第3章 ── 出会いと別れ ── トリエンへの帰還

第3章 ── 第1話

 隊商はアルテナ大森林を進んでいく。

 森の中なので、真っ直ぐ進めるわけもなく、道なき道をあっちに曲がり、こっちに曲がりと忙しない。


 よく見ると、隊商の周り数十メートル四方はエルフの遊撃兵団員に守られている。俺たちが護衛に付いてるのに何の意味が? と思ったが、隊商が通った轍や折れた木々や草などを修正しているようだ。


 「何であんなことをしているのかな?」

 「ああ、あれは道を偽装しているんですよ」


 御者さんが言うには、エルフの都市の存在を隠すための工作活動であり、アルテナ大森林を抜ける主要街道を偽装し、都市の者以外がファルエンケールにたどり着けないようにする意図があるそうだ。

 優秀なエルフの野伏レンジャーたちによって組織された『街道偽装隊かいどうぎそうたい』は、森林内において商人たちの護衛も兼ねているという。


 『ロード・イレイサー部隊』とカッコよく脳内ニックネームを付けることにする。


 ということは、道なき道を進んでいるように見えるが……


「今、街道を進んでいるの!?」

「そうです。そんなに揺れないでしょう? ちゃんと整備された道なんですよ」


 やはり道らしい。俺には全くわからないが。


「この街道はアルテナ村に続いているの?」

「いえ、アルテナ村には続いてませんね。トリエンの南の大草原地帯に繋がっています」


 御者さんの話によると、トリエンの南に広がる草原地帯を走る太い街道へと繋がっていて、その街道を南へ下ると、王国の隣、「ブレンダ帝国」との国境を守る『カートンケイル要塞』へと繋っているそうだ。

 トリエンの街はそのカートンケイル要塞の後方拠点で、要塞の物資集積地の役割もあるそうだ。田舎町にしては結構強固な城壁を構えているから魔獣対策だと思っていたんだが。殆ど低ランクの冒険者しかいない理由も近くに軍事拠点があった為のようだ。


 トリエンが所属する「オーファンラント王国」とブレンダ帝国とは、国境付近の領土問題であまり仲が良くないそうで、数年に一度、小規模な戦闘が起こっているらしい。最近では一昨年の冬頃にあったと言う。この大草原地帯を自国の領土だと主張するブレンダ帝国が仕掛けてきたらしいが、ただの草原に何の価値があるのやら。


 夕方になり、森の開けた場所に馬車を止めて野営の準備を始める。この開けた場所も野営用のキャンプ地らしいが、ただの空き地にしかみえない。


「ここがキャンプ地だそうだよ」

「少し見回ってきたが……街道の反対側に……巧妙に隠された湧き水があっ……た。街道もそうだが……巧妙に偽装されている……な」


 御者さんの言う通りのようだ。


 この世界の知識に乏しい俺は、野営の傍ら、この近辺の情報収集をすることにした。情報源は主にカスティエルさんだが。


「……なるほど、南のブレンダ帝国は魔法が盛んなんですね」

「そのようです。ただ、狭いのと農耕などに適さない土地が主な国土らしいので、草原地帯を欲しがっているのではないのでしょうか?」


 草原の北東にはアルテナ大森林、その西側にはトリエンの抱える穀倉地帯があることから分かるが、草原地帯も肥沃な土地なのだろう。


「トリエンと要塞の間に、幾つか小さい村がありますが、羊や牛などの牧畜が盛んですね」


 ファルエンケールでは、それらの村々から牛や羊を買い付けることもあるそうだ。

 「オーファンラント王国」と、その北にある山脈で分かたれた「グリンゼール公国」、オーファンラントの西側一帯にある、「ダルスカル小王国」、「カリオハルト自治領」などの小さな国々は、緩い同盟関係を保っているそうで、それら同盟とエルフの都市である「ファルエンケール」は秘密協定を結んでいる。前にも思ったが……


「それは秘密なんですよ」


 カスティエルさんに聞いてみたが、笑いながらはぐらかされた。

 アルテナ森林にエルフの都市があることを知られたくない理由は何なのだろう? しかし、考えても分からなかったので心の中の引き出しに仕舞っておこう。いつか謎が解けたらいいな。


 カスティエルさん曰く、森林内では夜警は必要ないというので、ハリスと共に焚き火付近で毛布に包まりゴロ寝した。御者さんはそれぞれ御者台で、カスティエルさんは勿論箱馬車で寝た。


『ロード・イレイサー部隊』ありがとう!


 と心の中で感謝する。


 翌日の昼過ぎに森林を抜け街道へと出た。なるほど、大草原が広がっている。後ろの森林以外は、見渡す限りの草原地帯だ。街道の南の方に目を凝らすと、小さく要塞が見える。要塞の向こうは湿地帯かな?


 隊商は進路を街道を北側へと取り、一路トルエンへと向かう。

 大草原地帯なので、突然襲われる心配もなさそうなので、つい居眠りをしてしまった……



「……様! ケント様!」


 ゆさゆさと体を揺さぶられて、目を開いてみると馬車が止まっていた。


「すまん! 居眠りしちゃったよ」

「それはいいのです! 前方を御覧ください!」


 御者さんが指を指す方向を見ると、草原の草々や土埃が巻き上がっている一画が見える。甲高い怒声や唸り声も聞こえるような気がする。どうやら、戦闘が行われているようだ。


「ハリス!」

「いるよ……」


 俺は剣を抜きながらハリスを呼ぶが、すでにハリスは俺の後ろ、箱馬車の上で弓を構えていた。居眠りしててゴメンよ。


 俺はインベントリバッグから『双眼の遠見筒』──要は双眼鏡だな──を取り出して草と土煙が上がる方を観る。


「ゴブリンの集団とダイアウルフが数匹何かと戦っている」


 もしかすると羊飼いなどの現地人が襲われている可能性がある。御者台から降りた俺は、カスティエルにどうするか聞いてみる。


「前方でゴブリンとダイアウルフが何かを襲っているようですが、迂回しますか?」

「いや……近く村の者たちかもしれない。助けてやってくれませんか?」

「了解です。ハリスは護衛に残しますね」


 ハリスに目をやると頷いた。


 さて、冒険者タイムと行こうか!


 俺は、全速力でゴブリン共へと向かって疾走を開始する。

 数百メートル以上離れていたが、高レベルキャラクターである俺の疾走は常人のスピードではない。みるみるうちに土埃と草の舞い上がる地点に近づいていく。


 ゴブリンやダイアウルフが肉眼で確認できるくらい近づいた時、何と戦っているのかが見えてくる。


──ホービットか?


 やたら小さい重装備の金属鎧を来た人物が、その身体に不釣合いなほど大きな盾を振り回してゴブリン共を寄せ付けないことに四苦八苦している。ドーンヴァースでいう所の小人族。某指輪が出てくるファンタジー小説の種族っぽい名前のホービット族かもしれない。


「助太刀するぞ!」


 俺は大声で、そのホービット族らしい人影に知らせる。


「かたじけない!」


 了承が得られたので疾走して近づきながら、この前覚えた魔法を撃ち込む。


「集え氷の刃よ! 豪雨となりて我が敵を滅ぼせ! 『氷雨アイスレイン』!」


 俺は魔法を覚えると、無詠唱で呪文の発動が行えるのだが、味気ないのでカッコいい(以下略)


 ゴブリン共の頭上に無数のアイスニードルが作り出され、勢いよく頭上から降り注ぐ。ホービットらしき人も巻き込む広範囲攻撃だが、そこに抜かりはない。フレンドリーファイアをしない効果を織り込んだ魔法だ。


 一瞬でゴブリンの半数が死滅するが、ダイアウルフとゴブリンファイターらしき多少大型のゴブリン共は生き残った。


「えい! えい!」


 ホービットは、大きな盾によるシールドバッシュとロング・ソード(俺から見るとショート・ソードだが)を振り回して、チクチクとダメージを与えている。

 俺は、ゴブリンとダイアウルフの側面に飛び込む。


「扇華一閃!」


 俺の飛び込んだ場所付近にいた、ゴブリン四匹とダイアウルフ二匹が寸断される。


「グゲゲ!」


 ゴブリンファイターの一匹が俺の方を見て何か吠える。


「すまん、ゴブリン語はわからん」


 俺は背後に何かを感じたので、身体を回転させて避ける。


──ガギン!


 避けたと同時にダイアウルフが俺の首があった位置に鋭い牙を突き立てた。空振りしたので凄い噛み音が聞こえた。

 ちょうど良い場所にダイアウルフの首が来たので剣先を跳ね上げる。


──ズシュ!


「飛燕斬……」


 ボソリとカッコいい技名を……(以下略)

 カチリと音がしたのは言うまでもない。


 最後のダイアウルフが死んだのを見たゴブリン共が浮足立つ。士気チェックに失敗したな。


「ゲルア! グギャギギ!」


 一匹が何かを叫んでいるが、ゴブリン語はわからんのだ。

 叫びを聞いたゴブリン共が、ほうほうの体で逃げ出す。


「六匹か。千草に宿りし精霊たちよ。葉の刃を持って敵を滅ぼせ。『葉刃乱舞ダンシング・リーフ・ブレード』!」


 逃げ出すゴブリン共の足元の草原が一瞬のうちに刃に変わり、その身体を切り刻んでいく。

 ゴブリン程度だと、瞬殺の範囲魔法だな。


 ホービットらしい人物に振り返ると、肩で息をしながらうずくまっている。


「ぜーぜー」

「大丈夫? 水飲む?」


 インベントリバッグから水袋を出して勧めると、ホービットらしき人物は奪い取るように水袋を受け取る。

 フルヘルメットを必死に脱ごうとしているので手伝ってやる。

 ヘルメットを取ると、少々幼気な可愛らしい顔が見えた。女の子?


 女の子は水袋からガブガブと勢いよく水を飲む。


「ぐは! ゲホゲホ!」


 あんまり急ぐからだ。ゆっくり飲めよ。

 やっと女の子は落ち着いたようだ。


「我への助太刀感謝するのじゃ! 冒険者の守護騎士ガーディアンナイトマリストリアじゃ!」

「冒険者?」


 顔つきからするとホービットじゃない。どう見ても人間だ。年の頃一〇歳くらいか?


「そうじゃ、我は冒険者じゃ! 伝説の冒険者目指して修行中じゃが」


 そう言いながら、冒険者カードを見せてくる。ブラスだ。俺の先輩だ……年下なのに……


「奇遇だね。俺も冒険者だよ。アイアンだけど」


 俺も冒険者カードを見せる。


「冒険者仲間じゃったかー。助太刀痛みいる」


 俺のアイアンのカードを見ても先輩風も吹かさずに、ペコリと頭を下げる。


「しかし、何で一人でゴブリンなんかと戦って?」


 そういうと、すごい勢いで、俺の方に顔を向けて迫ってくる。


「誰も! 我をチームに入れてくれんのじゃ! 小さい小さいと抜かしての!」


 確かに小さいなー。俺の半分くらいしか身長ないよ。


「こう見えても前衛上級職じゃのに……仕方ないから一人で依頼を受けたのじゃ」


 確かに戦いぶりを見る限り、ゴブリン程度には遅れをとるレベルじゃなさそうだが、あれは多勢に無勢だろ?


「ちーっとばかり、ゴブリンの数が多くてのう。本当に助かったのじゃ」


 そういうと、また水袋の水を飲む。

 なんか一人にしておくと、危なそうな子だね。


「俺の名前はケント。今隊商護衛でトリエンに向かっているんだ。一緒に行かないか?」


 マリストリアは、目を見開いて俺の顔を見る。


「よいのか!? よいのじゃな!? 仲間にいれてくれるのか!」


 飛び跳ねて喜ぶ。いや、仲間にするとは言ってないんだが……しかし、重いプレートメールでこれだけ飛び跳ねられるのはビックリする。身体能力は一〇歳程度じゃないな。流石はブラスランクか。


「まあ、あっちに仲間がいるから、ついてきてよ」

「判ったのじゃ! どこまででも着いて行くのじゃ!」


 歩き出した俺の横をピョンピョン跳ねるようについてくるマリストリア。悪い大人に騙されそうで心配すぎる。


 俺とマリストリアが馬車まで戻ると、俺は自分の目を疑った。

 困ったような顔のハリスの横に、仁王立ちという言葉がよく似合う人物が立っていたからだ。


「団長……なんでいるの……?」

「何でって……私はハリスの師匠だからな!」

「はぁ?」


 腕を腰に当てた団長が「えっへん」と言い出しそうなくらい得意げな顔をする。


「兵団の任務はどうしたんです!?」

「ああ、スヴァルツァ隊長に頼んできた。私は一介の冒険者に戻る!」


 マルレニシア……ご愁傷さま……

 よもや軍隊の要職にある人が、そんな簡単に任務を投げ出すのが信じられない。


「女王陛下はご存知なんですよね、団長?」


 ジト目で見る俺の視線を浴びても平気な顔の団長。


「大丈夫だ。ちゃんと申し上げて許可はもらってある。条件付きだがな」

「条件って……?」

「ケントのチームに入れとの仰せだ!」


 ニヒヒといった笑顔の団長。やっぱ少し黒い感じだ。エルフだし団長は結構な年齢を重ねているはずなんだが……どう見てもイタズラ小僧的な何かだ。


「仕方ない……まずは取り敢えずですが、トリエンに一緒に行きますかね」


 その時、俺の服がクイクイと引っ張られる。あ、団長登場のインパクトが強すぎてマリストリアを忘れていた。


「ああ、二人とも、紹介するよ。冒険者のマリストリア。一緒にトリエンまで行くよ」

「よろしくお願いするのじゃ! 仲間に入った守護騎士ガーディアンナイトマリストリアじゃ! 前衛は任せてたも!」


 嬉しげにそう宣言するマリストリア。いや、だから……まだ仲間にしたわけじゃ……


野伏レンジャーの……ハリス……だ。よろしく頼……む」

「トリシア、魔法野伏マジックレンジャーだ」


 二人とも何の疑問もなく自己紹介してるよ……


魔法野伏マジックレンジャーとは珍しいの!『ストラーザ・ヴァリスト・エンティル』の主人公のようじゃな!」

「ああ、そのトリ・エンティルが私だ」


 『ストラーザ・ヴァリスト』とはエルフ語で『高潔なる物語』という意味だ。よって『ストラーザ・ヴァリスト・エンティル』とは「高潔なるエンティルの物語」となる。ハリスが影響を受けた有名な冒険者英雄譚のことだ。


「ええ!? 本物!?」


 マリストリアが驚愕した顔で俺の顔を見上げる。


「ああ、御本人だよ。彼女がトリシア・アリ・エンティルだ」


 団長は自分が伝説の冒険者だという事をあまり隠さないので、正直に教えてやる。団長はヒラリと馬車から降りてくるとマリストリアに視線を落とす。

 マリストリアは何だかモジモジしながら赤い顔をしている。


「……握手……してたも……」


 遠慮そうに小さな手を団長に差し出すマリストリア。団長がその手をギュッと握ってやる。感激したマリストリアが一層赤い顔になってしまう。


 何はともあれ、マリストリアと団長と一緒にトリエンの街へ急ぐことにする。もちろんマリストリアが倒したゴブリンとダイアウルフの部位の回収も忘れずに行っているので、マリストリアの依頼達成条件は満たしてある。

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