第1章 ── 第6話
俺たちは目が覚めると早々に、ワイルドボアらが現れているらしい森林辺りへと足を運んだ。目撃者の農夫レンダーさんと一緒だ。
ウスラたちは、宿屋で弁当をせしめていたようだ。食い意地が張ってると思うけど、命がけの仕事だし、そのくらいは大目に見よう。
「ここら辺りです。オラが早朝畑の作物を見に来たら……ちょうどあの辺りで、おっきなイノシシが森に入って行くのを見たんです」
レンダーさんが森の一画を指差す。その手前あたりの畑の作物が、食い荒らされているのは、一目瞭然だった。
早速ハリスが、辺りを歩き回っている。ウスラたちはハリスの邪魔をしないように、というか足跡を消さないために、現場付近には近づかない。もちろん俺もだ。
ハリスら
今回は、主に「追跡」系のスキルを用いるとのことだ。ハリスによれば、追跡系スキルは、足跡だけでなく、ニオイや糞はもちろん、小枝や下生えが折れているなどの状況から、人数や大きさ、通ったものの体重まで分かることもあるという。大層便利なスキルだなと感心した。
「数は……ざっと二五匹、内ウリ坊八だ……な。一五〇〇ポンド級が含まれ……る」
ハリスが一〇分ほどの探索を終えて、分かったことを教えてくれる。ポンドって……えーと……四五〇グラムくらいだっけ……。デカ! それデカ過ぎない?!
「オーシ、ハリス先頭で縦列。追跡するぞ」
ウスラの号令で森に入る。一五〇〇ポンド級のイノシシが歩いた跡は、土がめくれ上がり、掘り返されたような感じになっているので追跡は簡単のようだ。何匹通ったとかは俺にはさっぱり分からないけど。
しばらく歩くと、森のディテールが以前のようにちゃちなモノではないことに気づく。神殿で覚醒した後くらいから思っていたが、これゲームじゃない気がしてきた。小さな虫なんかも這いずり回っているし、一本も同じテクスチャの木なんかない。こんな仕様でゲーム作ったらマトモに動かないはず……
「若様ー、ボーっとしてると横から突っ込まれるよ」
リククの言葉に我に返る。いけね、今は警戒中だった。俺は無言でリククに手を上げて礼を述べる。親指を立ててニコリとするリクク。いつもは「肉」言ってるけど一端の冒険者だね。
数時間歩いただろうか、前方が開けてきた。比較的大きめの池が現れた。
格好の休憩場所になりそうな感じだ。
ハリスは、岸辺の周辺一帯を慎重に探索している。ワイルドボアの群れがどっちに行ったのかを調べているんだろう。
俺も離れたところから周りを見渡すと、岸辺のあたりは小動物から大きな獣らしい足跡が、古いのも新しいのも含めて沢山あるようだ。森の生物の水飲み場といったところだろう。
「北側の……足跡は古……い。南の方だ……な」
「ヨシ、ここで一旦休憩だ。腹に何か入れておこうゼ」
食料担当? のリククが、宿屋でせしめてきた、黒パンと野菜とチーズを取り出して皆に配る。
木陰に移動して食べるが、やはりあまり美味しくはない。マヨネーズとかないのかー? 今度、少し調味料を研究してみようかな。
俺とリクク、サラとダレルが飯を食ってる時、ウスラとハリスは周囲警戒を続けている。食事中、就寝中がモンスターに狙われやすいからだろう。新システムになってからは「排泄中」も含めるべきだと、俺は思う。こういう仕様はゲームとしては要らないと思う。現実世界とマジで変わらなくなってる。
そう言えば、森に入ってからメンバーが殆ど会話をしてない。プロか!
食べ終わった俺とリククが、ウスラたちと周囲警戒を代わる。サラとダレルは休憩続行。スペルキャスターは防御力低いし後衛だしね。
周囲警戒をしていて、気づいた事がある。
──静かすぎるな。
小鳥の鳴き声も小動物の気配もまるでしない。森の中なら当たり前の生命の気配が殆ど感じられない。
ハリスとウスラが、黒パンを食べ終わり追跡が再開される。隊列は午前中と同じ。ハリス、ウスラ、ダレル、サラ、俺、リククの順だ。周囲警戒しながらの移動にも慣れてきたな。
一時間ほど歩いただろうか、ハリスが歩くのを止めてしゃがんだ。
森の中だから見通しは悪いが、一〇〇メートルほど先に小高い丘のような起伏がある。
「あそこ……だ」
ハリスの指差す方向に目を凝らすと、起伏の麓に大きな洞窟があるようだ。そこがワイルドボアの巣穴らしい。
微かにブヒブヒという声が聞こえてくる気がする。
俺たちは円陣を組んで作戦を立てる。
前衛は俺とウスラ、その後方に
それじゃあ行こう──冒険の時間だ。
音を立てないように慎重に歩を進める。洞窟の入り口に近づくにつれ、ワイルドボアの鳴き声と獣臭が強く感じられるようになってきた。慎重に近付こう。
洞窟の入り口の全容が見え始める。入り口付近は少し開けた感じになっていて、戦闘をするならあの辺りが良さそうに思える。
あと五〇メートルといったところだろうか。入り口の前で遊ぶウリ坊が見えてきた。
ツイてない……このままじゃ接近に気づかれる恐れがある。
ウスラに目を向けると、ダレルに何かサインを送っているようだ。
後方から微かに呪文を唱える声が聞こえてくる。
『……
呪文が発動した瞬間に、ウリ坊たちがパタパタと倒れていく。
ウスラが走り出したので、俺も洞窟の入り口へと走る。
ウリ坊たちの騒ぐ声が聞こえなくなったせいだろう。入り口からドスドスと大きなものが歩いてくる音がする。
洞窟まであと一〇メートルといったところで、巨体が姿を現した。軽トラほどもあるだろうか。巨大なイノシシが姿を現した。でかい!
俺は愛用の片手剣をスラリと抜き放つ。走るのは止めていない。ウスラも革製のラウンドシールドとバスタードソードを構えて接敵する。
巨大ワイルドボアは、俺らを睨みつつその場に踏みとどまり、頭を下げる。四本の牙が土に突き刺さりそうだ。
『我が魔力を供物とし、アグニの力を引き出さん……
俺は接敵寸前に下級魔法のファイアショットを撃ち込んだ。もっともドーンヴァースの魔法には呪文の詠唱など必要ないんだけど、詠唱してから魔法撃つと格好いいからね。厨二病と笑いたいなら笑えば良いさ。
火炎弾がワイルドボアに当たった瞬間、その鼻面に炎が吹き上がる。エフェクト過多だろ!
ワイルドボアの顔が消し炭になり、巨体が崩れ落ちた。
「マジかよ……」
「う…そだやな……」
だよねー。ウスラとダレルの感想に同意する。俺も信じらんない。
ボスらしきワイルドボアが崩れ落ちると同時に、二体のイノシシが現れる。一回り以上小さいが、現実世界のイノシシから比べれば遥かに巨体だ。
「ウスラ! 左は任せる!」
「オ、オウ! 任された!」
戦闘はまだ終わっていない。ハリスの言では成獣は一五匹以上いるはずだからね。
俺が担当したワイルドボアが突進攻撃をしてくる。一〇レベル以下の動物だから、俺からしたらスローモーションに感じる。ヒラリとかわし、すれ違いざまに首を刈り取る。
後ろで、ズシャーっとすべり倒れる音が聞こえる。俺はそのまま洞窟の入り口まで走り寄る。
チラリと見れば、ウスラが盾で牙の攻撃を受けつつ剣を突き刺しているのが見える。放っておいても大丈夫そうだ。入り口の奥から五匹ほどの小集団。
「三連撃……紫電!」
俺は素早く踏み込みながら近くにいるボア三匹それぞれに突きをお見舞いする。もちろん、そんなスキルは持ち合わせてない。なんとなく格好よさそうだから言ってるだけだ。格好いいよね!?
洞窟の奥から更に敵の援軍がくるが、バタバタと倒れる三匹を見て怯んでいる。だが、俺は止まるつもりはない。援軍の只中に飛び込み横に剣を振り回す。
「……扇華一閃!」
くどいようだが、格好よさそうだから言っているだけだ。そんなスキルはない。この薙ぎ払い攻撃でさらに四匹が絶命した。
「ふふふ、今宵の虎徹は血に飢えておる……」
夜じゃないし、剣は虎徹でもないけど、なんとなく近藤勇。
残りのワイルドボアが逃げ出した。士気チェックに失敗したな。
奥の方を確認すると、さっきので全部のようだ。まだ外でウスラの戦う音がするので、急いで外に出る。
『ルーリン・モレス・ユール・マスティア・ラクリス!
ダレルの周辺に三本の矢が現れ、逃げ出したワイルドボアのうちの三匹に一本ずつ飛翔し突き刺さった。
倒れはしなかったが、左右の森から、矢が飛んできて二匹に命中し、その生命を奪った。あの二人、中々腕がいいな。
ウスラを見ると、ちょうどとどめを刺したようだ。
逃げたワイルドボアを追おうとするウスラにハリスの声が掛かる。
「ウスラ……! そこまででい……い!」
「なんだよ! まだ予定の数じゃねえぞ!」
「あ、中のは全部やったんで」
憤慨するウスラにそう言うと、キョトンとした顔で俺を見る。
「中で四匹やっといた」
「マジかよ……」
ウスラが驚愕している。一桁レベルのモンスターなら、アプデ前から当たり前なので驚くほどでもないんだが。
「なになにー?もうおわりー?」
リククが弓を頭上に上げながら走ってきた。ダレルとサラも集まってくる。
「ケントは魔法が使えるだやな!」
「あ、うん。火系統のを使えるよ」
「魔法が使える戦士? 聞いたこともないですが……」
俺とダレルの会話にサラが首を傾げている。
「え? 何? 若様って魔法使いなの?」
「
「ふーん。すごいね!」
リククは納得しているようだけどな。
「いやな、魔法は鉄を嫌うだやね。鉄を帯びて魔法は使えないはずなんだやな……」
「そうですわね。私もそう神殿で習いました」
「そんな事言われても……」
使えるんだからしょうがない。多分、オールラウンダーだからだと思うが、このユニークを教えると、またボッチ確定なので言及することは避ける。
周囲を一回りしてきたハリスが戻ってきた。
「これ以上狩ると……生態系に問題がでるから……ここまででい……い」
ハリスは俺が中で倒してたのも感知してたのかな?
「ケント……さっきのスキルすげぇな……なんだ、シデンとか言ってたが」
「あ、いや、大したことないよ! アハハ……」
乾いた笑いで受け流す。聞かれてた! 恥ずかしい! 穴があったら……目の前にあるね、洞窟。
「そ、そうだ。獲物! 集めようか!」
「おーー!」
リククが俺の言にのる。リククと一緒に洞窟内の四匹を引きずり出してくる。これは比較的小さめだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます