表白 3

「皆さんと一緒に旅をして、私も楽しかった。久しぶりに人と話して、一緒に食事やお買い物をして、お化粧したり素敵な服も着られて、本当に嬉しかった。……もう、こそこそするのも疲れちゃいましたから」


 言葉を噛みしめるようにそう言ってから、彼女は吹っ切れたように笑む。


「……だからいいんです、もう。これ以上、皆さんにご迷惑をかけることは出来ません。短い間でしたけど、ありがとうございました」


 そして、ゆっくりと立ち上がった。

 そう、セシリアも、三人といるのが楽しかった。だから少しでも、一緒にいたいと思ったのだ。

 けれどもそのせいで、面倒に巻きこんでしまった。

 自分の問題は、自分で決着をつけねばならない。

 立ち上がり、ドアへと向かおうとする彼女の手を、がっしりと掴むものがあった。

 バートの手だった。


「何言ってんだバカ!」


 彼は見るからに不愉快そうに顔をしかめ、セシリアを睨みつける。


「あのな、余計なことしたアストリアーデもバカだけど、どんな過去があろうが、きちんと話さなかったお前もバカなわけ。あ? 俺らを見くびんなよ? 金のことしか考えてねぇバカどもと一緒にすんなバカ! そんで私さえ犠牲になればとかいうお涙頂戴はもっとバカだっつーの、このバーカ!」


 声を潜めているとはいえ、激昂しているのが伝わってくる彼の台詞に、彼女の瞳は揺れる。


「バカって言い過ぎ。子供じゃないんだから」

「うっせぇバカ!」


 横から呆れたように言ったサリュートアにも、同じ言葉が降ってきた。


「でもまぁ、内容には大体同意かな」

「見捨てて行けるわけないでしょ!」


 アストリアーデもそう言ってセシリアの空いている方の手を握ると、戸惑っている彼女を促し、また座らせた。


「あの……でも」

「お前はどーなん? このまま一人で行きてーの? それとも俺たちと行くの?  ――はい、三つ数えるうちに決めちゃってください。いーち、にーい……」

「あ、あの、一緒にお願いします!」


 畳み掛けるようなバートの言葉に乗せられ、慌てて答えるセシリアに笑って、「はい決定。作戦会議な」と双子の方を向く。彼らも笑顔で頷いた。


「でも、どうやって乗り切ったらいいかなぁ……バートさん、何とかならないの?」


 アストリアーデが早速というように発言をする。彼は任事官なのだ。


「俺がさ、女子供を従えながら、通行証見せて『任事官様だ! 大人しくしやがれ!』っつって、大人しくする連中だと思うか?」

「そりゃ、そうだけど……上手く、他の任事官に協力を得られれば」

「んー、任事官にも、色々いるからな」


 フォローしたサリュートアへ返ってきた歯切れの悪い言葉に、彼はまたナオのことを思い出し、それ以上は聞けなくなってしまった。


「んっと、セシリア……は本当の名前じゃねーのか」


 バートが名前を口にしてから、そのことに思い至って言葉を切る。すると彼女は首を横に振った。


「……いえ、本名です」

「偽名じゃねぇのかよ!」


 彼女は、嘘をついて仲間にしてもらおうと思ったから、せめて名前くらいはと思ったらしい。


「姿もだが、名前も聞かれたかもな」


 変なところで義理堅いな、とバートは呟く。セシリアはすみません、と縮こまった。


「ま、いいや。とにかくお前ん家、金持ちなんだろ? ああいう奴らを雇うくれぇだから、ここらへんの任事官にも手回し……まてよ」


 ふと浮かんだ考えに、バートの言葉がまた止まった。


「まさかとは思うが……お前の名字、リーヒャエルドじゃねえよな?」


 顔を覗き込まれ、彼女はそれに耐えられなくなったように目を伏せる。


「……はい」

「ま――マジで!?」

「有名なの?」


 大げさとも言えるほどに驚くバートを見て、アストリアーデが目を瞬かせる。

 サリュートアは自らの記憶の中から、その名前を見つけ出していた。


「……確か、周囲の貴族が没落していく中、大商人へと見事な転身をしたんだっけ」


 アレスタンには王がいなくなり、そのため、貴族たちも急速な変化を求められた。その件には父と母も大きく関わっているのだが、流石にそれは口には出来ない。

 もしかしたら、両親ならば交流のある人物なのかもしれないが、二人とも仕事の話を一切家には持ち込まないし、仕事関係の客を家に呼ぶこともしないため、サリュートアたちは両親と個人的に親しい人たちとしか会ったことはなかった。


「ああ、一年くれぇ前に当主のフォルスタ・リーヒャエルドが死んで、一人娘が家を継ぐことになったって話だ」

「それが、セシリアさんなの!?」


 アストリアーデは思わず大きな声を上げそうになり、サリュートアに窘められる。その横で、バートは頭を抱えた。


「まずいぞこりゃ。リーヒャエルド家だったら、各地にかなりの影響力を持ってる。やっぱ俺たちだけで立ち向かうのは無謀だ」


 制度が変わったからといって、人と人との関係が即変わるわけではない。しかもリーヒャエルド家は商売でも成功を収めているのだから、影響力はさらに大きくなるだろう。


「んー、ならどうすっかなー」


 しかし、バートもそこで諦めたりはしない。腕組みをしてさらに考えを巡らせる。


「……ん? そっかそっか、まずは『任事官様だ!』もアリか」


 何かに思い至ったらしいバートの言葉を聞き、サリュートアも彼の言いたいことを理解する。


「……そうか、別に殺しに来たんじゃないってことだよね?」

「そうそう」

「どういうこと?」


 話を聞いていてもさっぱり理解出来なかったアストリアーデは、二人を交互に見る。セシリアも興味深そうに耳を傾けていた。


「さっき追ってきた男たちって、そこら辺のゴロツキって感じだっただろ? 結構簡単に撒けたみたいだし。もしセシリアさんを本気で殺そうと思うなら、もっとちゃんと動ける人を雇うんじゃないかな?」


 サリュートアが答えると、アストリアーデは顎に人差し指を当て、首をかしげた。


「うーん……でもさ、そんなプロみたいな人って、そんなに沢山はいないんじゃない?」

「だからさ、さっき追ってきた男たちは、セシリアさんを殺そうとしたわけじゃないんだよ。だって、ずっと現れない娘だよ? もしかしたら本当に湖で死んだのかもしれない。生きていたとしても、どこにいるのかもわからない。死体が見つからないのは変だけど、そのためにそんなに労力を割くかな?」

「首謀者はぜってーケチだからな」


 バートがそこで合いの手を入れる。


「だから、各地にこっそり通達を出す。もし見つけて連れ帰ってくれれば、幾ら出す……とかね」

「じゃあ、『探し人!』ってやればいいじゃん」

「大々的にやって、本当に穏便に帰って来ちゃったらどうする? 本来の当主が返り咲くんだよ。今まで以上に、周囲の注目も集まることになるし」

「そっか。……でもさ、そしたらさっき見つかっちゃったじゃん? 仲間に知らせて、大人数で探されたら逃げられないんじゃない?」

「多分、喋らないんじゃないかな。少なくとも、しばらくの間は」

「何で?」

「そりゃ、みんなに知れ渡っちまったら、取り分が減るだろ?」


 バートがそう言って笑う。


「ま、憶測に過ぎねえけどな。でもな、相手の居場所がわかってんならともかく、プロでもない奴らを雇うのって、リスクが高すぎるぜ? あとで強請られるかもしんねぇし。人探しって名目なら、いくらでも言い訳出来るからな。んで、こっそり連れ帰ってから……」

「セシリアさん家の影響力がそんなにすごいんだったら、協力してくれる人もいるんじゃないかな?」


 話が嫌な方向に行きそうだったので、アストリアーデは急いで割って入る。


「家の影響力もあるかもしれないけど、セシリアさんのお父さんのことが好きな人だっているはずでしょ? そういう人だったら、乗っ取りみたいにされるのだって良く思ってないだろうし」


 その意見を聞き、セシリアは何かを思い出したかのようにバッグの中を探し始めた。

 皆が見守る中、やがて古い手帳が現れる。


「父の手帳です」


 セシリアはそれを、明り取りの窓から漏れてくる西日に当てながら捲った。


「父は、自分には各地に友達がいるんだって自慢してました。その割に全然会わせてくれないと言ったら、縁があれば会うんじゃないかって笑ってましたけど」


 やがてこの地方にある町の名が見えたので、そこから一つ一つ、住所を確認していく。

 そして、その指先が止まった。


「この人の住所……ここの近くだわ」

「本当!? じゃあ、その人に会いに行ってみない? 助けてくれるかもしれないし」


 ほっとしたように言うアストリアーデに、セシリアは目を伏せる。


「でも、私は全く知らない人ですし、本当に信じられるかどうか……」

「このまま逃げたってダメなら、行くしかないんじゃない?」

「お前、肝据わってんなー。やっぱ兄妹だな。……ま、俺も行ってみてもいいんじゃないかと思うぜ。お前の親父が会わせてくれなかったのも、その友達っつーのが、切り札だからなんじゃねーの? 娘をいざっつー時に助けてくれるさ」


 バートの賛同を得て、アストリアーデの声に明るさが増して来た。


「そっか、会ったことがあったら、そこに逃げたかもって思われちゃうもんね! その人たちのこと、悪い人たちは知ってるのかな?」

「それは、わかりません。……でも、この手帳は、父が生前にくれた本の中に混じっていたんです。父が亡くなってからそれをぼんやり見ていて、気づいたんですけど」


 セシリアは、弱っていく手帳の上の光を眺めながら考える。

 本当に、バートの言うような理由なのだろうか。

 だとしたら父は、こういう状況になることを予測していたということなのか。


「俺も、闇雲に逃げ回るよりはずっといいんじゃないかと思う。セシリアさんが生きてこの町にいるっていうこともわかっちゃったしね」


 黙ってしまったセシリアを見て、サリュートアも言う。

 自分たちはこの町のことを何も知らない。町の外へと出る前に、捕まる可能性も高い。もし先ほどの男たちだけでは済まなかった場合を考えると、協力してもらえるのはありがたいと思った。

 皆に見守られ、やがてセシリアは大きく息を吐く。


「……そうですね。行ってみましょう」


 そうして作戦会議は終わりを告げた。

 四人は、訪れた夜の中へと飛び込んで行く。

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