第2章 ── 第7話

 料理長と別れて演習場に向かうと、何やら丸太を何本も用意している。何をしているんだろう?

 トリ・エンティル団長が陣幕テントから指揮をしている。彼女に聞けば分かるだろう。


「団長殿、あれは何の訓練でしょう?」

「おぉ、ケント殿来たか。実は貴殿に頼みがあってな」

「頼みですか? 俺でできることなら……」


 ここまで話してなんか嫌な気がした。


「実はな……貴殿との模擬戦を体験した身として、ワイバーン戦の報告書を再度読み直した」

「報告書ですか」

「最初は眉唾まゆつばと読み流してしまったのだが……どうしても見てみたい。いや、団員たちにも見てもらいたいと思ったのだ。『翼落斬』と『扇華一閃』をな」


 やはりかーーー! 俺は心の中でorzになってしまう。


「しかし……」

「いや! 分かっている! 剣技は大道芸のように見せて回るものではない。秘伝の技であろうと思う! そこを伏して頼みたいのだ! このとおりだ! 頼む!」


 団長が深々と頭を下げる。団長の後ろでマルレニシアも頭を下げていた。

 エルフ美女たちにここまでされて断っては……厨二病の名がすたる。


「わ、わかりました。やってみますが……」


 ただ剣で斬りつけただけだったし見栄え的に不安だが、厨二病のでっち上げ技だがやるしか無い。


「ワイバーンを用意するなど出来ないから、横にした丸太を翼に見立ててみた。あっちに縦にしたのはワイバーンの首の代わりに」


 台を二つ並べた上に丸太橋のように一本の丸太が置いてある。太さは五〇センチもありそうだ……縦の丸太はもっと太い……かなりシビアに感じる。うまくやらないと失敗しそうだ。


「失敗しても知りませんよ」


 逃げ道を作っておくことは忘れない。


「ケント殿の腕で失敗はありえんと信じるがね」


 逃げ道塞がれたーーー! orz


「団長! 準備が整いました!」

「よし! ご苦労! ケント殿、お願いする」

「……」


 俺は無言で頷くと、横置きの丸太に近づく。もう逃げられない……

 丸太から五メートルほど手前で剣を抜く。背中に冷たい汗が流れていった。冷や汗も出るさ……


「行きます!」


 掛け声と共に俺は丸太を飛び越えるような軌道で跳躍した。ちょっと力みすぎた……!

 丸太を大きく飛び越えそうな軌道を作ってしまった。いきなりミスった……

 しかし、丸太が真下に来る直前に咆哮に似た声を上げる。もう破れかぶれだ。


「うおおお! 双撃! 翼落斬!!」


 剣を振り始めた瞬間だった。剣に波動のようなものが生まれるのを感じる。

 体が自然と動くような感覚で、いつも以上の瞬速の剣撃が二筋放たれた。

 剣自体は丸太をカスリもしていない。だが……


──ザザシュ!!


『おお!』


 丸太を飛び越え着地すると同時に周りの兵団員たちから驚愕の声が上がっていた。

 恐々と後ろを振り返ると、丸太が三つに分断されて地面に転がっている。

 丸太が置かれていた真下の地面に二筋の痕が穿たれていた。


──???


 丸太がなんで斬れているのか分からないが、なんだか成功している。


「見たか……? 斬撃波が同時に放たれたぞ?」

「すげぇ……!」

「言ったとおりだろ!? あの技でワイバーンの翼を切り落としたんだ。俺は見てた!」


 周りの感想の中にワイバーン戦の目撃者がいるような声が聞こえる。

 いや……あの時は、こんな現象起きてないよ?


「見事だ……剣の長さが足りずとも衝撃波を発生させ、狙った部分を的確に斬り落とす……二つの衝撃波を同時に発生させるとは素晴らしいスキルだ」


 団長の感想がやばい。失敗がヴァレヴァレだ。


「私も素早く剣を繰り出すことで、同時の斬撃のように見せかけるくらいはできるが……驚いた……同時に斬撃が繰り出されるとは……」


 正直、俺も驚いています、団長。


「剣のスキルですので二連同時に出せるだけで、スキルを使わずに二連の斬撃を出せる団長の方が凄い気がするんですが……」


 などと嘘を交えてヨイショをしておく。俺のレベルなら三~四回くらいならスキルなくても出せるけどね。

 もっとも、さっきの結果は俺も想定外なんだが。本当に翼落斬というスキルが手に入ったのかもしれない。

 ドーンヴァースでは見たこともないスキルなんだけど……この世界でのスキル習得にはスキルストーンが要らないのか?


「いや、翼落斬の素晴らしい所は跳躍などで空中にいる時、動くこともままならないような状態での下からの攻撃に対処できるところだ、そうだろう?」


 おお、それは確かに! フライの魔法なり二段ジャンプスキルの類を持っていない場合は、空中では無防備極まりない。さすがは伝説の冒険者! ありがとう! この技の使い方を教えてくれて!


「そ、その通りです、団長。流石に見抜きましたか」


 ニコリと笑いながら精一杯イキがってみせる。


「当然だ。長い冒険者人生の中で『一対多』という状況に陥ったことは珍しくない。そのような状況において、あのような技が最も有効だ」

「それなら……『扇華一閃』はもっとお気に召すかもしれませんよ。縦の丸太を増やして半円形に並べてみて下さい」


 翼落斬の成功に気の大きくなった俺は得意げに言う。ただの大ぶりの一撃だが、丸太程度なら何本か行けると思う。


 団長の指示で縦の丸太が増やされる。丸太が五本ほど並べられた。五本はちょっと多いかも……

 しかし、言ってしまった以上、男に二言はない。気合を入れてやってみよう。

 半円に並んだ丸太の中心あたりに移動し、剣を鞘に収める。居合斬りの要領でやったら良さそうだと思ったからだ。


 柄に手を添え、腰を落とす。目を瞑り、精神を統一する。昔見た時代劇の居合の達人をイメージしてみた。


 剣を水平にして、無いけど気分的に鯉口を切る。


──静寂


 次の瞬間、目を見開くと鞘から抜き放った剣を一番左の丸太へ走らす。


「扇華一閃!」


 剣に半透明の膜のようなものが纏わりつく。そのまま弧を描くように剣を振る。翼落斬の時のような体が自然と動くような感覚。

 右の丸太まで剣を走らせた後、流れるように顔の右側、目の高さで水平に構える。神道無念流でいう「霞の構え」というやつだ。できるか分からないが、何かひらめくものがあった。


「五連撃……紫電・改!!」


 一瞬で放たれた直線の刺突が五つに分かれて、それぞれの丸太へと吸い込まれる。


──キン


「ふーー」


 俺は剣を静かに鞘に収めた。目を瞑り、深く息を吐く。

 目を開けて、五つの丸太を見る。それぞれの丸太の目の高さあたりに丸く穴が穿うがたれている。

 俺はそれに満足すると、団長の元へと戻る。


「終わりましたよ」


 団長は目を見開いて丸太を見つめていた。その横に立つと俺も腕を組みしながら丸太を見やる。


 何も無かったように立ち続ける丸太に、幾人かの団員が近づいていった。

 団員たちがそれぞれの丸太に触ろうとした時だった。


──ドン……ドドドドン


 それぞれの丸太が、下部を残して崩れ落ちた。大成功。満足げに俺は微笑んだ。


「扇華一閃……紫電・改……言葉もない……ありがとう……」


 団長はそういうと、俺に頭を下げた。


「いや、頭を上げて下さい。このくらいならお安い御用です」


 その言葉に団長が頭を上げる。なぜか泣いていた。


「腕をなくしてから、片手では剣を使うことくらいしか出来なかった。鍛錬はしたが、やはり片手というハンデを気にしていた……」


 再び丸太を見やる団長が続ける。


「ケント殿は片手で剣を扱い、あれを成した。辿りつけるか分からぬが……私にも希望があるやもしれん」

「団長ならできますよ、きっと」


 ちょっと上から目線に言ってしまったかなと思うが、さっきの流れるような剣撃には自信があった。


 兵団員たちは静かなままだ。団長の後ろに控えていたハリスは、処置なしという感じで肩をすくめた。近くに居たマルレニシアは開いた口が塞がらないといったていだ。


「ケントは……びっくり箱みたいなものだから……な。一々驚いていられな……い」

「人族って凄いんですね……」

「いや……ケントは特別だ……よ」


 ハリスは俺のレベルを知っているからな。最初は笑い飛ばされたけど……今は確信しているのだろう。

 実際、ドーンヴァースのレベル七〇台なら驚くほどのことじゃない。スキル次第ではもっと凄いからな。俺自身は、剣関係のスキルは『戦闘:剣』しか持ってなかったから大した剣士ではなかった。

 今日、この世界に来てからあの頭の中の音がスキル的なものを習得した合図なのだと確信できた。薄々気づいてたけどね。


 しかし……今日は上出来だな。厨二病冥利に尽きる。

 これからも、色々カッコいい技を考えていこうかな。今後が楽しみになってきた。


「ケント……そろそろ宿に戻って……城に行く準備をした方が良いと思う……が」


 その言葉に太陽を見上げると、すでに陽が傾き始めていた。


「そうだな。そろそろ戻るか」

「宿まで送ります!」


 俺の言葉にマルレニシアが言う。


「そうか、そう言えば城で晩餐だな。私も行くからそこで会おう」


 団長も晩餐に来るのか。知り合いが居ない宴会は心細いから頼もしい。


「知らない人に囲まれての酒宴は居心地悪いから助かります」

「はははは! 確かにな! スヴァルツァ隊長、宿までの護衛頼むぞ。もっとも護衛が必要かは疑問だがな」


 俺がそういうと団長が笑いながら、マルレニシアの同行を許す。


「はっ! 拝命致しました!」


マルレニシアが仰々しい敬礼をする。


「それじゃあ、行きましょう!」


 元気よく歩き出すマルレニシアに続いて、ハリスと共に駐屯地を後にした。


 宿まで俺たちを送ったマルレニシアは駐屯地へと戻っていった。部屋に戻ると俺たちは演習場でかいた汗を落とした。城から迎えの馬車が来るまで暇になった。


「そういえば、昨日、ワイバーンの素材の代金とかもらったんだっけ?」


 インベントリバッグから二つの革袋を取り出した。ハリスの分と俺の分だ。預かっていた一つをハリスへと渡す。

 目録も取り出して確認しておこう。


 エルフ語らしき言葉で数字と各種素材の明細が細かく書かれている。最後の部分が報奨金となっている。


 総額で四〇〇〇白金貨となっていた。報奨が五〇〇白金貨、一五〇〇白金貨がワイバーンの代金になる。


「一人が二〇〇〇白金貨だね。数える?」

「………………二〇〇〇白金貨……!?」

「つか、白金貨って金貨何枚? 初めて見たんだけど」

「白金貨は……金貨二枚と銀貨二枚にな……る。白金貨二〇〇〇枚だと……いくらだろう……?」

「……金貨で五〇〇〇枚だな」


 カチリと頭の中でなる。何か覚えたくさい。暗算してたから数学かなにかのスキルかもしれない。


「ははは……一生遊んで暮らせる金額だよ……」


 俺の所持ゴールドが三〇〇〇枚程度だから、それの四割程度の現地貨幣を手に入れたことになる。一々換金とか考える必要も無くなって一安心かもしれない。


「でも、ハリス。その気無いだろ」

「当然だ……俺は……もっと高みを目指した……い」


 銀色の弓を撫でながらハリスが頷く。


「流石だね。冒険者のかがみだ。俺もそのつもりだ。目指すはドラゴン・スレイヤーかな」

「ケントなら……出来そう……だ」

「まだまだだね。一度挑んで死んだからな……」


 ハリスがビックリした顔をするが、頭を振る。


「本当に……ビックリ箱……だ」

「あいつらはソロじゃ無理だった。いつかハリスに手伝ってもらおうかな」


 笑いながら言うと、ハリスは真面目な顔で見つめてきた。


「その時は……助太刀させてもら……う」

「頼んだぜ」

「ああ……」


 少し見つめあったが、どちらからともなく笑いあう。仲間ってこんな感じなのかな。初めての感覚だが、いいものだと思った。


 窓の外を見ると、陽が陰り始めていた。そろそろ迎えが来るだろう。晩餐などの経験はないけど、一応小奇麗そうな予備の服を出して着込む。ハリスも着替えて鎧を着け始める。普通なら正装とかなんだろうけど……俺たちにそんな持ち合わせはないから、冒険者の正装……鎧姿でいいかな。


 しばらくすると、迎えの馬車が到着したと宿のものが呼びに来たので降りていく。

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