第7話 マルドゥック・レコード
「どうして、死なせてくれないの!」
「あんたばか?生誕くじが大外れでも、今はそこそこ幸せなんじゃないの?」
家族に恨みでもあるのか、間髪いれずにキンキン声がわめき散らす。
「賛成なのか反対なのかどっちかにしろよ、メイコ」
「うっさい!恵まれてるのに、そんなに死にたきゃ勝手に死ね!」
「だめよ、死んじゃあなたを好きな人達が悲しむわ!」
また違う女性の音声。
「そんな人はみんな死んだっていったでしょう!」
「あなたの、義理のご両親は?友人は?命を失うということは、誰かに哀しみを与えることよ」
大人しそうな別の声。
きっとこの人も、身近な誰かを失ったのだろう。
「……私には、誰かを悲しませるとか、誰かのために生きようとか、そういうのはもう重い」
唇が意図せず震える。
眠るように迎える死を、経験できなかったみんながいるから。
「苦しまなきゃ、傷つかなきゃ、私には足りない、足りない!」
「そういうことを、誰もあなたに」
「望んでいないっていうの?ええそうでしょうね、きっとそうよね、けれどそんなの、あなたたちにわからないでしょう!」
穏やかな男性の音声にかぶせたときだった。
「うん、わからないよ」
やけにのんびりとした女性の声。
今までになかったタイプ。
「私はみんなから、おまえのことはわからないって言われるけど、私だって、マキちゃんのこと分からないし、助けた人のこともよくわからない。でもね、あたし、一つ確認したいんだ」
一斉に私を除く全員の端末が鳴る。
「ネットサーフィンしてたらさあ、マキちゃんによく似た女の子の話、見たの。ケイトっていう女の子の話なんだけど」
ノブオが進み出て、私に黙って携帯電話の画面を見せた。
ーーハザウェイはケイト・ホロウの見舞いを許可してもらうよう、しつこく頼み続けた。
ーー「ミックお兄ちゃんとは、違うお兄ちゃん」
ケイト・ホロウの発言。
見舞いが許され、セラピストとの共同治療が始まる。
ーー相互に好影響を与える可能性あり。ただし依存関係は重大な支障がある。それを避けるために面会日以外は会わないことが望ましい。
ーークリストファー以下、メンバー全員が埋葬に立ち会った。
ハザウェイ・
享年29。
私の知る思い出と、知らない記憶。
「……お兄ちゃん」
涙が止まらなかった。
「……君は、死にたいほど苦しかった。けれど死ねなかった。命を救われたから、生きねばならないと義務感に囚われていた。潰れかけて、自殺もできず、通り魔に襲われようにも身体が反応する。だから、この集いに賭けていた」
ノブオの推測が私の身体を突き抜けていく。
「私は、誰かに判断して欲しかった……私は普通じゃないから、普通な誰かに、死にたいと思ってもいいんだと、認めて欲しかった、死にたい気持ちをーー」
声にならなかった。
一生分泣いたと思っていた涙がとめどなく溢れてきたから。
「あたしはさー、難しいこと苦手だけど、マキちゃんのこと、助けた人のこと、もっと知りたいって思ったんだよね。でもさ、それって、もうマキちゃんから話聞くしかなくない?マキちゃんいなくなっちゃったら、聞けないじゃん?」
「マイさんが見つけたファイルは個人的な記録が流出しただけのようですしね」
私が死んだら、消えてしまう。
私を助けてくれた人たちのこと。
「……マキさんが生きるべきという人は、挙手を」
全員の手があがった。
「……そうね、でもあえて言うなら、あなたはあなたの意思で、いつだって死んでいい」
アンリの声が染み渡る。
私は、認められたかった。
死を選ぶ自由を。
「けれど忘れたっていい」
「…………なにを?」
「死ぬまで生きてみることを、かな」
ノブオが後を引き取った。
数瞬静寂がやってくる。
「…………もし、それで気が紛れるとしたら。マイさんに話してほしいと思います。少しずつ、マキさんの記憶を」
私だけが生きていると思っていた。
「……1つ、教えて」
「僕たちに答えられることなら」
生かされていると、そんなことを。
「あなたたちは、死にたいと思ったことは、ありますか?」
「……もちろん」
代表して答えたサトシに初めて暗い影が宿った。
「けれど、俺たちは、死ぬまで生きるって決めたんだよ」
迷いのない瞳でセイゴは言った。
「…………きっと死ぬまで、記憶は消えません」
データをリセットするように、都合のいい部分だけ覚えておくことはできない。
「だけど、大事な記憶もあるから、今も、できたから、伝えたいこともあるから、私は全部を抱えて、生きてみようと、思います」
忌まわしい記憶と生きる。
私の生は、それだけで埋まりはしないはずだから。
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