第2章 ── 第5話

 翌朝、とはいっても九時くらいだが、ハリスと一緒に出かけた。都市の北西側にある遊撃兵団の駐屯地が目的地だ。

 ハリスは貰った剣と弓、チェインメイルを装備し、チェインメイルの上から革鎧を着ている。

 俺はいつもどおり、剣、革のチュニックの上にブレストアーマーという出で立ち。俺の装備は草臥くたびれているが、手入れは行き届いている。


 駐屯地は木々が伐採されており、開けた場所になっていた。木の柵で囲まれているが、外から覗けるような低めの柵でそれほど古いものじゃないようだ。駐屯地のゲートには城の衛兵とは違って軽装といった感じの警備兵が立っている。


 俺たちがゲートに近づいていくと、警備兵の一人が胡散臭うさんくさいものを見るような目つきを向けてくる。


「何か用か、人間」


 横柄な態度で声をかけてくる。もう一方の警備兵は、その声で俺たちが来たことに気づいたようだ。


「あぁ、ちょっと訓練場でもあったら借りたいと思って来たんだが……」

「人間風情に貸すものはない」


 ハリスと俺はどうしようか……という感じで顔を見合わせる。


──ガツン!


 突然の大きめの音に、振り向くと……もう片方の警備兵が持っていた槍で、横柄な警備兵の頭を強めに叩いたようだった。


「コーリン! 何をする!」

「お前、馬鹿か! この方たちに失礼なことをするな!」

「はぁっ!?」


 何やら揉めだした。


「あ、いや、駄目ならいいんだよ。それじゃ」


 俺は慌てて、喧嘩を止めて立ち去ろうとする。


「いえ! 問題ありません! お入り下さい!」

「いいの?」

「勿論であります!」


 あ、この警備兵に見覚えがある。酒飲みトリオの一人じゃね?


「ありがとう、たしか酒場であったね」

「覚えていただき光栄であります! コーリン・マルファスです!」


 そうそう、コーリンっていったっけ。


「ああ、そうだった、コーリンさん。たしか、マルスさんとオリアさんも居たね」

「はっ! その二人なら本日は非番です!」

「実は、昨日陛下に頂いた武具とか魔法の書なんかの実地訓練をしたいんだけど、訓練場とか使わせてもらいたくて来たんだ」


 俺の言葉に横柄なほうの警備兵の顔色が変わってきていた。


「し、失礼致しました! まさか、ワイバーン・スレイヤーの方たちだったとは……」

「いや、気にしてないよ。関係者じゃないのが来たら仕方ないよ」


 俺は詫びる横柄さんの謝罪を受ける。


「一応、部外者に駐屯地の施設を貸すとなりますと、上の者に相談して頂かねばなりませんが……」

「当然の処置だね。マルレニシア隊長はいるかな?」

「隊長はまだ帰隊しておりません。朝に寄るところがあるから遅くなるかもしれないと聞いておりますが」


 コーリンは済まなそうに答えるが、居ないとなるとどうしたらいいのか……


「あの……団長ならすでに来ております」


 横柄さんが言う。マルレニシアが一番偉いのかと思ってたが、上の人が居たのか。


「マルレニシア隊長が一番偉いのかと思ってた。ごめん」

「スヴァルツァ隊長は斥候隊の隊長でありまして、遊撃兵団の最高指揮官は団長になっています」

「会ってくださるかな……」


 コーリンと横柄さんは、互いの顔を見合わせて、笑いだした。


『あはははは』


「……し、失礼しました! ワイバーン・スレイヤーの方たちに会いたくないなどと言うヤツは、この都市のどこにもいません!」


 コーリンの称賛がちょっとムズがゆい。


「じゃあ、取り次いでもらえる?」

「はっ承知しました!」


 横柄さんが、駆け足で駐屯地の奥へと走っていく。

 横柄さんが戻ってくるのを、少々待つうちに、段々周りに人が集まってきてしまった。珍獣を見に来ている感じなので、近寄ってくるというより遠巻きに眺めに来た野次馬というべきか。

 兵団員の人たちも集まってきて、ゲート周辺が混雑してきてしまった。


「お前たち! 何をしている!! 持ち場にもどれ!!」


 しばらく見世物になっていたら、駐屯地の奥の方から怒鳴り声が聞こえてきた。人ごみで声の主は見えなかったが、彼ら兵団員の上官かなにかだろう。

 声を聞いた兵団員たちは蜘蛛くもの子を散らすように持ち場に帰っていく。

 そこに現れたのは──人間で言えばだが──三〇歳くらいの長身エルフ美女が腰に手を当てて怖い顔をしていた。右腕が無いのが特徴だが、歴戦の勇士といった貫禄がある。彼女の後ろに横柄さんが付いてきているのを見ると、この女性が団長に違いない。エルフは偉い人を女性にする文化なのだろうか?


「だ、団長をお連れ致しました!」

「待たせて済まないな。ワイバーン・スレイヤー殿」


 美女団長は、左手を突き出してきたので、多分握手を求めているのだろう。俺はその左手を、同じく左手で握り返し挨拶を返す。


「はじめまして、団長殿。私はケントと申します。こちらはハリスです」

「ハリス・クリンガムで……す。よろしく……お願いしま……す」


 ハリスも軽くお辞儀をしている。

 しかし、団長。手が痛いです。強く握りすぎです。俺は少し痛いので。左手の力を少々入れて握り返す。力が拮抗きっこうすれば骨が軋まずに済むからね。


「ふ、ふはははは!」


 突然、団長が笑い出す。


「これほどとはな! さすがワイバーン・スレイヤーなだけはある!」


 何が起きているのか、コーリンも横柄さんたちも分からない。もちろん俺もだ。


「え? 何がですか」


 団長が力を緩めたので、俺も緩める。だが手は離してくれない。


「いや、なんでもない。演習場を借りたいとのことだったな。喜んでお貸ししよう。着いて来い」


 左手を引っ張られ、前につんのめりかけたところで、手が離れた。俺は体勢を立て直そうとした瞬間に、右腕を団長に取られた。カップルの腕組み状態なのだが……

 団長の身長は、俺より一〇センチ以上高いので、ショッピングにつれ回される弟くん的な見栄えに違いない。

 組まれた腕をグイグイと引っ張られていく俺を慌てて追うようにハリスが追尾する。


「ケント殿と言ったな。貴公らの演習を見せていただくが、よろしいな?」


 団長が不敵に笑いながら問いかけてくる。


「構いませんが……俺は魔法の練習なので面白いかどうか……ハリスが弓の訓練しますので、そっちは面白いかもしれません」


 と、ハリスの方に振ってみることにする。


「ケ、ケント……俺に見せられるようなスキルはな……い」

「ははは! 謙遜か! 冒険者にしては珍しいな!」

「まあ、俺はまだアイアンですしね」


 自虐的な笑みで返す。

 団長はその言葉に鋭い視線を俺に向けてくる。


「アイアンで、ワイバーン討伐だと……。その技量でアイアンな訳がなかろう……そうか、わかった」


 団長は少し考えてから、ちょっと黒そうな笑みを浮かべる。なんか勘違いされている気がするが、どう勘違いされているのか分からないので黙っておく。


 団長に引きずられて来た訓練場──演習場と言っていた──は、城壁に沿って作られている一〇〇メートル四方くらいある半円形の場所で、腰くらいまである木の柵で囲まれている。壁側に弓の的や木製の人形が並んで立っていた。入り口の横にはテントがいくつか並んでおり、その周りに武器棚や矢やクロスボウボルトの弾薬棚が添えられている。


「ここを自由に使ってくれ」


 俺は演習場を見渡して満足げに頷いてみる。


「ありがたい。あのまととか人形は壊してもいいんですか?」

「かまわん、すぐに直せるからな」


 その言葉に、俺は嬉々として近くにあった木のテーブルの上にドサドサと魔法書を取り出す。

 火、風、水、木、雷、金、理力と各属性の初級魔法書と入門書だ。もっとも元から使える火属性の魔法はあらかた俺の魔法リストに登録されていたものだが、この世界の魔法とドーンヴァースの魔法の違いを検証するのが目的だ。

 ハリスは矢を一〇〇本ほど幾つかの矢筒に入れて持ってきた。


「ほう、エル・エンティルか。懐かしいものを出してきたな」


 団長がハリスが手にしている弓を見て囁いた。


「ご存知で?」

「昔、私が使っていたものだ。女王に献上したんだが……討伐の褒美に出したようだな」


 懐かしげに微笑む団長。


「もしかして、トリシア・アリ・エンティルって団長のことです?」

「そうだ。私のことだ」


 やっぱりなーと思った。しかし、世間は狭いね。ハリスには聞こえなかったみたいだが、知ったらどんな反応しめすやら……


 ハリスがまとから五〇メートルほど距離を取って、弓に矢をつがえてまとを狙い始める。

 俺はまず、水属性の戦闘魔法を練習することにした。水属性の魔法書を手にまとの方へ近づいていくと、キリキリと弦を引き絞っている音が聞こえる。


──ビン!


 ハリスが弦を離すと、矢がまとに向かって放物線を描きながら飛んでいく。

 ガッ! と音を立てて矢がまとに命中した。真ん中ではなかったが、まあ悪くないと思う。


「ハリス殿、その弓には癖がある」


 団長がハリスの後ろから何かアドバイスをし始めた。


 弓のことは分からないので、俺は俺で魔法書を読み始める。

 最初は一レベルの『氷針弾アイスニードル』を使ってみるつもりだ。水属性の魔法スキルを持たないので、一レベルのアイスニードルを三レベルくらいで掛けないと成功しないだろう。

 標準的なレベルで使用される魔法のレベルを上げるには、呪文の第一節の部分を改変しなければならない。『アル』で始まる魔法は一レベルの魔法ということだ。三レベルなら『ルーリン』から始まる。何レベルの呪文を唱えているのかは、この部分を聞けば分かる。


『ルーリン・ダモクロモス・ユール・ピアラン・ウータリス……氷針弾アイスニードル!』


 魔力の消費される感覚と共に、カチリとした音が頭の中で響く。前に向けた手の平から、氷の棒のようなものが放たれまとに向かって飛んでいく。


──ザシュ!!


 狙い通りにまとの中心に氷の棒が突き刺さった。


「ほう。剣士ソードマスターだと聞いていたが、魔法も使えるのか」


 いつの間にか俺の後ろに団長が来ていた。


「あ、俺、魔法剣士マジックソードマスターなんで。レア職らしいですよ」

「そうだな。私も元は魔法野伏マジックレンジャーだ。今は剣しか使えないがね」


 団長は左手で右肩を撫でながら言う。


「聞いたら失礼かもしれないけど……右腕は戦闘で?」

「そうだ。無謀にもドラゴンと戦ったときに食いちぎられた」

「あー、分かります。あいつらちょっと強すぎですよね」

「……」


 団長はビックリを通り越して驚愕したような顔だ。

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