第1章 ── 第3話

「遅いぞ、リクク。その様子だと、売上は好調だったみたいだな」


 酒場然とした宿屋の扉から入ると、一角のテーブルに陣取ってカード遊びをしていた冒険者の一人がお姉さんに声をかけてきた。草臥れたブレストプレートを装備した戦士のようだ。


「うん! 全部売れたよ、ウスラ! この若様が全部買ってくれたよ!」


 お姉さんはリククって名前だったのか。そういや名前聞いてなかった。


「ほう! 気前の良いあんちゃんだやな」


 ウスラと呼ばれた戦士とカードに興じていた小柄な髭の爺さんが言う。


「みてみて! ゴルド金貨!」

「助かった……溜まった宿賃が払え……る」


 奥で鎧と弓の手入れをしていたイケメンの男が安堵の声をあげる。

 お姉さん「リクク」のパーティは五人らしい。ここにいるのはリーダーの狼人族の戦士ファイター「ウスラ」、ノームの魔法使いスペルキャスター「ダレル」、寡黙な人間の野伏レンジャー「ハリス」。もうひとり、神官プリーストの女性がいるそうだが神殿に行っているらしく見当たらない。


「親父! 酒だ酒だ! 祝杯を上げるぞ!」

「珍しいな、ウスラ。今日は特別サービスしてやるよ」


 ウスラがカウンターの中のヒゲモジャ親父に酒を注文すると、親父は俺の方をチラリと値踏みするように見ながら注文を受ける。


「今日は鹿肉があるから、ステーキにしてやる。できるまで酒飲んでろ」


親父は、ぶっきら棒にいうと厨房へと入っていく。


「今日、ステーキ食べられるの? 三ヶ月ぶり!」

「ガハハ、これだから冒険者はやめられねー」


 ウェイトレスの少女が大きな木製のジョッキを5つ運んでくると、お盆からみんながジョッキを取り上げる。俺も一つ取ると、「乾杯」の音頭をウスラがとり、皆、ジョッキをあおる。


 俺も飲んでみると、気のぬけたビールのような味に顔をしかめる。


「なんだ、兄ちゃん、口に合わねぇか?」

「若様は大商人の御曹司おんぞうしだから、安酒に慣れてないんだよ」


 ジロリとウスラが睨んでくるが、リククが俺を庇うように言う。


「いや、この酒は初めて飲むんで、ビックリしただけさ」

「今まで、どんな酒を飲んだんだ?」

「俺は清酒が好きだな。ビールはもっと冷えてた方が美味いと思うよ」

「セイシュ? ビールってなんだ?」


この世界は日本酒とかビールは無いのかな? この酒はビールっぽいけど……もしかして、エールってやつかな?


「清酒は、米を発酵させて作る酒だね。ビールはホップっていう苦味のある木の実をエールに加えて作る酒だよ」

「聞いたことねぇが……米っていえば、ずいぶん西の方の国で作ってる麦のことじゃねぇか?」

「ホップは、この辺りでも取れる薬草だ……な。酒に使うのは聞いたことがない……」

「若様は、西の方の生まれなの?」

「いや、若様はやめてよ。日本生まれだけど、西というか東になるんじゃない?」

「ニホン? 聞いたこと無い国だやな? ここより東は、海しかないが。海の向こうの国かいな?」


 日本を知らない……? ここまで、会話が成り立っている以上、プレイヤーだと思われるウスラ一行が、知らないはずないんだが……


「東の海の向こうにある小国だよ」


 と素っ気なく答えるに留めるが、心の中はパニック状態だ。もしかして、彼らのプレイスタイルはロールプレイヤーかもしれない。

 以前、別のゲームでロールプレイヤーと関わったことがあるが、ゲーム内に現実世界の話を持ち込むと、激怒するんだよね。気をつけないと……


「東の海は、魔物がウジャウジャいるからな。船の行き来もねぇって話だ。知らねぇのも仕方無しかもな」


 ウスラが納得したようなので良かった。

 しばらく、不味いエールを飲みながらそんな話をしていると、分厚いステーキが運ばれてきた。鉄板の上のジュウジュウと音を立てるステーキに皆が歓声を上げて食いついた。

 脂肪が少なめの赤身肉を焼いた感じで、味付けはガーリックに塩とシンプルだ。結構美味い。胡椒こしょうをかけたらもっと美味いんじゃないかな?

 酒のお代わりが、ステーキと共にジャンジャンと運ばれてくる。

 みんなでステーキを食べ、飲み騒いでいると、宿の入り口からリククとは別のタイプの美人さんが入ってきた。


「みんな、随分と羽振りよく食べてるようだけど……大丈夫…?」


白いローブに、大きなメダリオンを首から下げてる女性が俺たちの方へ歩いてきた。


「おう、サラ。お前も食え。今日は肉祭りだ」


 ウスラがサラと呼んだ女性が、五人目のメンバーのようだ。


『超ドストライク!!』


 心の中で叫ぶ。


「こちらの御方は?」

「若様! お大尽だよ~」


 酔っ払ったリククが珍妙な紹介をする。意外に酒に弱いなリクク。


「初めまして。リククさんから、色々買わせてもらったんですよ。冒険者のケントと言います」


 ちょっと緊張しつつ自己紹介をする。


「ケントさん……ありがとうございます。ラーシュ様への祈りが届いたみたいです!」


 突然、ダバーっと涙を流しながら祈りのポーズを始める美人さんに俺は慌てる。


「え!? あの……」

「明日からどうしようかと思っていたので……グス」

「ガハハ、人生なるようになってんだよ、サラ!」

「貴方が、そう大雑把だから、困窮するんです!」

「大丈夫…だ、サラ……今回は大丈夫」

「そうぞな。なにせ、ゴルド金貨の大商いをリククがまとめたんぞ?」

「おぉ! ラーシュ様のお導きに感謝します!」


 また号泣。どうも残念美人というやつかもしれない。「ラーシュ」って、美と豊穣の女神だっけ?

 俺は、まあまあ、とサラを立たせて席につかせる。


「若様、ケントって言うんだね♪」

「あ、そういや名乗ってなかった……」

「細けぇことは気にしねぇ! おーい! 酒のおかわりだ!」


 その後、皆が酔いつぶれるまで宴会は続いた。

 潰れたみんなを置いて、俺はヒゲモジャ親父に部屋を用意してもらった。

 宴会と宿代払っても銅貨二枚にも満たなかった。随分と物価の安い国なんだなと思いながら、ベッドへと潜り込んだ。

 ベッドに潜り込んだは良いが、なかなか眠れない。

 新しいドーンヴァースになってからの事を考えると、どうもゲームというよりも現実世界なんじゃないか? という思いが頭から離れない。しかし、ドーンヴァースとの共通点も無いとは言えず、どうもハッキリしない。


・神々の名前、ゴールド金貨がゴルド金貨という名で商取引で使える。

・亜人種もドーンヴァースの頃からいた種類だ。


 気づいた点はこのくらいだ。他に気づいたことを考えてみる。


・HUD表示がされないのでメニューが使えない。よってログアウトもできない。

・HMDを外すことができない。というか現実世界を見ているような自然な感じ。

・体に感触がある。リククの双丘が幸せだったしね。

・料理や酒の味がする。食べると空腹感もなくなった。


 後半部分を考えれば、現実世界と思えなくもない。今の科学技術で、それらを実現できるハードなど存在しないのだから。

 寝落ちで夢の中って可能性も否定できないんじゃないか……と一縷いちるの望みに期待しよう。

 寝て起きたら現実世界に戻れてるかもしれないしね。考えるのはして本格的に寝よう。ウスラの言葉じゃないが、「細かいことは気にしたら負けだ」と俺も思う。

 では、おやすみ。

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