第4話
次の日は、ケン君たちの誘いは、断った。
ケン君はちょっと慌てたような顔をしていたけど、僕が行かないときっぱり断ると、後ろを振り返りながら戻っていった。
「やまちゃん、居ますか」
「あら、タケル君。うちの司、もう出ちゃったのよ。ごめんねえ」
そうか、やまちゃん、ツカサっていうんだ。なんだか変な感じだ。やまちゃんは、やまちゃんの方がしっくりくる。
でも、やまちゃんちはみんな、やまちゃんちだもんな。
そんなどうでもいいことを脳内に描いている僕を、やまちゃんちのばあちゃんが目を細めて見ていた。
「タケル君が、司と仲良くなってくれるなんてねえ、ありがとね」
「いえ、こちらこそ」
もごもごと口ごもる僕を、ふっくらとした顔が覗き込む。
嬉しそうなやまちゃんのばあちゃん。
もしかしたら、やまちゃんも、僕と同じで、なかなか人と打ち解けないのかもしれない。
ちょっとした、シンパシー。
偉そうに、そんなことを思った。
「やまちゃん、今度、うちに来ない?」
「…んー、いいや」
やまちゃんはにっこりと首を振る。
まあ、確かに、家といってもお互いにばあちゃんの家だし、ゲームもないし。何をするのかと聞かれたら、確かにすることなんて、ない。
それに、もしかしたら、恥ずかしいのかも。
やまちゃんのばあちゃんは、僕とやまちゃんが仲良くなったことに驚いていたから、きっと今まで誰も家に連れてきたことなんてないんだ。
ケン君たちとだって、遊んだことはないのかもしれない。
いや、もしかしたら、僕が知らないだけで仲がいいのだろうか。そのうち皆で、遊んだり、しなきゃいけないんだろうか。
心臓のあたりがぎゅっと詰まって、思わず顔をしかめる。
「なあ、ケン君て知ってる?」
やまちゃんは少しだけ、眉をひそめた。
「あの子たちは、乱暴だ」
やっぱり。
僕はにんまりと笑う。
胸の塊が、すっとなくなる。
足下が軽くなる。
やまちゃんは毎日、新しいことを教えてくれた。
虫も、大きさや種類によって、捕まえ方や仕掛けの作り方を細かく教えてくれる。
網がなくても捕れる虫は意外と多かったし、虫かごさえあれば、気にいった虫を持ち帰って、「山の神様のモノを連れ帰ったりして」渋い顔をするばあちゃん相手に延々と説明した。
山の神様を引き合いに出しているけれど、本当は、ばあちゃんは、虫が怖いだけなのだ。
東京から持ってきていたノートには、あっという間に山で見つけた植物や昆虫、観察ポイントや飼育方法など、ちょっとした図鑑のようにページが埋まっていく。
買い足さないといけないかもしれない。
夢中になって鉛筆を走らせながら、それと同時に、少し、飽きているのも事実だった。
だから。
ある日の帰り道でケン君たちに会って、虫かごを目ざとく指差された時、自慢げに見せびらかした。
「すっげえ!こんなでっかいクワガタ、どこで捕るんだよ!」
ゲン君が目を輝かせ、ユタカ君は信じられないというように、虫かごに顔をくっつけて覗き込んでいる。
「オマエ、すごいな!虫なんて怖がるんだと思ってた」
ケン君が、初めて僕に気が付いたような目をして、それからぎゅっと顔じゅうで笑った。
「あした、連れて行くよ」
僕はなんだか背筋がぐっと伸びて、得意げにみんなを見渡して、約束する。
嬉し気に弾む声が、僕の周りに、わっと集まった。
何本かの腕が、僕の肩に絡み、ほっぺたをぐいと押し付けて笑う。
お腹の底が、くすぐったくて、大声をあげて跳ねまわりたかった。
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