第1章 ── 第5話

 アルテナの村は、この町の食料を賄うための重要な村で、トリエンから東に馬車で半日程度の距離らしい。穀物と野菜を主に作っている。村の北から東側はアルテナ大森林と呼ばれ、多くの野生動物がいるらしい。魔物もいるようだが、村には結界が張られているから近づかない。


 俺たちは二頭立ての荷馬車を借りた。幌を付けると料金が二倍くらいに跳ね上がるからだ。

 ウスラが冒険者カードを提示して金を払う。冒険者カードは身元を保証する証明書のようにも使えるようだ。登録しておいて良かった。


「ケント、オメェ、御者はできるか?」

「はぁ、多分」

「よし、なら御者は任せた」

「働らかざるは食うべからざるだなや」


 日本のことわざじゃん。

 馬の手入れや、馬と荷馬車を連結していると、リククとハリス、サラ達が集まってくる。


「おまたせー」

「ケントさんがいるから、薬草多めに用意してきました」


 お気遣いありがとう。魔法薬は一〇本以上インベントリにあるんだけどね。


「それじゃあ、出発だ! 乗り込め!」


ウスラの号令で、皆、荷馬車に乗り込む。俺は当然、御者台だ。なぜかリククも隣に乗ってくる。


──パシ。


 軽く手綱で馬にうながすと、馬車はゆっくり走り始める。実地で馬車を操るのは初めてだが、他のゲームで馬車に乗れるのがあったから、それの操作を応用してみる。なかなか悪くない。

 その時、頭の中でカチリと何か歯車が噛み合ったような感覚を覚えた。何がどうなのかと説明は難しいが、何かを悟ったような変な感覚だ。

 俺が頭をひねっていると、リククが話しかけてきた。


「そういえば若様って、レベルいくつなの?」

「え? レベルは確か、七二だよ」

「は?」


 いぶかしげなリクク。後ろも一瞬静寂に包まれるが、すぐに大爆笑が炸裂する。


「ガハハ! 豪気だな!」

「冗談が上手いだやな!」

「神か……魔神か……」

「お二人とも、芸人さんになるといいですよ」


 本当におかしそうに、四人が笑う。リククも腹を抱えて笑い始めていた。


「あー、おかし。若様、そんなレベル、プラチナ超えてんじゃん。ウスラとハリスが一三レベルで、やっと中堅どころになったってのにー」


 振り返ると、得意そうなウスラ、ハリスは褒められたと思ったのか頬を赤くしてそっぽを向いた。


「ワシとサラは一二レベルだやな」

「あたしは一一レベル~」


 聞いてみると、世界で一番有名な冒険者でもレベル四〇台だという。それ以上のレベルは伝説の中の存在で、神や魔神、古代竜といった調べようもない存在の領域だという。

 レベルの確認のしようがない俺は、もしかすると新システムにコンバートされた際に、とてつもなくレベルダウンしているかもしれない。


「ステータスの確認ってどうやるの?」

「都市や町の大神殿で、能力石ステータス・ストーンというのが売ってて、それを使うと確認できるんだけど……」


 リククが言いよどむ。


「だけど……?」

「めっっっっっっちゃ高い!」


 溜めに溜めて高いと言い放つ。どんだけ高いんだ?


「オレらは、カッパーの知り合いに借りて調べたことがあるんだよ。銅貨二枚もふんだくられたが……いつか自分専用の能力石ステータス・ストーンがほしいもんだゼ」


 銅貨の下りで忌々しそうにいうウスラ。そんなに高いのかな?


「ちなみに、おいくら万円?」

「マンエン?? 確か、白金貨二枚だったなや」

「私たちでは手を出すこともできません」


 サラの言葉に、一同がうなずく。

 白金貨は、金貨二枚と銀貨二枚だったっけ。ゴルド金貨二枚でお釣り来るじゃん。


「いつか……手に入れてみた……い」


 どうやら、能力石ステータス・ストーンを所持することが一流と言われる冒険者になるための試金石のようだ。能力石ステータス・ストーンによって、依頼者に自分の能力やスキルをアピールすることで、高額の依頼を受けることができるようになると。トリエンに帰ったら購入しよう。


 馬車の旅は車などと違って比較的楽だ。馬が勝手に道に沿って走るし、障害物も避けてくれる。スピードの微調整や、大きな障害物に荷馬車の方が当たらないよう、馬に方向を指示してやるだけで概ね全自動だ。おかげで周囲への警戒などの諸動作に支障がない。町の外である以上、周辺警戒は重要だから助かる。

 しかし、それほど物騒な地域じゃないのか、危険な感じがしない牧歌的な風景だ。


「そろそろメシにしねぇか?」


 そう言えば、そろそろ昼ころかな。太陽が真上に来ている。

 俺は、路肩の草原へと馬車を止める。少し向こう側に小川が流れているから水の確保もできそうだ。


 馬車を降りたリククが、近くにある地面から突き出た石に布を敷いている。テーブル代わりかな?

 馬を馬車から外して、小川付近につれていく。ついでにインベントリに持っていた岩塩を取り出して少し削り、馬たちに舐めさせてやる。たしか、馬って塩大好きだったよね。


「馬の扱いが上手い……な」


 いつの間にかハリスが近くに来ていた。手にブラシを持っている。


「以前、本で読んだ程度の知識しかないけどね」

「馬は……可愛がってやれば、良い働きをす……る」


 ハリスは野伏レンジャーだから動物に詳しいんだろう。

 馬の手入れを終え、ハリスと皆のところへ戻る。水袋に水を補給し終えたサラとダレルも戻ってきた。

 さっきの布の上に一塊の黒パンが置かれ、リククがナイフで人数分に切り分けている。

 黒パンだけのようだ。


「よし、くうか」


 ウスラの号令で、皆がパンを手に取る。昼飯はこれだけらしい。俺はインベントリから干し肉の塊を取り出す。以前のドーンヴァースの食べ物だが大丈夫だろう。

 皆の視線が干し肉へと集まる。


「肉……」

「これも一緒に食べようか」


 パンの横に干し肉を並べる。

 リククの目がキラキラしている。というより、他のメンバーもか。


「いいのか?」

「いいよ、口に合うかは分からないけど」


 俺は、干し肉をナイフで削り取り、皆のパンの上に載せてやる。

 リククが遠慮なしにかぶりついた。


「うみゃー!」

「こ、これは……」

「さ、酒が欲しくなる旨さだやな!」

「おい! ケント! この肉はなんの肉だ! うますぎるぞ!」

「神よ!」


 口々に感想を述べる面々。サラが、また号泣しているが見なかったことにする。


「これは、ワイバーンの干し肉だよ。比較的保存に向くから、以前作っておいたやつだ」


「ワ……ワイバーン……?」


 食べるのに夢中なリクク以外の皆が、目を剥いている。

 そんなに驚くようなものか?


「ワイバーンの肉なんて……王都でも貴族様くらいしか食べられない高級食材じゃないですか……」


 涙をボロボロ流しながらのサラの言葉に、相当高価な食材らしいことが伺える。


「遠慮なく食べてよ。まだ幾つか鞄に入ってるし」


 流石、大商人の御曹司おんぞうしなどと言うダレルの感想は無視してパンと干し肉をかじる。胡椒こしょうをまぶしてあるので、朝の肉に比べて遥かに美味い。前ドーンヴァースの時だと味は分からなかったが、ワイバーンって美味いんだな。


 昼食を終え、馬車の旅を再開する。次第に、大規模な耕作地が増えてきている。作付けがまだされていないようだから、休耕地なのかもしれない。日当たりが良くて段々眠くなってきた。


 ウツラウツラしていると、リククの声で目が覚めた。


「とうちゃーく!」


 辺りはもう薄暗くなってきていた。周りを見ると、町というには寂しいが、そこそこ住居が立ち並ぶ村のメインストリートで馬車が止まっていた。村の宿屋の前のようだ。


「あ、ごめん。寝てた」

「美味しいお肉くれたから、大丈夫!」


 謝ると、リククは笑う。

 皆が馬車から降りると、下男らしき人が馬車を宿の裏手へ引いていった。俺たちも宿屋にはいる。


「依頼を受けたものだが……」


 ウスラが宿屋の主人らしき親父に声をかける。


「ああ、待ってたよ! 近頃、村の畑やら麦やらが食い荒らされて困ってたんだよ。いやー助かるよ」

「で、ワイルドボアだって?」

「村のもんが、ワイルドボアが森へ逃げていくのを見たんだ」

「ワイルドボアが……人里まで出てくるなんて聞いたこともない……な」

「そうだろう? この村でも初めてのことさ」

「ま、オレたちが来たからには安心だ。ガハハ」

「頼んだよ冒険者の旦那がた。食事の用意するから、ちょっと待っててくれな」


 そういうと宿屋の主人は、女将さんらしい女性に食事の指示を出している。

 俺たちはテーブルに座ると、明日の計画を立て始める。


「明日は朝から森に入るとするか」

「森で……何か起きているのかもしれな……い」

「数が多そうだなや。ワシの魔法で眠らせるかや?」

「数が多いなら罠でも仕掛ける? 落とし穴とか」

「誰が掘るんです?」


 皆の意見を聞いていて、場当たり的だなと思ったので意見を言ってみる。


「ワイルドボアって夜行性じゃなかったっけ? 巣穴を探した方が早くない?」


 俺の言葉に野伏レンジャーのハリスがウンウンと頷く。


「博識だな……」

「フム、それなら、ハリス。足跡を追跡して巣穴を探せるか?」

「できる……」

「よし、それで行こう。今日は早く寝て、早めに出発するとしよう」

「「「「了解」」」」


 討伐計画がまとまると、ほどなくして料理と酒が運ばれてくる。

 俺たちはとれたての野菜や焼き立てのパンを使った村の郷土料理に舌鼓を打つ。


 深皿に入ったトロミのあるスープに、肉がちょっぴりの野菜炒めを盛り付けたのが美味い。混ぜると中華っぽい感じだ。ご飯がほしいね。

 固めの黒パンを千切って、さっきのとろみスープに浸けてから食べてみる。あ、これ美味い。固い黒パンがスープを吸って柔らかくなる。出汁と黒パンのハーモニー。

 それを見ていたリククが真似をしていた。見ていると、一心不乱に食べ始めたので気に入ったのだろう。


 ウスラがさっきからバリバリと骨ごと食べている小鳥の姿焼き、スルーしたいがサラさんが俺の取り皿の上に載せてくる。


「好き嫌いは駄目ですよ」


 ニッコニコか!

 仕方ないから、少し食べてみる。何かタレを塗って焼いてあるようだが、結構美味いな。以前行ったことがある一人飲みの居酒屋で出たスズメの丸焼きを思い出した。

 酒もトリエンで飲んだエールと同じようだが、ここの方が若干美味い気がする。まあ、酸っぱい感じがするし気も抜けてるから、大して変わらないが。

 それを横目で見つつ、俺は野菜を盛り付けた皿に手を出す。ドレッシングにニンニクとオイル、塩、ビネガーなんかを使っている。クルトンっぽい小さい黒パンと匂いは強いが濃厚な粉チーズが振りかけてある。シーザーサラダっぽいが、胡椒こしょうが効いてないのが残念だ。


 トリエンの宿屋よりちゃんと料理してある感じがする。

 これは、歓待されていると見た方が良さそうだ。給仕している少女が、羨ましそうにみているし。よほどワイルドボアに困っているのかもしれない。


 そこそこお腹は一杯になったので、俺は席を立つ。明日は早いので、宴会を早々に切り上げよう。

 他のメンバーはまだ続けるようだが、宿屋の主人の顔色が青くなってきてるから、そろそろ止めなさいよ。


 割り当てられた部屋に入ると、ベッドに倒れ込む。藁のベッドだな、こりゃ。どっかの山の上の爺さんと住む少女を思い出すよ。

 さて、システム変更に伴って、俺の能力がどうなっているのかも不安だが、とりあえず自分の性能を調べるためにも明日は頑張ろうと思う。

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