第2話 プラス1、あるいはマイナス1

「ーー結局あなたには、一度も勝てなかったわね」

「僕も全勝するとは思っていませんでしたよ」

 打ち捨てられた病院施設で、一組の男女が静かに言葉を交わしていた。

 時の流れは緩やかに設備を朽ちさせていく。

「でもまあ、12番目の子がこなかったのは、番狂わせだったかもね」

「そうですね。今まで出席率100%だったので、意外といえば意外です」

 煙草の煙がゆらめいた。

「まあ、こういう終わりもいいんじゃない?サトシくん」

 サトシは答えなかった。

 ただ黙って煙草を携帯灰皿に押し込める。

「……なによ」

「足音が聞こえます」

「……そうね」

 忘れ物だろうか。それにしては、戻ってくるのが遅すぎる。

「アンリさん、護身の術は?」

「スタンガンなら」

「ではそれで」

 どうすればよいかは心得ていた。

 警戒体勢をとり、室内に入ってきた人物を素早く確認。しかるべき対処をする。

 体勢を崩し気絶。そして撤収。

 簡単なことだった。

 けれども足をひっかけられた格好の人物は軽やかに受け身をとる。間髪入れず、武器をつき出したアンリの手首をひねった。

「……っ!」

 訪問者は、取り落とされたスタンガンを、優雅に拾い上げた。

 顔を上げた少女は、先程までの流れるような動作とは裏腹に、ぼんやりとした表情を浮かべている。

「……集いに、来ました」

 口を開こうとしたアンリを、サトシが制す。

「マキさん、ですか?」

「はい」

 姿を見せなかった12番目の集い参加者。

「僕は集いの管理者、サトシといいます。残念ですが、集いは先程終わりました。次回の開催は未定です」

「……それは、困ります」

「困る?時間に遅れてきたのはそっちじゃなくて?」

 アンリの正論に、マキは真っ向から視線をぶつける。

「遅れたくて遅れた訳じゃありません。集いに参加できるチャンスをフイにしたと思うと、とても残念です」

「それにしては、さっきの身のこなし、自殺志願者には思えないわよ?死にたければさっくりと、無抵抗を貫くんじゃないの?それとも本能?なら生きたいんじゃない?」

「私は殺されたい訳じゃないですよ」

 さらさらと流れるようなセミロングから、くらい瞳が覗いている。

 サトシは無意識に身体を震わせていた。

 今までの参加者の誰よりも、深くくらいところにいた目。

「命は全うしたいけれど、私は私の存在を許したくない。だから、集いに参加したんです」

 目を閉じる。

 息を吸う。

「集いは死を迎えたい12人が集まり、時には話し合って結論を出します。ここにはもう参加者はいませんが、どうでしょう、僕たちでよければ、マキさんの話を聞きますが」

「ちょっと!何勝手に」

「ではお話ししますね、すべてを」

 ぞくり。

 アンリの背中をはう冷たさ。

「どうか、聞いたことを後悔されませんように」

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