第3話

「猛!ほら、お友達が迎えに来てくれたよ」


ばあちゃんが嬉しそうに僕を呼んでいる。

一瞬、やまちゃんが来てくれたのかと、襖を開け放って廊下に首を出したが、出した途端に僕の眉間にしわが寄る。

何で今日も迎えに来たのか。

玄関先で、ケン君とゲン君が並んで僕を待っているのを見て、つい、顔をしかめてしまう。


どうせまた、僕を山に置き去りにするくせに。

ぶすっとしながら小さく呟く。


「なんて顔してるの、ほらほら」


ばあちゃんはにこにことエプロンで両手を拭いて、僕を手招く。

そっぽを向いて近づき、ばあちゃんが僕の肩を掴むから、仕方なしに無理やり笑顔を作る。

営業スマイルっていうんだって、父さんが言っていた。母さんは、嫌いな親戚にこの笑顔を向けるのが、ものすごく上手いのだ。


「昨日はよく、一人で帰って来れたな」


にやにやとケン君が言う。ゲン君が、その肩に顎を乗せて、うんうんと頷く。

なんなんだ、偉そうに。


「よし、行こうぜ」


ゲン君とケン君が、両脇から僕の肩に腕を回して、僕は家から拉致されるように連れていかれた。肩越しに振り返った僕を、満面の笑みのばあちゃんが、手を振って見送っている。

ちがう、ばあちゃん。こいつら、友達じゃない…。




どこか離れた木立の向こうで、僕を呼ぶケン君たちの声がしたが、知らんぷりをした。

辺りはうっそうとした藪があり、ちょっとしゃがめば、僕の姿はすっぽりと隠れてしまう。

山の中でケン君たちのメンバーと合流し、5,6人で遊んでいたのだが、皆が虫捕りに夢中になっているのを幸いに、僕はこっそりと集団を離れた。


昨日みたいに置き去りにされるのは、なんていうか、気持ちがざわざわとして、厭なんだ。

哀しいとか、腹が立つとか、いろいろな感情がわあっと押し寄せてきて、息が詰まりそうになる。ふいに、喉の奥で空気の塊が爆発しそうになる。

少しだけ咳き込んで、僕はぐっと身体を縮める。

ケン君が、一際大きな声で、僕を呼ぶ。


「いいの、放っておいて?」


木の上から声が降ってきて、僕はびっくりして立ち上がる。

がさがさと枝が揺れて、足が飛び出してきたと思うと、すたん、と目の前に飛び降りた。

やまちゃんだ。

ぽかんとして、口が開いた。

胸の底から、何かの塊が、上がってくる。

わくわくとして、弾けそうだ。


「すごい!」

「え」

「今の!かっこいい‼」


やまちゃんは少し、くすぐったそうな顔をして、頭を掻いた。

髪に絡んでいた木の葉が、はらりと落ちる。


「やってみる?」

「できんの?僕でも?」

「そんなに高い枝じゃなければ。登って。教える」

「…ん?」

「ん?」

「ど、どうやって」


木の幹に掌を付け、上を見て、山ちゃんの顔に目を据えた。

沈黙が落ちて、やまちゃんはけらけらと笑う。まだ髪に残っている葉っぱも、一緒に揺れる。


「こうするんだよ」


すぐ隣に立つと、手でつかむ場所、足を掛ける瘤を教えてくれる。

やまちゃんは、できないことを馬鹿にしてこなかった。一からちゃんと、僕が分かるように、教えてくれる。

木の登り方、かっこよく飛び降りて着地する方法、食べられる木の実、かぶれる草の見分け方、触っていい虫と、触ると危ない虫の区別。


「そこ、崩れるから気を付けて」


夢中になって虫を追いかける僕を、やまちゃんの腕が捕らえる。


「昨日も、別の子が落ちそうになって、危なかったんだ」


慌てて足を引っ込めれば、少し先は草に隠れた小さな斜面で、やまちゃんがつま先でぐっと押し込むと、土の塊がぐずりと滑り落ちていった。

そんなクールなところも、かっこいい。僕は自分の目が、きらきらとしているのを感じて、頬を擦った。


白いシャツを、土と木や草のかけらで汚して帰った僕に、ばあちゃんがびっくりして駆け寄ってきた。


「どうしたの、猛!あんた、はぐれたって、ケン君たちが」

「ばあちゃん、僕、木登りしたんだ!」

「え」

「こんな大きな木に登ってさ、飛び降りるんだよ」

「あらあら」

「それでさあ、知ってる、食べられる木の実があってさ!」

「あら、あら、猛。そう、木登りしたんだねえ」


身振り手振りで話す僕を、ばあちゃんはにこにこ、にこにこ笑って、ぎゅっと抱きしめて、頭をくしゃくしゃに撫でまわす。まだ、話の途中なのに、大きな虫も捕まえたんだ、と上げた顔を、薄い胸に押し戻される。

ばあちゃんは、少し粉っぽい、いいにおいがする。


「明日も山に行ってもいい?」

「たーくさん、行っておいで」


何度も優しい手が、僕を撫でまわす。僕は照れ臭かったけど、ばあちゃんがなんだかすごく嬉しそうなのが嬉しくて、そのままぎゅっと抱きしめられていた。

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