真実 4
◇ ◇ ◇
「今の音は――!?」
屋敷の塀を乗り越え、中を探ろうとした矢先に、サリュートアはその音を聞いた。
他の二人には聞こえなかったかもしれない。何かが落下し、ぶつかるような音だった。
――嫌な予感がする。
「俺、行きます!」
今度こそ勝手な行動は出来ないと思っていた。
でも、声を上げるので精一杯だった。
「おい、ギル!」
二人も慌てて、駆け出したサリュートアの後を追う。
◇ ◇ ◇
「ウィリス! 何故『シェルター 』を閉じた!? いい子だから出てきなさい!」
唐突にウィリスと他を分断するように下りた透明な壁を、男は拳で力いっぱい叩く。
そんな行為が意味をなさないことは、彼自身が良く知っている。これは、この設備を外敵から守るための仕組みだからだ。皮肉なことに、それが彼を排除した。
ウィリスはもう体を支えるのも辛そうな足でベッドへと近づき、どさりと横たわった。やがて、ベッドから煙が、そして炎が上がり始める。
「何をしている!? ウィリス! ウィリス!! どこから火が出た!? ――早くここを開けなさい!」
手が痺れ、血がにじむのを感じながら、男は思い出していた。
『お父さま、それなぁに?』
『ライターと言ってね、簡単に火をつけることが出来る道具なんだよ。面白いだろう?』
ウィリスは、小さな道具から火が出るのを、魔法のようだと言って喜んでいた。
娘が死んだ後、そのことを思い出すのも辛くて、どこかへと放り出したまま、その存在を忘れていた。
彼女はこの屋敷で待ちながら、どこかであれを見つけたのだろうか。
『シェルター』の操作は、見ているうちに覚えたのかもしれない。けれども何故、ライターを使えたのだろう。
コピーである彼女は、オリジナルの記憶を持たないはずなのに?
もしかしたら。――いや、偶然かもしれない。
徐々に強さを増し、広がっていく炎を見ながら、男は思う。
もう一度、やり直せたなら。
◆
「ウィリス! ウィリス! ウィリス……」
透明な壁は、煙と炎によって覆われていく。ウィリスの姿も、見えなくなってしまった。
アストリアーデが力いっぱい叩いても、それはびくともしない。
炎は勢いを増し、次々と燃え移っていく。でも、動く気にはなれなかった。
ずるずると力なく膝を折った彼女の手を、誰かが強く引く。
「サリュートア……!?」
夢かと思った。けれども、体を抱えられ、運ばれているうちに、そうではないのだと実感がわいてくる。
「ウィリスが、友達が死んじゃうの……あたしなら、何とかできるかもしれないの……」
涙が、とめどなく溢れた。
もう無理だということは、わかっていた。
「大事な妹に、そんなことはさせられない」
アストリアーデは兄にしがみつき、声を上げて泣いた。
◆
「ぁぁぁぁぁぁ……」
消え入りそうな声を出し、呆然と立ちすくんでいる男。
その腕をとる者もあった。
「こちらへ」
ナオは男を引きずるようにして部屋を出て、扉の右横にある、少しへこんだ空間の壁を指先で探る。
すると、壁の一部が音もなく開く。中は、小さな空間になっていた。
彼女は男を押し込むようにしてそこへと入れ、自らも続く。
「ナオ!」
オーファがそれに気づき、声を上げた。バートは、途中に座り込んでいた老女の保護に当たらせている。
駆け寄ろうとした時、壁がまた元のように戻っていくのが見え、彼は理解した。
――あれが向かうのは、下だ。
来た道を戻ろうとしたが、思い留まった。それでは、間に合わない。
近くの窓を幾つか確認し、一番良いと思ったものを、剣の柄で叩き壊す。派手な音が屋敷内に響いた。
そして暗闇に向け穿たれた穴へと、彼は迷わず身を投げる。
◆
壁が開く。
一階の廊下へと現れたナオは、男の手を引き、裏口から外へと出た。
そして、小さな箱を彼へと手渡し、その手に自らの手を重ねる。
「オリジナルのデータです。これを持って逃げてください。また、再生できる可能性はあります。門の外に、馬が繋いでありますから」
男は箱を受け取ると、裏門へと向かい、よろよろと歩いていった。
その姿を少しだけ見てから、ナオは振り向き、剣を構える。
「やめておけ。お前の腕では、俺には敵わない」
オーファも剣を抜き、構えていた。眼光も鋭く光る。
「知っています。それでも、行かせません」
対するナオの視線は、いつものように眼鏡に遮られていた。ガラスの表面に、赤い炎がちらちらと映る。
「……俺は、お前を死なせたくない」
「それも、知っています」
その素っ気無い答えに、オーファは思わず笑みを零した。しかし、彼女のそういうところに惹かれたのは間違いない。
「そうか」
そして、オーファが足を踏み出すよりも、ナオの手が閃くよりも一瞬だけ早く、二人の前を影が横切った。
その影はナオの体を絡め取り、地面へと押さえ込む。
「オーファさん、行って! ――早く!」
サリュートアに力強く頷きを返し、オーファは大地を蹴った。
◆
「ウィリス……ウィリス……」
男は、幼子を抱えるように小箱を胸に抱きながら、森へと向かって歩く。その足取りは酷く遅く、覚束ない。
馬は門へと繋がれたまま、その姿を見送り、時折所在なげに首を振った。
「大丈夫だよ……また生まれ変われるよ……」
「それは、ウィリスなの!?」
男を追い、取り押さえようとしたオーファの背後から叫ぶ声を上げたのは、アストリアーデだった。
彼女はゆっくりと足を止めた男の背中を見る。
男とナオがした会話の意味を理解できた者は、きっと他にはいなかっただろう。
「ウィリスが、そうしたいって思うはずなんかない!」
自分は生きていてはいけなかったと、彼女は言ったのだ。
誰かを犠牲になど、もうしたくはないと。
「また無理矢理生き返らせて――そんなのウィリスなんかじゃないよ!!!」
ウィリスの父――イシュターは震え、その場へと泣き崩れた。
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