告白 2
◇ ◇ ◇
「これを見つけたのは、わたしだった」
少女は、ぽつりと話し始めた。
二人は倉庫の床に並んで座っている。前にある板には、どこかの山が映っていた。
「森の中で遊んでて、見たことがない光るものを見つけて、すごく嬉しかったの。でも、父さんをそこへ連れて行って、埋まっていたのを一緒に掘り出して……段々、これが何をする道具なのかわかって来た時、すごいすごいって喜んでるわたしとは違って、父さんの顔は蒼ざめていったのを覚えてる」
彼女は、大きく息をつく。
「これがもし誰かの手に渡ったら、どうなると思う?」
そして前を向いたまま、問いを投げた。
言いたいことは、サリュートアにもわかる。悪用したいと考える者ほど、これを欲しがるだろう。
「だから、最初は壊そうと思った。でも、どうやっても壊れなかった。わたしたちが出来る手段じゃ、傷一つつかない。だから、誰の目にも触れないように隠すことにしたんだ」
少女は自らの膝を抱え、体をぎゅっと縮こめると、固く目を閉じた。
「父さんはこれを見つけてから、ずっと怯えてた。これが誰かに悪用されたら、きっと酷い事になるって……医者の仕事もやめて、家に篭りきりになった」
また、少女の目に涙が溢れ出し、それは頬を伝う筋になる。
「わたしのせいなんだ。わたしがこんなもの見つけなかったら、父さんはもっと穏やかに暮らせたのに……!」
膝に顔を埋めて泣く彼女を、サリュートアはただ見つめる。先ほどは思わず抱きしめてしまったけれど、少し冷静になってくると気軽には出来なかった。
「違うよ。君が見つけなくても、ずっとこれはあったんだ。これからも、あり続けた」
そんな言葉は、何の慰めにもならないかもしれない。
もっと自分の言葉に力があったらいいのに。今までも『正論』なんて吐いた所で、誰かを傷つけてばかりだった。
「……ごめん。ただ、君のせいじゃないってことが言いたかったんだ」
目を逸らし、謝るサリュートアの隣で、少女が少しだけ動く気配がした。
「わかってるよ」
驚いて、隣を見る。少女の横顔が心なしか穏やかになったように思える。
「父さんが死んで、誰にも話せなくて、ずっと恐かった……」
彼女はずっとこうやって、一人で秘密を抱えて生きてきたのだ。それがどれほどの重圧なのか、想像も出来ない。
――父さんなら。
サリュートアは、ふと思う。
父なら、これを何とかしてくれるのかもしれない。
「あの……さ」
もしかしたら彼女の力になれるかもしれないと口を開きかけた時、腕に温かいものが触れ、サリュートアは慌ててそちらを見る。
そこには泣き疲れて眠る、少女の安らかな顔があった。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、マーサ」
ダイニングに戻り、温かいお茶を出してくれたマーサに声をかける。
彼女はいつもの優しい目で、アストリアーデを見た。
「……あの子はもしかして、何かの病気なの?」
考えないようにずっとしていたが、それが一番ありえそうなことに思えた。
その問いにマーサは頷きもせず、首を横に振ることもしない。
それでもう、十分だった。
「病院には連れて行ってるの?」
言ってから、それは無理だろうと思い、言葉を変える。
「お医者さんには、来てもらってるの?」
マーサは、何の反応も示そうとはしない。ただぼんやりと、どこかを見ていた。
「……まさか、何もしてないってこと、ないよね?」
もしそうなのであれば、それはあまりにも酷いと思った。
その問いかけにも、マーサは応えない。
「あの子はどうなるの!? 大事なのは、あの子の命でしょ!?」
必死で訴えるアストリアーデの声に圧されるように、マーサの首は縮こまり、目蓋がゆっくりと落ちていく。彼女は両の手のひらで顔を覆い、何度かこするようにしてから長く息を吐く。
そして、おもむろにテーブルの上にあったイーヴァ・イーヴァの本を手に取った。
何かを伝えようとしているのだと思い、アストリアーデも黙って待つ。
張り詰めた空気が、実際に肌を刺しているかのように痛い。
やがて、マーサがページを捲る指が止まった。
そこには、夜空の月を眺める少女の挿絵が描かれている。
それは、イーヴァ・イーヴァが間違えてかけてしまった魔法により、とある国の姫が月に恋をしてしまうという場面だった。
マーサは指で一文字一文字確かめながら、そして、ある一節をアストリアーデに指し示す。
そこには、こう書かれていた。
『お姫さまの病は、もう治らない』
◇ ◇ ◇
朝の光が優しく目蓋に触れ、サリュートアは目を覚ました。
静かにベッドを離れ、窓へと近づく。木漏れ日が連なり、時に重なり合いながら、降り注いでいた。
その時、背後から衣擦れの音がし、彼はゆっくりと振り向く。
「ごめん、起こしちゃったかな」
少女は、小さく首を振り、はにかむように笑んだ。少し傾げた頬に、黒髪の先がはらりとかかる。
また彼女の違った表情を見た気がして、サリュートアの鼓動が跳ねた。最初は戸惑ったこの感情が何を表しているのか、今はもうわかっている。
「もう、行くの?」
少女の問いに、サリュートアは力強く頷いた。
「妹を、助けてくるよ」
自分が何をしたとしても、アストリアーデのことをこのままにしておく理由にはならない。この手で助けたかったし、もう、逃げるのは嫌だった。
少女はそれ以上何も聞かない。サリュートアは彼女の目をしっかりと見て、そして言う。
「……俺は、――サリュートア。君の名前、聞いてもいい?」
彼女は頷き、名を告げる。
「リシュカ」
「リシュカ。……君ともっと色々話がしてみたい。また、ここに来てもいいかな?」
もしそれが許されるなら、自分がしたことも、胸の内も、全部話そうと思った。
彼女がずっと抱えていた秘密を話してくれたように。
リシュカはもう一度大きく頷き、微笑む。
「待ってるよ」
サリュートアはそうして、馬を走らせる。リシュカから借りた馬だ。彼女にとっても、大切な足となる馬だろうに、快く貸してくれた。
森を抜けると、草原に流れる川が見えてくる。空は晴れ、少し乾いた風が肌に触れては耳元で鳴った。
体の節々はまだ痛むが、そんなのは大したことではない。
――目指すはエンデルファにある町、イシュケナ。
『遺産』を使い、オーファたちを探すことも考えた。でも彼らがどこにいるかを見つけることはとても難しいだろうし、一刻も早く動きたかった。
それに、オーファならきっと、あの場所を突き止める。どこかで会うことも出来るかもしれない。
アストリアーデを必ず助け出して、そして絶対に、またここへと帰ってくる。
サリュートアは決意を新たにし、前へと進む。
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