第2章 ── 第9話

 翌日の朝。すでに早いとは言えない時刻にベッドから起き上がった。

 しこたま飲んだせいか、二日酔いだ。


「起きたか……ケント」

「あー……二日酔いだ……」


 ベッドから降りて、テーブルの上の水差しからコップへと水を注いで、それをグビグビと飲み干す。


「昨日は、ごめんね」

「別に……いい……それより……客が来てる……ぞ」


 ハリスは、顎をしゃくってベランダの方を指す。

 ベランダの手すりから爪先立ちで外を眺めているドワーフがいた。あれだけ飲んだのに……元気な爺さんだ。

 俺がベランダに出ると、マストールが振り向く。


「起きたな、小僧。あれきしの酒で二日酔いか?」

「マストール、元気だな」

「朝イチで工房で待ってたんじゃが、来ないから迎えに来た」


 気が早いなぁ。相当、アダマンタイトのインゴットが欲しいらしい。


「分かった、着替えるからちょっと待ってくれ」


 部屋に戻って、寝汗で気持ち悪い服を着替えて、鎧を着込む。


「ハリスも一緒にいくか?」


 着替えながら、ハリスに聞いてみると横に首を振る。


「今日も……駐屯地に行くつもり……だ」

「了解。俺はマストールの工房に行ってくるから、早く帰ってこれたら、そっちにも顔出すね」

「分かった……」


 着替え終わったのでマストールに声を掛ける。


「マストール、そんじゃ行こうか」

「例のものは?」


 そう言われて、俺はポンポンとインベントリバッグを叩く。


「ふむ、無限鞄ホールディング・バッグか、よし行こう」


 ドワーフは足が短いくせに、存外足が早かった。着いていくのに大股で歩かねばならないくらいだ。

 マストールが特別なだけかもしれないが。


 だいぶ歩いて都市の南側の一画へとたどり着く。そこは巨大な工房だった。何人ものドワーフが行ったり来たりしている。石炭を運ぶもの。道具を担いでいるもの。色々だ。

 一際大きい建物の扉を開いて手招きをしているマストールが目に入ったので、そちらに近づく。


「随分でかい工房だなぁ」


 素直に感想を述べると、マストールは鼻で笑う。


「ふん、ただ鍛冶屋をするだけなら、こんなデカイ工房はいらん。トリシアとこの街に落ち着いた時に、この工房を女王から押し付けられたんじゃ」


 工房に入るマストールに着いていく。


「ここに来てから一族のものが来たり、弟子が増えたりで、いつの間にか少し手狭になってきたがな」

「ここでも手狭なのか?」

「そうじゃな。ここからちょっと離れた所に第二工房も構えた。そっちは一族のものが使っておる。こっちはワシと弟子どもだけじゃ……こっちじゃ」


 地下へ続く石造りの階段へとマストールが降りていく。階段の下には重そうな扉があった。

 マストールが鍵を取り出して錠前を外す。扉の中は、比較的小ぢんまりした工房だった。


「ここはワシの個人的な工房じゃ。コレを見ろ」


 マストールが歩み寄ったテーブルの上を見る。そこにはコアフレームだけのロボット・アームのようなものが置いてあった。


「これは?」

「義手じゃよ。やっとここまで作り上げたのじゃが……」


 義手……トリ・エンティルの物だろうか?


「これは団長の?」

「うむ……これでも一般生活には支障が無い程度なのじゃが、トリシアは満足せなんだ」


 義手としては、この世界では最高のものを用意したとマストールは言う。


「じゃが、あのバカシアめ……強度が足りんとか抜かしおる。ミスリルを使った最高品質じゃぞ」

「そこでアダマンチウム?」

「そのつもりじゃ。あのインゴットが五つもあれば、予備の義手、補修用部品なぞも用意できよう」


 五個程度でいいのか。俺はインベントリバッグからインゴットと取り出していく。


「とりあえず五個。もう五個くらい予備に譲るよ」


 一〇個のインゴットを机の上に置く。


「いいのか? これほどのインゴットの礼を出せるかわからん……」

「ハリスの武具の修理用のミスリルを譲ってくれれば……それと、後々、アダマンタイト鉱床の生産が軌道に乗ったら、インゴット安く譲ってよ」

「良いじゃろう。ミスリルのインゴットなら直ぐに用意できる。鉱床の方は時間がかかるじゃろうが、何とかしよう」


 そういうと、マストールが手を出してくるので握り返す。交渉成立だ。


「フレームは完成しておるから、これにアダマンチウムの装甲を施して強度を上乗せする」


 マストールが魔法のアイテムで炉に火を入れる。炉の横のフイゴが自動的に炉に風を送り込んでいる。

 炉がどんどんと熱くなり、工房の気温が上がっていく。


「この義手には、鋳造じゃなく鍛造の装甲を施す。手伝ってくれ」


 鍛冶はやったことないが、いい機会だからドワーフ最高と言われる鍛冶屋の技を間近で見せてもらうことにする。

 マストールはインゴット二つを炉の上に置いて熱していく。炉の温度は鉄ならとっくに溶け出すような熱さだ。

 しばらくインゴットを見ていると、青白いインゴットがドンドン白くなっていく。


 白熱したインゴットを金鋏で引きずり出すと金床の上に載せていく。


「相槌を頼む」


 そう言うと大きなハンマーを渡された。俗にスレッジハンマーと言われるやつか。

 俺は、マストールの振るうハンマーに合わせて槌を振るう。


 何時間振るったか分からないほど槌を振り下ろした。二つのインゴットが一つになり、一心不乱に叩く。冷えてきたら熱し直し、再び叩いていく。

 大まかな形が出来てきた。大きなハンマーから小さいハンマーに持ち替えたマストールが一人で形を整えていく。


──数時間後


 じっと見ていたが、叩くたびに見事に形が整っていくのが魔法のようで面白かった。

 焼入れをした後、さらに小さいハンマーで歪みなどを取っていく。


「完成じゃな」


 そういうと、義手の装甲をマストールは手に取りあちこちと見ている。


「装飾なぞは殆どつけんかったが、トリシアは華美を好まんから、これでええじゃろ」


 そういうと、マストールは義手のコアフレームに装甲を取り付ける作業を始める。


「マストールは凄いな。俺も鍛冶を始めてみるかなぁ」

「ワシの相槌を打って音を上げなかったんじゃ、そこそこの鍛冶屋になれるじゃろう」


 装甲はコアフレームに綺麗にはまった。フレームだけでは分からなかったが、装甲のはまった義手は女性のような繊細な美しさがあった。

 出来に満足そうなマストールは、義手を布で巻き始める。


「さてと、早速トリシアに届けるとしようかの?」


 ほんと、元気な爺さんだ。そういえば今何時かな。俺もマストールと一緒に行くことにしよう。ハリスに行くって言ったしね。


 工房の外に出ると、もう夕方近かった。義手を担いで黙々と歩くマストールは、機嫌が良さそうに見える。


 駐屯地に着いた時には陽が沈みかけていた。

 俺とマストールがゲートに来ると、警備兵が敬礼で迎えてくれた。昨日のコーリンと横柄さんではなかったが、快く中に入れてくれた。


 執務室がある小屋に団長は居なかった。もしかすると演習場かな。マストールと演習場に向かう。演習場に着く前から団長の飛ばした激が聞こえてくる。相当、激しい訓練をしているようだ。


 陣幕テントの椅子を並べた上にハリスがぶっ倒れてた。何されたんだ?


「大丈夫か、ハリス」


 俺が声を掛けると、薄く目を開けたが、すぐに閉じてしまう。相当しごかれたようだ。


「おい! バカシア!」


 マストールが団長に声を掛ける。度々、バカシアって言ってるけど、団長が怒らないのが面白い。


「ん? マストール、なんか用か?」

「出来たぞ」


 その言葉に嬉しそうだが、ちょっと黒いものが混じった笑顔を団長が作る。


「よし! 執務室まで来てくれ」


 マストールと団長が去ったので、俺はハリスに話しかける。


「だいぶ絞られたみたいだけど……」

「絞られた……というか……拷問に近い……」


 ハリスが何とか体を起こしたが、全身バキバキになってる感じだ。


「死ぬなよ」

「大丈夫だ……」

「ところで……ファルエンケールでの用事も終わったし……そろそろトリエンに戻ろうか」


 俺の言葉に、ハリスが黙り込む。


「まあ、ハリスは団長の訓練をまだ受けたいかもしれないけど……」

「いや……大丈夫だ……訓練を受けたかったら……また来ればい……い」

「そういや、名誉市民の称号もらったし、また来て歓迎されないってことはないか」

「ああ……」


──グゥ


 俺の腹がなる。そういや、昼も食わずにハンマー振り下ろしてたんだ。


「そっちも……大変だったの……か?」

「んー、ちょっと鍛冶を手伝わされただけだよ。昼飯は食いそびれたが」


 そんな話をしていると、マストールと団長が一緒に戻ってくる。団長の右肩には義手が装備されていた。


「ケント! 貴殿のおかげでこの通りだ! 感謝する!」


 団長が、義手の右手をクルリと回して見せてくる。


「あれ? もう動かせるんですか?」

「ああ、すでに義手を接続するための手術は受けてあったからな」


 団長は手を握ったり開いたりして感触を確かめている。義手は、従来の腕と同じように繊細に動いている。


「また、弓が引けますね」


 俺がそういうと、ハリスがちょっと不安そうな顔をしながらミスリルの弓を撫でる。


「エル・エンティルを……お返ししましょう……か?」

「ははは、その必要はない。それはお前が勝ち取ったものだ。取り上げるほど私は無粋ではない」


 ハリスがほっとした顔をする。


「弓なら……もう一つ持ってるしな」


 そういうと、団長は背中に背負った弓を取り出す。エル・エンティルに似た銀色の弓だ。


「ファル・エンティル。お前の弓の双子の片割れとでも言おうか」


 団長がニヤリと笑う。弦を引き絞ると、一〇〇メートル近く離れている的を狙う。


「『氷矢ひょうや』よ!」


 コマンドワードだ。ファル・エンティルは氷の矢を作りだせるようだ。

 パキパキという音と共に氷の矢が現れる。団長が弦を離すと、氷の矢が的に目掛けて飛んでいく。氷の矢は的を貫通して、その後ろの城壁に当たって砕け散った。


「弓を射てもフレームに軋みが無い。やはりこの装甲で正解だな」

「ふん。当然じゃろ。ワシが作ったんじゃからかな」

「そうだな」


 再び腕を手に入れた団長が夕日に照らされて、いつもより凛々しく、そして美しかった。



 次の日。団長たちに付き合わされ、またしても二日酔いに悩まされた。妖精族って飲むの好きすぎだろ。新たな腕を手に入れた団長が浮かれ踊るのも分かるけどね。


 頭が痛むのを我慢して俺とハリスは旅支度を整えて、城へ出向いた。暇乞いをするためだ。

 女王への謁見はすぐに実現した。


「陛下、今日、ファルエンケールを発ちたいと思い、暇乞いに伺いました」


 ハリスと二人で跪きながら、女王へと要件を伝える。


「さようですか。もっと逗留してもよいのですが」


 女王は少々残念そうな声で言う。


「我々も依頼の途中でしたし、その報告もございますので……」

「冒険者とはそういうものだそうですね。わかりました」


 女王は立ち上がると、一人のエルフを呼んだ。


「貴方たちに、依頼を頼みます。この者をトリエンの町まで護衛して下さい」


 俺は、そのエルフを観察する。貴族ではない。だからといって一般的な市民でもなさそうだ。なにせ身なりは悪くない。それなりに上等な服を着ている。


「このものは、商人のカスティエルと申す者。トリエンの町に我らの書状を届ける依頼をしています。その道中を貴方たちに頼みたいのです。もちろんギルドへの依頼状も携えさせます。よろしいですね?」


 紹介されたエルフが優雅にお辞儀をする。

 まあ、帰るついでだし異論はない。ハリスを見ると、大丈夫と頷いている。


「畏まりました、陛下。謹んで依頼を受けさせていただきます」

「助かります、ケント殿。それでは、この者に持たせる書状などを用意させます。客間で少しお待ちになって下さい」


 俺とハリスは、以前、世話になったエルフのメイドに案内されて、客間に落ち着く。


「ここからだと……トリエンまで何日くらいかな」

「商人殿の……準備次第だが……森を抜けるのに二~三日……アルテナ村で一泊して……次の日にはトリエンに着くだろ……う」


 正味四日くらいかな。また魔獣とか出なければ問題ないだろう。

 一時間ほど待つと、ドアがノックされる。


「カスティエル様の準備が整いました」

「よし。行くか」

「了解……」


 メイドに案内されて、城の出口まで行く。そこには二頭立ての幌馬車と、箱馬車が用意されていた。幌馬車の方はエルフの都市の商品などが積まれているらしい。箱馬車の隣に、カスティエルと呼ばれていた商人が待っていた。馬車だと森を抜けるのキツいんじゃないか?


「ワイバーン・スレイヤーのお二人に護衛して頂けて光栄です」


 カスティエルが深々と頭を下げる。


「カスティエルさん、よろしくお願いします。俺のことはケントと呼んで下さい。こちらはハリス」

「ケント様、ハリス様、こちらこそよろしくお願いします」

「では、参りましょうか」


 カスティエルが箱馬車に乗り込む。御者台には、カスティエルの配下の御者が座っているが、俺も御者台に陣取ることにする。護衛が馬車の中にいるのもどうかと思うからね。ハリスは幌馬車の後ろに乗り込むようだ。


「出発してくれ」


 カスティエルの御者にそう告げる。


「畏まりました、ケント様」


 御者が手綱を振ると、馬車が動き出す。幌馬車の御者もそれに習う。

 ゆっくりと二台の馬車が動き出し、城と都市を結ぶ橋を進んでいく。


 ふと、見ると、都市側の橋の袂に、ずらりと遊撃兵団員たちが並んでいた。マルレニシアも一番手前で俺たちの方を見ていた。


「マルレニシア隊長。また来るよ」


 マルレニシアとすれ違う時に、そう声を掛ける。

 今にも泣き出しそうな顔つきのマルレニシアが大きな声を上げた。


「ワイバーン・スレイヤー、ケント殿、そしてハリス殿に! 敬礼!」


 その掛け声と共に、遊撃兵団員たちが、綺麗に揃って敬礼をする。

 なかなか感動的な見送りだ。もう少し、ここにいても良かったかなと思わせるほどに。


兵団員たちの列を通り過ぎ、馬車は都市の西門へと向かう。


「ファルエンケールか……良い街だったなぁ……」


 俺は囁くように独り言をいう。


「お気に召したなら、いつでも戻ってきて良いんですよ、ケント様」

「ああ、冒険に飽きたら、そうしようかな」


 御者の言葉に、やんわりとした肯定の返答をする。

 木々の上のデッキを見上げると、都市の一般市民たちも俺たちを見送ってくれている。

 手を振ると、妖精族の子どもたちも千切れんばかりに手を振り返してくる。


 そのうち、また、ここに来よう。俺はそう思いながら馬車に揺られて、エルフの都市「ファルエンケール」を後にした。

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