第3話 マルドゥック・リコール

 どこから話せばいいのか。

「私は元々ある事件の生き残りです」

 ーーお兄ちゃん、殺さないで!お兄ちゃん、殺さないで!

「選べなかったとはいえ、かつて私は兄を撃ちました」

 背中には大きな腹が当たっていた。

 閉じ込められるように包み込まれて、引き金を引いた。

 たった一人の肉親に向けて。

 叫びながら泣きながら、それでも勝手に手は動いた。


「助けてくれた人は、別の事件で死にました」

 ーー「ハザウェイお兄ちゃんがいなかったら、ケイトもミックお兄ちゃんと一緒に死なせられていた。だから、ありがとう」


 兄のようだった人は、私を抱き締めて、すすり泣いた。

 最後に会ったのは二人での外出。テーマパーク。

 気分転換にと組まれたセラピーとしての一環。

 お礼が言えてせめてもの救い?

 なんて露骨な死亡フラグ。


 ーーケイトにもいつか、大事な人が、できるかな

 ーーヘイ!そういうマセた話はもうちょい年くってからやりな

 いつだってかっこよくガムを噛んでいた姉さん。他には誰もいない病室。気まぐれに彼氏の話をするときだけ、違う顔を見せてくれた。


「私は、自分が生きているのが、つらい」


 かつてハザウェイに戦場で命を救われたお兄ちゃん。

 ーーハザウェイ兄ちゃんは、俺たちのヒーローだ

 ーー……うん

 ーー俺たちは本当の弟や妹じゃないけれど。それでも


 ジョーイも心を閉ざした私のことを気にかけてくれた。

 ハザウェイが死んだ後も、見舞いに来てくれたメンバーたち。

 みんなみんな、もう遠いところだ。


「私はどうしたらいいんですか」


 命を救われて、生きている。

 マルドゥックから遠く離れ、ここが楽園と思うほどには、銃や血や犯罪とは無縁だ。

 それでも楽しむことはできない。

 生まれ落ちる場所を間違えたと自分を嘆くよりも、どうして優しいメンバーがあんな風に死ななければならなかったのか。

 それだけを考え続けている。

 有用性を示し続けたにも関わらず死んでいった、そんな不条理。


 それでいて私が生きている意味はなんなのか。


「……分からないから、集いに参加して、結論に従おうと思ったのです」


 誰も口を挟まなかった。

 重苦しい沈黙を、扉が開ける音が引き裂いた。



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