた。先程預けたカードも返してくれる。
「ワイバーンを討伐だってよ……」
「あいつのカード、アイアンだぞ……マジか?」
「ウスラの撃退話ってのは嘘だったんか?」
少数いた冒険者たちがヒソヒソと話しているのが聞こえる。
「さて、そろそろ出て、宿でも探そうか?」
微妙に居心地が悪いので、さっさとギルドを出ることにする。陽が沈む前に宿も確保したいしね。
俺はギルドから中央広場に出て伸びをする。ハリスとトリシアも出てきた。
「俺、宿はこの前の所しかしらないけど、他に良いとこあるかな?」
前回の宿屋には多分だがダレルたちがいると踏んで、別の宿屋を探す提案をする。
「この広場の西側に老舗の宿屋があったはずだ。六〇年前の話だけどな」
トリシアが西の大通りの方を指差す。
「それじゃ、そっちを探してみようか。案内よろしく」
トリシアが西の大通り方向に歩き出したので着いていく。
「……待つのじゃー! 待ってたもー!」
あ、また忘れてた。振り返ると必死の形相でマリストリアが走ってくる。重装鎧なのに相変わらず身軽だ。
「あ、ゴメン、忘れてた」
「ケントは酷いのじゃ! 我を置いていくな!」
プンプン怒るマリストリアをなだめつつ謝る。
「悪かった悪かった。ところで今日の宿を探しに行くんだが、マリストリアはどうする?」
「着いていくのじゃ!」
了承が得られたので、四人で西の大通りの宿を探すことにする。
西の大通りの宿屋はすぐに見つかった。ファルエンケールの宿より大きかったしね。
「昔とさほど変わらないな」
「ず、随分と立派なのじゃ……」
「料金のことは心配するな。俺の国に『袖擦り合うも多生の縁』とかいう
「ど、どんな意味なのじゃ?」
「んー、俺も詳しくは知らないけど……どんな出会いも大切にしろってな感じだったような?」
「素晴らしい教えじゃの! いつかケントの故郷に連れて行ってたもれ!」
「いやー、多分無理」
俺の生まれ故郷はこの世界にはないからな。
「残念なのじゃ……」
心底残念そうにするマリストリア。ここからしたら異世界だしな。どんな仕組みでこっちの世界に来てしまったのかすら分からないのに、元の世界に行くなんて想像すらできない。積極的に戻りたいとも思わないけどさ。
「さて、チェックインしようか」
俺たちは看板に「空飛ぶ子馬亭」と書いてある宿屋へと入っていく。
チェックインカウンターには、もう七〇歳にもなろうかと思われる老人がシャンとした姿勢で立っている。トリシアが気軽な感じで老人の前に立つ。
「ツインの部屋二つ空いてるか?」
トリシアをジッと見つめる老人。
「失礼ですが……トリシア・アリ・エンティル様ではございませんか?」
老人はトリシアを知っているようだ。
「そうだが、どこかで会ったか?」
「エンティル様はお忘れでしょうが……私はあの頃、まだ七歳ほどの子供でございましたから」
「ふーん……」
トリシアは興味深げに老人を見つめる。
「エンティル様には肩車などして頂きました」
トリシアがピンと頭の上に電球が点くような、何かを閃いたような顔をする。
「おっ! あの時の宿屋の坊主か!? トマソン……だったか?」
「名前まで覚えて頂いているとは……光栄の至りです」
六〇年程前、トマソン老人は子供だった頃にドラゴン討伐に向かう準備をしていたトリシアに遊んでもらったことがあった。宿泊客だったエルフの女偉丈夫が、大英雄だと知ったのは少し経ってからだったそうだ。いつかまたトリシアが来た時にお礼を言おうと、長い間家業の宿屋を営んできたという。
「そうか……あの時の坊主がねぇ……」
「エンティル様はあの頃と全くお変わりないようで……」
「エルフだからな」
ニヤリとトリシアが笑う。
「しばらく、この四人で世話になるつもりだが」
「畏まりました。早速、部屋の準備をさせていただきます。準備が終わるまでラウンジでお飲み物でも召し上がっていて下さいますでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
ラウンジのソファに四人で陣取ると、ウェイトレスが飲み物の注文をしにきたので、エールを三つと、マリストリア用にノンアルコールのものを一つ頼んだ。
「我もエールで良いのに……」
子供に飲ませるビールはねぇ! と心の中で叫ぶが、この世界では子供でも酒が飲めるのだろうか? 中世のヨーロッパなどは衛生面と栄養面の問題で子供でもエールを飲んでいたという話を聞いたことがあるが……
エールとオレンジを絞って水で薄めたらしき飲み物が直ぐに運ばれて来る。
「それじゃ乾杯しようか」
『カンパーイ』
と、三人がジョッキを上にあげる。一人だけ前に突き出した感じの俺はちょっと恥ずかしい。長年の習慣はなかなか抜けないんだよ。こっちは、あっちの世界と違ってグラスをぶつけ合うんじゃないんだよな。ウスラたちと出会った時に気づいたが。エルフの都市でもそうだったっけ。文化が違うって大変。
取り敢えず飲んでみると、これまで飲んできたエールと違って、のど越しが良い。ビールと違って苦味はないがなかなか美味しいかもしれない。エルフの酒はほとんどワインだったから。こののど越しが嬉しい。
しばらく酒盛りをしていると、部屋が用意できたとのことで宿屋の一番奥の部屋へ通された。
部屋はスイートルームに相当するものだと思う。非常に広く、居間と二つの寝室、風呂などがある豪華なものだった。居間のソファは柔らかく、ソファテーブルには果物も添えてある。ベランダから宿裏に造られた庭が良い感じだった。
「良い宿だな。エルフの宿も良かったけどさ」
「トマソンが言ってたが、後で夜飯を運んでくるそうだ」
ルームサービスもしているのか。結構お高い宿屋かもしれない。
マリストリアが背負い袋を下ろして鎧を脱ぎ始めた。見ていると鎧を床に並べて黙々と手入れを始めた。そういや、俺も戦闘したから手入れしとかないとな。俺はマリストリアの対面に座って、剣の手入れを始める。
トリシアとハリスは戦闘をしていないので磨く程度のようだが、二人も俺たちに
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