暁の道標 7

 ◇ ◇ ◇


「おい」


 冷たい石の壁に、低い声が反響する。

 暗い部屋の奥で、身じろぎする音がした。


「手紙だ」


 格子の隙間から、小さな封筒が差しこまれる。封は切られ、検閲済の印がつけられていた。

 女はゆっくりと顔を上げ、外に向かって軽く頭を下げてから、皺だらけの手で、それを受け取る。


「このお姫様っていうのは、誰のことなんだろうな?」


 女は黙したまま、声の主を見返した。

 もし彼女が言葉を発せられたとしても、同じように答えは返さなかっただろう。

 舌打ちをした男が離れていく足音をしばらく聞いてから、彼女は封筒の中身を取り出し、じっと見た。

 手紙は短いものだったが、それを噛み締めるかのように、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて読んでいく。

 やがて女は涙を流し、嗚咽を漏らして泣き始めた。

 それは、彼女がここへ来て初めて見せた、感情らしい感情だった。


 *


 親愛なるマーサへ


 お元気ですか?

 アストリアーデは、お家に帰って、毎日大忙しです。


 アストリアーデは、マーサと、お姫さまと出会って

 楽しく歌をうたって、おいしい料理を食べて、とっても幸せでした。


 ありがとう。


 アストリアーデ


 *


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暁の道標 森山たすく @simplyblank

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ