第6話
「なあ、タケル、今日は川にしない?」
「川あ?」
「そう、なんかさあ、毎日毎日、山だとさあ」
「あれでしょ、マンネリ」
「そうそう、それそれ!」
けらけらとゲン君が子犬のように笑う。
「僕、泳ぎは得意だよ」
ふん、と胸をのけぞらせて、僕は鼻から息を吐く。
「マジで!でもさ、都会っ子でしょー」
「マ・ジ・で!川で泳いだことはないけど、きっと泳げるんですー」
「何その自信―!」
「ちっちゃい頃から、泳ぎだけは得意なんですー」
ゲン君は笑いすぎで、ころころと転がるんじゃないかと思うほどだ。
僕は笑い続けるゲン君のほっぺたを抓りあげて、わざと唇を尖らせる。
「教えてやるよ、川には川のルールがあんの」
ふっとケン君が腕組みをして、にやりと笑った。
やまちゃんは、留守だった。
僕たちはじゃれ合いながら、塊になって坂を転げ、川っぺりまで駆けていく。
「そこの、色が深くなってる部分は、危ないから近寄ったら駄目だ」
ケン君が、危ない場所としてはいけないことを、ひとしきり教えてくれる。
みんなは腕組みをして、うんうんと頷く。
「それじゃ、入ってよし!」
掛け声で、僕たちは団子のまま、川に突っ込む。
少しずつ、水をかけて身体を慣らさなきゃ、っていってなかったっけ?
水をかけあい、びしょびしょになったシャツを岩の上に脱ぎ捨て、靴を蹴り脱いで、僕たちは水に潜る。
始めの内は、誰かの腕が、絶えず僕に触れていたけれど、やがて僕が落ち着いて潜れるようになると、安心したように遠ざかる。
何度か潜って泳ぐうち、川に慣れた僕は、魚のように泳いだ。
誰よりも早く、長く、深く、泳ぐ。
自由だった。
「タケル、すっげえ!」
「魚みたいでしょ」
「や、マジで、マジで魚みたい!」
「なんで、なんでそんなに上手いの!」
「んー、子供の頃から、身体を丈夫にしないとって、習わされてた」
「もやしっ子だもんな」
「違うから」
突き合って笑う。
ひとしきり泳いで、水に浮いていたら、ケン君がすいっと隣に並んだ。
「呼吸器、弱いの?」
「…なんで?」
「俺のいとこも、喘息で、体力作りにって水泳習ってた」
「うん」
「でも、習いすぎてさ、平気でキロ単位泳ぐんだぜ?身体弱いとか、信じられねえ」
「僕も、もう大丈夫だよ」
「だろ?そうだと思った」
ほっとしたように吐息を漏らすと、ケン君はくるりと向きを変えて、にんまりと笑い、僕の身体にのしかかる。
「この、詐欺め!」
「やめろって、こら、ケン!」
ぎゃーぎゃーとはしゃぐ僕たちに、次々に仲間が加わり、あっという間にもつれて水しぶきが跳ねあがる。
こんなに楽しいのは、いつ以来だろう。
「なあ、俺たち、親友だな」
岩の上に這いあがり、皆で背中をくっつけて空を見上げていたら、誰かがしみじみと、そう零した。
くふふ、と誰ともなくくすぐったそうな笑い声が漏れて、みんなで肘を小突いて笑う。
青い空を見上げる胸の奥深くが、ぎゅっと切なくなった。
厭な奴らだと思っていたけど、本当は、いい奴らだったんだ。
僕が、逃げていたから、分からなかったけど。
もしかしたら、クラスの奴らも、そうかもしれない。
僕が読んでいる本が気になって、休み時間もまとわりついてくるのかも。
やまちゃんが言っていた、親しい友達はあだ名で呼ぶんじゃないのかって。
「メガネ君」はあいつらなりの、話をしようぜ、の合図なのかも。
他のあだ名にしろよ、って、次は笑って言ってみよう。
すぐには打ち解けないかもしれないけど、夏休みが終わったら、ここでの話をしてみよう。
長谷川君は、休み明け、必ず「どうだった?」て聞いてくるから。
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