第2章 ── 第8話
晩餐会場は城の中庭のようなところで始まった。評議会の評議員以外に各妖精族の貴族と呼ばれる身分の人々も来ているようで、みんな
俺たちは無骨な鎧姿だったが、ほとんどの貴族たちは気にせず挨拶してくれた。
「モンスール・フォルケン子爵です。ワイバーン・スレイヤー殿、よくぞ森の秩序を守って下さった。感謝いたす」
「私はハイヤール伯爵家の当主、ルドワール。以後、お見知りおきを」
次々に貴族たちが挨拶の言葉をかけて来る。
俺もハリスも慣れていないので、目を白黒させながら挨拶の返事をした。
「ふん、人族の冒険者風情が……」
「見ろよ、あの格好。無粋にもほどがある」
俺たちの後方から、そんな声が聞こえた。
振り向いて見てみると、人間でいえば年のころ一六~一七歳くらいのエルフの貴族らしき奴らが数名いた。
俺の視線に気づいたのか、そのうちの一人が俺に近づいてくる。
「ワイバーン・スレイヤー殿は、公の場にも鎧姿で来るのですか?」
挑発的な目で言うエルフ貴族。喧嘩でも売っているんだろうな。
「生憎、お貴族様との付き合いなどないので。ましてエルフのお貴族様とは初めてでしてね」
喧嘩を売られて買わないのは俺の信条に反する。
「な、なに! 貴様! 私がセルージオット公爵家のものだと知って言っておるのだろうな!」
「親の威を借るお貴族のボンボンなど知らんな」
儀礼用の剣だと思うが、このお貴族ボンクラ君が柄に手をかけた。やっちゃおうかなぁ……
「やめておけ、貴族のボンボン」
ボンクラ君の後ろから野太い声がかかる。現れたのは髭モジャドワーフだった。
「何を……!! ハンマー閣下!?」
振り向いたボンクラ君が、ドワーフを見るなり青い顔になる。
「セルージオット公爵家の跡取りともあろう者が、女王の主催する晩餐の主賓にその態度はどうなんじゃ? それに……此方の身に着けている鎧は、公爵家すら手に入れることのできないほどの一品じゃ。傷でも付けようものなら、身代が飛ぶ程度じゃすまされんぞ」
「くっ……」
ボンクラ君は柄から手を離すと、取り巻きの貴族たち数人と共に離れていった。
ハンマー閣下と呼ばれたドワーフは俺の前までくると、値踏みするようにジロジロと見てくる。
「セルージオット家のものが失礼したな」
「いえ、仲裁していただいたようでありがとう。招待された身で流血沙汰を起こさずに済みましたよ……ハンマー閣下」
「ふん、勝手に閣下などと祭り上げられただけじゃ。ワシとて元は冒険者。気を使わなくて良い」
「ハンマーっていうと、ハリスの鎧と剣を作った氏族の人ですね」
俺は隣にいるハリスを親指で指しながら聞いてみる。
「そうじゃ、ワシが作ったもんじゃ。ヌシの鎧には遠く及ばんもんじゃがな」
「この鎧も大したもんじゃないと思いますけど」
「ワシの目は誤魔化せん。アダマンチウムじゃろ?」
さすがドワーフか。一発で素材を見抜いている。アダマンチウムの所だけ小声なのは何故なのか。
「よく分かりましたね」
「それを研究対象にしとるからな。素材さえ潤沢に手に入ればワシとて作れるがな」
「手に入りづらいんですか?」
希少すぎると鎧が壊れたときに困るなぁ。まだ手持ちは十分あると思うけど、インゴットの数を後で確認しておかなきゃ。
「北側の山脈で鉱床は発見できたのだがな。開発が進んでおらん」
苦虫をかみ殺したような渋面を作ってドワーフはため息をついた。
「何か問題でも?」
「いや、評議会が
鉱物による土壌汚染や水質汚濁は、現実世界でも昔、問題になったとか学校で習ったことがある。
「ああ、なるほど。自然の秩序を
「魔法で何とでもできるじゃろうに」
ドワーフは手に持ったグラスの酒をあおる。鍛冶屋としては、素材が無ければ何もできないのでイライラしてるのだろう。
俺はインベントリバッグから一つ、ズシリと重いインゴットを取り出す。
「幾らか手持ちがあるから、譲りましょうか?」
俺の手にあるインゴットを見たドワーフが目の色を変える。
「それは、アダマンチウムのインゴットじゃな?」
「ええ、こちらも自分の鎧の補修とかで必要だから、全部渡せないけど融通はできますよ」
「お前、鍛冶ができるのか?」
「いえ、鍛冶は無理です。防具修理と武器修理くらいなら出来ます」
「どのくらい譲ってもらえる?」
ドワーフはインゴットから目を離さずに聞いてくる。よほど困っているのだろう。
「これと同じインゴットで……二〇個くらいなら」
「そんなにあるのか! よし、明日、ワシの工房まで来てくれ。都市の南側の一画にある。ハンマー工房と言えば誰でも知っている」
会場に女性の歓声のようなものが上がった。そちらを見ると、トリ・エンティル団長が歩いてきた。なんというか……ヅカの男役みたいな男装だが。男の目から見ても相当カッコいいので女性に人気なんだろうな。
「おお! ケント殿! 会えてうれしいぞ……ん? マストール。もうケント殿に目をつけたのか?」
目ざとく俺を見つけた団長がすかさず声をかけて来る。
「団長、カッコいいですね。ヅカジェンヌみたいですよ」
「ヅカジェンヌ? 何だそれは?」
「相変わらず
「なんだ、ケント殿。ドワーフ最高の鍛冶屋に早速武具でも作ってもらうつもりなのか?」
「いや、俺の手持ちのインゴットを譲る話をしていただけですよ」
団長が俺の手のインゴットを見て納得したような顔になる。
「なるほど、しかし、マストールが欲しがるとは、貴重なものなのか?」
「バカシア!
最後の部分だけ囁くように言う。それを聞いた団長も目を
「……これが……?」
「そうじゃ、コレがアレじゃ」
コレとかアレとか気になるけど、ツッコんで聞く雰囲気じゃない。何にせよあまり表沙汰にしたくないようなので、インゴットをバッグに戻す。
「飲もう! マストール! ケント殿は神が遣わしてくれた人物かもしれん!」
「そうじゃな! せっかくの宴じゃ! ケントとやらも付き合え!」
まあ、確かに折角だし飲むとするか。
俺と団長とマストールは酒を取りに向かった。ハリスも着いて来たのは言うまでもない。
「がはは! 飲んどるか!? 小僧!」
「はいはい、飲んでますよー」
ドワーフの飲みっぷりは凄かった。樽で持ってきた方がいいんじゃないか?
この世界に来て、俺も相当飲めるのに気づいたけど、ドワーフほどじゃないのを実感した。
「そんなことはいい! 聞けよ、マストール!」
「なんじゃ、バカシア」
「だからケントの剣技はだなぁ……!」
さっきから酔いの回った団長は、今日の演習場の出来事を事細かにマストールに喋りまくっている。
「ワイバーンが倒せるんじゃ、そのくらい当然じゃろ」
「マストール! お前は分かってない! 私にあれ程の腕があれば、ドラゴンごときに腕を持っていかれることはなかった!」
相当酔っ払っている。
「ドラゴンは別格じゃ! 少々腕が立とうと、おいそれと勝てるわけなかろうが!」
「確かに、あのドラゴンは強かったな……ブレスの一撃で半数が消し炭になった……」
「そうじゃ、あのブレスが問題じゃ。剣技でどうこうなるもんじゃないんじゃ」
ドラゴンとの戦いの記憶が、二人のテンションを下げたようだ。
「トリシアの『
「他のチームまではどうにもならなかった……」
二人は遠くを見るような目で記憶を探っている。
「確かに、ブレスが曲者でしたね。俺も耐火マントで戦ったけど、マントが黒焦げになりましたよ」
そう言いながら、インベントリバッグからサラマンダーの革で作った耐火マントを取り出して見せる。
「トリエンでサラマンダーの革が手に入ったから直したけど、危なくまっ黒焦げにされるところでしたよ」
「ヌシもドラゴンと戦ったのか……?」
「ええ、一週間くらい前に。やっぱソロで戦うモンスターじゃなかったな……」
あの時は、このマントのおかげで何とか懐に飛び込むことには成功したが、ドラゴンは格闘戦もなかなか強くてふっ飛ばされた。そして再びブレスを吐かれて死んでしまった。
「……」
呆れたような顔で俺の顔を見つめる二人に気づいた。
「何か?」
「ヌシは……自殺願望でもあるのか?」
「ケントの実力は知っておるが……一人でドラゴンに挑むのはどうかと思うぞ?」
準備は万端だったと思いたいが、あの時はロクなスキルもなかったからなぁ……翼落斬とか紫電とかあったら、きっと倒せてたよ。
「まあ、無謀だった……とは思うけど、マジでもうちょいだったんだよ」
その後、ドラゴンと戦う際の戦術を団長とマストールと話し合ったが、やはりブレスが問題だということで話は落ち着いた。
ハリスは俺たちの会話に付いてこれないようだったが、耳をダンボにして聞き入っていた。いつか、俺と一緒にドラゴンと戦う時のことを考えて……じゃないかな?
夜半まで晩餐は続いた。団長たちと一緒に飲んでいたので、他の参加者にあまり絡まれなかった。こういう場所での作法なんか知らない俺としては助かった。逆に言えば、酒飲みドワーフと一緒に飲んだせいで俺はフラフラに酔っ払ってしまったので、粗相をしなくて済んだとも言える。
ハリスに担がれて宿に戻ったときは、前後不覚に近かったからね。朝になったらハリスに謝っておこう。ほんとゴメン、ハリス。
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