決意 2

 ◇ ◇ ◇


 馬車に揺られて到着した街は、活気に満ちていた。

 規模はずっと小さいが、綺麗に整備された街並は、マイラを思い出させる。

 ここでまずは宿を取り、バートが来るのを待つ。宿は指定されていたから、迷う心配はなかった。

 停車場で馬車を降りる。扉の向こう側は、思っていたよりも空気が涼しい。

 もう秋も近づいてきている。この先、防寒具も必要となってくるかもしれない。


 懐具合は、以前よりも良くなっていた。任事官として働いた報酬だと、オーファが金をくれたからだ。そんなものは受け取れないと言うと、迷惑をかけられた分は差し引いたと言われた。それでも、連続女性失踪事件を、妹と共に解決へと導いた手柄は大きいと。

 あれだけ良い人物に巡り合えたのも、父の言うように、直感を信じたからなのだろうか。それは、サリュートアにはよくわからなかった。

 右手の先には、よろよろと人にぶつかりそうになりながら歩く、妹の姿がある。

 そのアストリアーデの目には、心配そうにこちらを見る兄の姿も、初めて訪れた街の景色も映ってはいなかった。


『ヨセミスフィアって何? どこにあるの?』


 あの日、ウィリスの父親が言っていたことの意味が知りたくて、連れて行かれるナオへと声をかけた。


『サマルダにあると聞いたわ。私は、行ったことはないし、それ以上のことは知らない』


 ナオは相変わらずの淡々とした口調でそう言った。

 眼鏡の奥の瞳はやっぱり見えなかったが、でも、嘘は言っていないと思った。

 イシュターはすっかり放心していて、きちんと話が出来る状態ではなく、その彼を支えるようにして歩いていたマーサは、アストリアーデの姿を見つけると、深々と頭を下げた。

 そして、こちらが何かを言う間もなく、三人は任事官と一緒に姿を消した。

 ――サマルダ。

 サリュートアと、二人で目指してきた場所。

 そこに行けば、何が起きたのか、わかるのかもしれない。

 ウィリスを生き返らせたいわけではない。ただ、知りたかった。


「……アーデ」


 自分を呼ぶ声がして、そちらへと顔を向ける。


「喉、渇かない? 飲み物でも買って来ようか?」


 そこには、心配そうにこちらを覗き込むサリュートアの顔があった。


「……うん」

「じゃ、ちょっと待ってて」


 アストリアーデは、張り切ったように人をかき分けて進む兄の背中を見送った。

 本当は、何も飲みたくなどなかった。

 けれども、一生懸命気を遣ってくれるサリュートアに対して申し訳なくて、つい頷いていた。

 それを見て嬉しそうに笑った兄を思い出し、また心が痛む。

 そのままぼんやりと立っていたら、誰かとぶつかり、体がよろけた。そちら側を通っていた人にも嫌そうな顔をされ、アストリアーデは頭を下げながら、のろのろと道の端へと移動する。

 重たい頭を上げ、眺めた街を行き交う人たちは、まるで別世界の住人のようだった。

 何かを話して、笑って、手を繋いで、笑って、はしゃいで、笑って――これが、待ち望んでいたはずの、外の世界なのに。

 楽しげなそれは、がやがやとした雑音にしか聞こえなかった。


「――!?」


 今、横切った少女。


「ウィリス!?」


 白い服に映える、蒼く長い髪。

 まさかと思いながらも、足が勝手に走り出すのを、アストリアーデには止めることは出来なかった。

 また人にぶつかって、押しのけて、嫌な顔を沢山されながらも、それでもウィリスの名前を呼び続けた。

 少しだけでもいい。ただもう一度会って、話がしたかった。

 でも確かに見たはずなのに、彼女の姿はどこにも見当たらない。

 走って、走って、走って。

 見知らぬ街で、どこを進んでいるのかも全くわからずに疲れ果て、膝をついた。

 息が苦しくて、足も痛くて、体も重たくて、何もかも嫌になる。


「どうかしたの?」


 優しい声にはっと顔を上げると、白いローブを身に纏ったふくよかな女が、こちらを見つめていた。

 アストリアーデは、彼女の肩越しにその先を見る。

 細長い三角の屋根の上に、白い像――テラ・パトリシュア教会だった。


「あの……ここに、女の子が……来ませんでした?」


 アストリアーデは息を切らせながら尋ねる。


「歳は、あたしよりちょっと上くらいで、蒼い髪……髪が長くて……」


 守りは、不思議そうにこちらを見た。


「水色の目で、睫毛が長くて……色が白くて……そうだ、ほくろもあって」


 そう言いながら、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。


「申し訳なさそうに、おどおど喋って、伏し目がちで……」


 最後の瞬間は違っていた。きっとあれが本来の彼女なのだと思った。

 沢山のことがいっぺんに湧き出してきて、でも、どれを選んで良いのかもわからなくて、もう、それ以上言葉を続けることが出来ない。


 ――わかっていた。ウィリスが生きているはずはないと。

 ただ、もしかしたらという思いに、すがりたかったのだ。


「悲しいことがあったのね」


 守りは、大声を上げて泣くアストリアーデを、優しく抱きしめた。

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