第1章 ── 第4話

 ──チュンチュン


 ん? 鳥の……スズメの鳴き声が聞こえる……

 ゆっくり目を開けると、夜が明けたのか部屋がほのかに明るくなってきている。しかし、自分の『現実世界』の部屋ではなかった。宿屋の自室だ。


「戻れてねー」


 ベッドの上で、しばらく『orz』の姿勢になる。そのまま目を閉じる。

 戻れない以上、ゲームを続けるしかないか。というかハードゲーマーでこの状況が本当に嫌なやつがいるだろうか? むしろ、ゲームをエンジョイする体勢としてはアリなんじゃないか?

 というか、耐火マント直さないと駄目だろ。

 落胆しつつ、俺は思い出したことをやらねばならない。


 インベントリーから、リククから購入したサラマンダーの革と、焼け焦げになったマント、糸と針などを取り出す。


──バンッ!


 チクチクとマントを直していると、大きな音を立てて扉が開いた。


「若様~! おはよー!」


 眩しい笑顔でリクク参上。ニッコリ笑顔でバンザイすると巨乳が揺れます。ガン見です。


「何してるのー?」


 俺のやっていることに興味を持ったリククは、ベッドに登ってきて眺めている。

 リククの行動は子供じみているが、その肢体はインパクトがありすぎて、誘っているようにしか見えませんよ?

 俺が紳士じゃなかったら押し倒してるところだ。


「マントを修理しているんだよ。昨日売ってもらった革でね」

「おー……」


 リククは飽きもせず、俺の作業を見ている。といっても、修理はもう終わる。


「見てて面白い?」

「んー? 見てたらスキル覚えられるかなーって」

「スキルストーン、買えば良いんじゃない?」

「スキルストーン……? スキルオーブのことー? あんなのダンジョンで稀に見つかるくらいで売ってないじゃん!」


 スキルストーンは、スキルオーブという名前になっているのか……やはり従来のドーンヴァースから変更されている。


「それに若様くらいお大尽じゃないと買えないよ!」


 リククはベッドに転がると手足をジタバタさせる。子供か!


「俺は大尽ってわけじゃないよ?」

「そうなの?」

「そろそろ、なんか冒険者の仕事さがさないと……」

「ん! ギルド行けば仕事あると思うよ! 一緒に行く!?」

「場所わかんないし、そうしようかな」

「ヌフフ、いいわよー、お姉さんが教えてア・ゲ・ル(ハート)」


 耳元で囁かれて、俺は赤くなるが、修理を続行。

 場所わきまえなさい! 何かがオッキするわ!


「ニャハハー、下で待ってるよー」


 ピラピラと手を振って、リククは部屋を出ていく。

 面白がってるな。リアルだったら鼻血出す自信あるわ。



 酒場へ降りていくと、ヒゲモジャ親父が忙しそうに仕込み作業に追われているが、俺を見つけると愛想よく笑いかけてくる。カウンターにはリククが座っていて、飲み物片手に、足をプラプラさせている。


「旦那、おはようございます」


 昨日、気前よく宴会費用を払ったからかもしれない。


「若様ー、こっちー」


 リククに呼ばれたので、彼女の隣に座る。


「旦那、軽めの朝飯なんてどーです?」

「ああ、頼みます」


 昨日、お釣りでもらった銅貨を一枚カウンターに置くと、親父は拾ってから厨房へと入っていく。


「ギルドはここから近い?」

「中央広場のところにあるよ」


 歩いて一〇分くらいか。

 親父が、黒パンのスライスにハムとチーズが載ったものと、牛乳らしいものを運んでくる。なぜかリククの前にも置かれる。

 銅貨一枚で二人分の料金を十分払えるらしい。やっぱり物価は安い。

 びっくりした顔をして朝食の皿と親父を交互に見るリクク。親父は俺の方に手を振り、俺の奢りだと無言で示す。


「若様、ゴチになります!」


 応援団の『押忍!』みたいにお礼をいい、皿に目を戻すリククは大変幸せそうだ。


「ハムとチーズが載ってるなんて豪華……」


 ウットリしている。俺的にはそんな大層なもんじゃないと思うが……マヨネーズもなさそうだし。

 パンにかじりつくと、黒パンはかなり硬い。ハムも香辛料があまり効いてない。チーズはそこそこ美味い。味が調和していないのが致命的だが、癖のある牛乳で流し込む。これはヤギの牛乳だな。以前飲んだことがある。


 朝食を食べ終わる頃に、ウスラと他のメンバーも酒場へ降りてきた。


「飲みすぎたな」

「久々に酔いつぶれただなや」

「そうですよ、貴方たちは飲みすぎです」

「一心不乱に……肉食ってた君に言われたくな……い」


 四人が俺たちに気づき、近寄ってくる。


「ヨウ! 早えな。」

「若様とギルド行こうと思ってー」

「なるほどな。オレらも、そろそろ顔出ししとかねぇと、忘れられちまうかもしれねぇし……」

「そうぞな。うまい仕事があるかもしれんだや」


 どうやら、皆もついてくるようだ。なんかパーティプレイみたいで、懐かしい感じがするね。最後にパーティプレイしたのは何年も前だ。

 それにブロンズの冒険者と行った方が、トラブルに巻き込まれにくい気もするし。ほら、新人に粉を掛けてくるベテラン冒険者とか、定番すぎるイベントあるじゃん。


 皆でワイワイとギルドへと向かう。噴水のある中央広場は、昨日リククと知り合った場所だ。まだ朝が早いからか露店は出ていない。

 ウスラ達は広場西側の大きめの石造りの建物へと向かう。看板に見慣れぬ文字が書いてあるが、何故か読める。ここが「ギルド会館」と呼ばれる冒険者ギルドの建物のようだ。


 中には受付用カウンターがあり、数人の受付嬢が座っている。左側の広いホールには掲示板ボードがいくつか並び、依頼らしい紙切れが貼り付けてある。幾人か冒険者然とした人たちが掲示板と睨めっこしている。ウスラたちも掲示板を覗きに行った。


 俺はと言えば、システム変更後のギルド利用はしていないから、確認のためにもカウンターで話を聞いておきたいので好みの受付嬢のところに行く。猫耳は正義だ。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」


 にこやかな猫耳受付嬢に鼻の下が伸びそうになるも我慢する。


「えーっと、ここのギルド初めてなんですけど、登録とか必要ですか?」

「別の都市のギルドカードをお持ちなら、提示してもらえれば更新が可能です」


 ギルドカードなんて持ってない。


「いえ、カードは持っていません」

「では、新規登録となりますが、よろしいでしょうか? 登録手数料は銅貨一枚となります」

「はい、お願いします」


 銅貨を一枚手渡すと、申請用紙を渡される。

 申請用紙には、名前、年齢、性別、クラスを記入する欄があるので、備え付けの羽ペンで書き込む。

 書き込んだ用紙を受付に渡すと、鉄製のカードを取り出してくる。


「こちらが、ギルドカードとなります。今から用紙に記入された情報をこちらに転写いたしますのでお待ち下さい」


 猫耳受付嬢は、用紙の上にカードを置くと、手をかざして俺を見つめつつ呪文を唱える。


情報転写データコピー


 以前のドーンヴァースでは聞いたことのない魔法だ。

 魔法が掛け終わると、カードには名前や年齢、性別、クラスが転写されている。それと少し驚いたが、俺の顔写真がカードに浮かび上がっている。


「これで冒険者登録は終わりです。こちらをどうぞ」


 カードを受け取り、しげしげと見つめる。よくできている。カードに顔写真がついているので偽造は難しいに違いない。


「紛失すると、再発行に料金がかかりますので注意してください」


 掲示板に手をかざしながら、追加情報をくれる。


「あちらの掲示板に様々な仕事が張り出されておりますので、自分のランクに合った仕事を選んでください。こちらに依頼書をお持ちくだされば、依頼受諾の手続きを行います。何か質問はございますか?」

「いや、ありません。何かわからないことが出来たら、伺いに来ますよ」

「畏まりました。それでは良い冒険を」


 鉄製のカードを眺めながらウスラ達と合流する。


「おう、ケント。オメェ、アイアンだったのかよ」

「今登録してきたところだよ」

「新人冒険者だっただやな」


 皆が俺のカードを覗き込む。


「昨日の礼も兼ねてだが、オレ達と一緒に一回仕事やってみるかよ?」

「私もそれがいいと思います」

「新人時代が……一番死亡率が高……い」

「冒険者は慣れだよー。慣れるまで一緒してあげる」


 そうだな、今までと違うドーンヴァースに慣れるためにも、彼らと一緒に行動するのが良いかもしれない。


「じゃあ、お願いしようかな」

「うふふ、よろしくー」

「ようし、決まった。それじゃ、今回はこれにしようじゃねぇか」


 そういうとウスラは、依頼書の一枚を掲示板から剥がして皆に見せる。

 なになに……


『農作物を荒らすワイルドボア討伐依頼

 推薦ランク:ブラス

 最近、ワイルドボアの群れがアルテナの村の作物を狙って出没するようになりました。十匹程度の群れが確認されています。詳しくは宿屋まで。

 場所:アルテナ東の森林周辺

 討伐数:一〇~一五匹

 報酬:銅貨五枚、倒したワイルドボアの肉や革などはご自由にどうぞ。宿、食事付き』


「肉!」

「肉は高く売れ……る。皮革は防具の補修に使え……る」


 リククの目がキラキラしてる。やっぱ獣人系亜人種は肉が好きなのかな?

 ハリスが俺に分かりやすいように解説してくれる。イケメン、結構良いヤツ。


「数は多いが、そう大した敵じゃねえ。レベルも七~八程度だろう。どうだ?」


 俺が決めていいらしい。まあ、腕試しにこれにするか。というか、今、レベルて言わなかったか?

 何か確認手段があるのかもしれない。あとで聞いてみるとしよう。


「そうだね。じゃあ、これで」

「決まりだ。リククとハリスは食料の買い出し。サラは薬草とかの補充があればやっておいてくれ。俺とダレルは馬車の手配だ」


 ウスラの指示に他のメンバーが頷く。


「俺は?」

「オレについてこい」

「了解」


 ウスラは俺たちと受付で依頼の受領手続きを行う。


「おう、これ頼むぜ」

「ランク確認致しました。それでは、この依頼はウスラさんのチームが行うものとして処理します」


 受付嬢は、ウスラのカードに何やら呪文を唱える。


依頼受領レシート・コントラクト


「それでは、よろしくお願いします」

「任せろ」


 ギルドを出ると、町の東側の門前地区へと向かう。この町だけでなく、大抵の都市や街の門前地区には、荷馬車や騎乗動物のレンタルショップがあるそうだ。

 俺のインベントリ内には、騎乗用の『ゴーレムホース』があるが、出すのは止めておく。ここに来てから、そういう類のものを見たことないし、大騒ぎなりそうな予感がするからね。

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