第2章 ── 幕間 ── その2 ハリス

 凄かった。ケントは、たった四回剣を振っただけでワイバーンを仕留めた。


 エルフの都市「ファルエンケール」に到着して、宿につき女王と謁見を行った頃は色々と混乱していたが、一日って落ちついたおかげで諸々の緊張から開放されたその夜、ハリスはやっとゆっくりと思考を巡らせることができるようになった。

 この道中、ずっと仲間たちがケントにした仕打ちを考えてきた。


 仲間を見捨てるなど!!


 ハリスは小さい頃、伝説の冒険者の物語を読んだことで自分も冒険者となった。その高潔な人物の後ろ姿を追って来たのだ。

 彼は他人とコミュニケーションを図るのが苦手だったため、それほど高潔ではないとは気づいていたがウスラが率いるチームに参加した。チームの居心地は悪くなかった。


 しかし、今度のクエストで彼らの──いや、ウスラのというべきか──性根を感じ取ってしまった。馬車を扱った経験もないだろう新人に馬車を扱わせ、ワイルドボア戦に至っては前衛を任せるような始末だ。新人を扱う態度ではない。


 だが、ケントは馬車を扱わせれば馬を大切にし、戦闘ではその勇敢さと技量を見せた。素晴らしい人物だと思った。

 そのケントを置いて、仲間が逃げた。自分の仲間がだ……あの瞬間、彼は自分の高潔さが地に落ちた思いだった。


 動揺を隠しきれない自分を叱咤したケントはワイバーンをたった四撃で倒した。血湧き肉躍る光景だった!

 戦闘が終わった時、仲間たちの姿はどこにも見えなかった。新たにエルフたちの姿を見出しただけだ。


 ケントに仲間の仕打ちをどうやってつぐなえるか、ハリスはファルエンケールに着くまでずっと考えていた。

 答えは出ない。ケントは気にするなというが、それは無理だ。

 彼の目指していた冒険者とは程遠い仕打ちを仲間たちがしてしまったのだから。これから、それを挽回できるだろうか。


 エルフの女王に言われた言葉をハリスは思い出す。彼の牽制がケントに行動の自由を与えたと。

 あの時、ケントが力強く頷いてくれたことがたまらなく嬉しかった。人前で泣くほど感情を揺すぶられたのはハリスの人生でも初めてのことだった。


 ケントの性格は開けっぴろげで、彼の言動はハリスの緊張や悩みを吹き飛ばすほどに明るい。そして自分の功績を仲間と分かち合うほどに寛大な心を持っている。

 ウスラだったら……きっと功を声高に喧伝けんでんし、自分の分け前を他の仲間より多くするように主張したことだろう。今までもそうだったからだ。

 ウスラなどとは比べることもできないが、ケントの懐の深さはハリスの求めていた冒険者像に匹敵していた。


 ケントは一流の冒険者に違いないと、今は確信している。馬車での旅の途中、ケントはレベルを七二と言っていたが、あれは嘘じゃないのだ。神と比肩ひけんするほどのレベルだが、ケントは嘘を言う男ではない。

 人間、獣人族、エルフやドワーフを含めても四〇レベル程度までは強くなれる。しかし、それ以上となると到底たどり着くことはできない。伝説の冒険者たちですら……


 ケントは一体どんな修行をしてきたのか。本当に不思議なやつだ。

 今のままではケントの足を引っ張るだけの存在でしかない。しかし、ケントと共に冒険をしたいという欲求が日増しに強くなっている。

 仲間の彼への仕打ちをつぐなうため、そして恩を返すまで、ハリスは彼に付いていこうと思った。そのためにはどんな努力もしむまいと決心する。

 そして、いつかケントが彼自身が仲間なのだと思ってもらえるような存在になりたい。それが、自分が憧れた冒険者に近づく道なのだと確信する。


『この弓……エル・エンティルに誓う! 我、ケントのために命を掛けることを!』


 ハリスはベッドの上で銀色に光る弓を強く抱きしめる。

 決意が固まると、とたんにハリスの瞼が重くなる。明日は忙しくなる。早く眠るとしよう。

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