第7話
一緒に泳ぎ行こうと思ったのに。
次の日も、その次の日も迎えに行ったけど、やまちゃんは留守だった。
毎日川へ行っていたから、もう、やまちゃんとはずいぶん会っていない。
やまちゃんも、僕たちと一緒に、笑えたらいいのに。
もしかしたら、僕が来るのを一人で、待っているかも。
僕は少しずきんとして、やまちゃんを見つけに、久しぶりに山へ行った。
「やまちゃん」
初めて会った木の上にやまちゃんの足がぶら下がっていた。
僕は上を見上げて呼びかける。
「やまちゃん、川に行かない?」
がさり、と葉っぱが掻き分けられて、やまちゃんの顔が覗く。
すたん、とやまちゃんが木の枝から滑り降りる。
髪の毛には、いつもどおり、木の葉が何枚も絡んでいる。
「川?」
「ほら、向こうの」
と、木々の間から見える遠くを指差す。
山を下りて、坂を下って、しばらく行ったところにある、透明で美しい僕たちの遊び場。
「行けないよ」
困ったように、やまちゃんは笑う。
「なんで?川遊びは苦手?大丈夫だよ、教えてあげる」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、なんで。…ケン君たちが、いるから?」
「そうじゃないんだよ、行けないんだ」
「そんなわけ、ないじゃん!」
僕は少しむきになって、やまちゃんの手を引っ張った。
やまちゃんは眉を下げて、妙な顔で微笑んでいたけど、拒むでもなくついてくる。
このまま、一緒に来てくれれば、ケン君たちがいい奴だって、分かってもらえる。
やまちゃんと、僕と、ケン君たちと、みんなで。
みんながいるのが、いい。
でも、山の出口まで来ると、やまちゃんはぴたりと、立ち止まった。
ぐっと腕を強く引いても、一ミリも、動かない。
服の袖についた葉っぱが、ゆらりと揺れた。
「ここまでだよ、タケル」
「何でだよ!」
「いけないんだ、本当に」
「そんな訳、ないだろっ!なんでそんな意地悪言うんだ!」
何を意固地になっているんだと、僕はかっとする。
なんだか、ケン君たちを、否定された気がして。
「来いって」
ぐん、と両手で、強く引く。
やまちゃんが、ほんの少し、よろけた。
そのまま腰を引いて、全体重で腕を引き寄せる。
一歩、やまちゃんの足が、コンクリートに出る。
「あ」
やまちゃんが、ぽかんと、声を零した。
小さな吐息のような呟きを合図に、はらり、と掴んでいた腕の感触が、解ける。
「え?」
ばらり。と。
目の前で、やまちゃんの身体が、崩れた。
ぼろぼろと、手が足が頬が、木の葉と枝と土とに崩れて。
ぐしゃっと、地面に落ちる。
やまちゃんの髪に絡んでいた緑の葉が、風にふわりと舞い上がって、落ちた。
周りの木々がざわざわと揺れ、それはさざめきから大きなうねりに変わり、山を駆け上がる。
木が、山が、震えるように騒ぎ、山のてっぺんで、大きな咆哮がとどろいた。
足下が、ぶるぶると震える。
身体の底から沸き上がる何かが、僕の喉を突き破る。
それが悲鳴だと気が付かないまま、僕は喉が張り裂けるほどの叫び声を上げ、逃げ出した。
山が震える。
ごうっと風が吹きおろし、枝が折れそうなほど、木々が騒ぐ。
山が、叫んでいる。
それから、突然の、嵐。
ずぶ濡れになって震えて転がり込んだ僕を、ばあちゃんがぎゅっと抱きしめたけど、骨の底から揺さぶられるように、僕の身体は震え続けた。
山は一晩中、吼え続け、それから、ぴたり、と静かになった。
僕は2晩熱を出し、3日目の昼、山ちゃんが、家に来た。
「猛、山上さんちの子が来たよ」
「無理、ばあちゃん、いないって言って」
「何言ってるの、せっかく来てくれたんだから。ほら、山上君、上がって上がって」
布団をかぶってぶるぶる震えていると、襖が開く音がして、やまちゃんの声がした。
「大丈夫か?」
僕は頭から布団をかぶって、丸くなる。
怖い。
こわい。
「お前のおかげで、助かった。ばあちゃんに俺と遊んでるって、言ってくれてただろ」
あれ、何を言って…。
「一度しか会ってないのに、ありがとな。おかげで一人で自由に遊べたよ」
「え?」
慌てて布団から顔を出す。
一人で自由に?
あんなに、一緒に、遊んだじゃないか。
がばり、と声に向き直る。
「え?」
そこにいたのは、やまちゃんにそっくりな、別人だった。
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