ヨセミスフィア 2

 ◇


「ライディア……肉、サブリシュは……魚ですね。ハロゲイト……野菜」


 少し休憩を取った後、セシリアは慎重な声音で、リストを読み上げていく。


「アイア――木、エオール……花、モイエン……葉、あとは、ええと……リオルダは――空」

「ん?」


 突然バートが不審げな声を出したので、視線が彼に集まった。それに気づくと、彼はばつが悪そうに頭をかく。


「悪ぃ、ちょっと引っかかったもんで」

「どんなことですか?」

「いや、どうでもいいことっつーか……」


 セシリアに真剣な表情で問われ、口ごもるバートに、彼女は迫る勢いで言葉を重ねる。


「ヒントになることも、あるかもしれないじゃないですか」

「……わかったよ」


 彼は肩をすくめ、小さく咳払いをしてから言った。


「いや、あのさ、何となく店が並んでるのを思い浮かべながら聞いてたもんで、肉屋とか花屋とかはわかるにしても、空屋っつーのはなんだろなって思って……」

「あっ、でもあたしも、ヨセミスフィアっていう言葉だけ探して、他に何が書いてあるかとか、全然考えてなかった」


 自信がないせいか、声が小さくなっていくバートの言葉を引き継ぐようにして、アストリアーデが言う。


「……セシリアさん」

「何かわかったのか?」

「何かわかったの?」


 街並みに目を向け、少し考えるようにしていたサリュートアが何かを言う前に、バートとアストリアーデが同時に身を乗り出した。

 彼は思わず身を引き、そして吹き出す。

 二人も顔を見合わせて笑い、つられてセシリアも笑みをこぼした。

 それからひとしきり笑うと、皆の表情も柔和になり、どっしりと体にのしかかっていた疲れも転げ落ちたかのように体が軽くなる。

 こうして笑いが起こるのも、ずいぶんと久しぶりのような感覚がした。


「『空』の前って、『葉』だったよね。それってどの辺だったかわかる?」


 セシリアはもう一度紙を見てから、頷く。


「はい、わかる……と思います」


 この迷宮の中では、自信がなくなるのも無理はない。

 だが、問題の建物は、彼女が記憶していたとおりの場所にあった。


「こっちが『空』で、こっちが『葉』……ですね」


 セシリアは通路を横切りながら、説明をする。


「やっぱり」


 サリュートアがそう言うと、皆が不思議そうな顔で彼を見た。


「ああ」


 そして、セシリアがため息のような声を漏らす。


「……区画ごとにグループになっているんだわ。空、太陽、星……道を挟んで葉、花、木」


 ◇


 一行は、いったん最初の場所に戻り、今度は違う方角へと進んでみることにした。


「イロ……次、リシェルゴーテ……終わり」


 セシリアが理解できる単語を読み上げながら、手元の紙に書き留める。

 バートは簡単な地図を別の紙に描き、そこに判明した言葉を書き込みながら進んだ。

 サリュートアとアストリアーデは、今まで通り『ヨセミスフィア』という言葉を探すために、少し先に行っては確認し、またバートたちのところへと合流するということを繰り返している。

 同じように見える街並みではあるが、慣れてくると、やはり少しずつ違うのだということがわかる。こうなる前の街の面影も残っているように思えるのだが、記憶に霞がかかったかのように、鮮明に蘇ることはなかった。


「あっ」


 バートがまた声を上げる。彼は今度は躊躇うことなく、自らの思ったことを口にした。


「なぁ、この『始まり』で始まったんなら、この『終わり』に入ったら、終わるんじゃね?」

「うーん」


 その意見に、サリュートアは腕組みをして小さく呻る。


「あなたの人生終わり、とかだったら……」

「保留! 保留にしようぜ!」


 バートは顔を引きつらせながら、慌てて言う。

 サリュートアも特に冗談のつもりで言ったわけではなく、この奇妙な場所であれば、そんな恐ろしいこともあり得るのではないかと思ってしまったのだ。

 他の二人も複雑な表情をしていたから、やはり何か違和感を感じたのかもしれない。


「でも、他になかったら、入ってみようか」


 これから先、納得の行くような答えが見つかるかはわからない。ひょっとしたら、それが正解かもしれないのだから、無視は出来ないだろう。


「エルデケジス。これは、テーブル……だったと思います。こっちは椅子、かな」


 その話はとりあえず保留となり、迷宮探索が再開される。


「ここら辺は、家具のグループなのかな?」

「でもよ、グループがわかったとしても、ヨセミスフィアっつーのが何のグループかわかんなきゃ意味なくね?」


 バートがまた口を挟むが、彼の言うとおりではあった。

 このままでは結局、今までの探し方と大した違いはないだろう。


「名前……とか?」


 アストリアーデはふとそんなことを思い、それを口にする。


「ほら、人の名前とかって、難しいのも多いし」


 セシリアは指先を口もとに当て、少し考え込んだ。


「そうですね……確かにそんな気も、します。でも、そうすると……あっ」


 そして何かを思い出したかのように、バッグの中を探り始める。

 そこから出てきたのは、初めて会ったあのレストランで見せられた書簡だった。


「これは、デウロウロアという人から、ミロバジエという人へと宛てられた書簡と言われています。これを参考にすれば、探しやすくなるかもしれません。父も解読できなかった部分もありますし、私もうろ覚えのところもありますけど……こんなことになるなら、ちゃんとメモを取っておけば良かった」


 そうしてため息をつく彼女の肩を、大きな手が優しく叩く。


「ま、人生何があるかわかんねーからな!」

「気持ちはありがたいんですが、あまり慰めにならない言葉ですね」


 それでも彼女の顔には、笑みが広がる。

 それから彼女は、書簡を見ながら、次々と言葉を紙に書き写していった。


「わからない言葉も、怪しいものはピックアップしました」


 そして人数分作成すると、皆へと手渡す。

 アストリアーデもそれを受け取り、改めて静まり返る街を眺めた。

 この先、このリストの言葉が全く見当たらなかったらどうしようと思うと、軽くなった気持ちも、また重さを得て沈んでいってしまいそうになる。


「とにかく、試してみるっきゃないって。一つ一つ潰してきゃ、いつかは終わんだから。これ捜査の基本な」


 その思いが表情に出ていたのだろうか。バートに頬を引っ張られた。

 セシリアの時と引っ張り方がずいぶん違うじゃないか、という言葉が喉元まで出かかる。


「もし駄目でも……いえ、きっと駄目じゃないですけど、私も頑張って解読して、考えますから」


 そう言って微笑むセシリアは、やはり自分よりもずっと大人なのだという感じがした。


「それじゃ、始めようか」


 サリュートアの言葉に、アストリアーデは大きな頷きで応える。

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