迷宮
迷宮 1
馬車から降りてまず目に飛び込んできたのは、整然とした街並みだった。同じような佇まいの建物が行儀良く並んでいる。
観光地のように特段美しいという景観ではなく、所々煤けた壁は年月を感じさせたけれども、歴史を物語るほどの趣はなかった。
風に乗って緑のにおいが漂ってくるから、近くに公園でもあるのかもしれない。
首都マイラと比べれば、もちろん人はそれほど多いという訳ではなかったが、想像していたよりはずっと多く、賑わっているという印象を受ける。
昼前の街路を歩く人々は皆、小奇麗な格好をして、楽しげに談笑したり、買い物を楽しんだりしていた。
「あたし、サマルダってもっと田舎だと思ってた」
アストリアーデがぽつりと漏らした感想に、サリュートアも頷く。
少し歩いた道は、足下がぐらつくこともなく真っ直ぐに伸びていた。
十字路に差し掛かれば、どの道を歩いてきたのかも見失いそうになる。街は格子状に整備されているようだった。
こうしてサマルダを実際に訪れてみると、色々な人の口から出た、大したことのない普通の町という表現は、あまり相応しくないように思える。
「特徴がねぇっつーか、どの建物も同じに見えて面白くねぇっつーのはあるかもな」
バートが言うように、町の景色が大して印象に残らないために、ああいう言い方になったということもあるのかもしれない。
「ま、とにかく無事着いたんだ。こっからどーすっかだな」
「まずは情報収集をしませんか?」
大きく伸びをしたバートに、セシリアがそう言って少し先に見える一軒の店を指差す。
看板には『美味しいお茶、特製のジュースをどうぞ』と書かれていた。
「少し休みたいですし」
後から付け加えた言葉が、彼女の本音かもしれない。
もう開き直ってきたとはいえ、やはりどこかで追っ手を警戒して緊張している部分はあり、狭い馬車の中で体を動かせない状況も続いているので、どうしても疲れは溜まってきてしまう。
彼女の意見に異を唱えるものはいなかった。
◇
その店には、他に客の姿は見当たらなかった。
内装もシンプルで、外と同じアイボリーの壁に囲まれた店内には、四角い木のテーブルとイスが均等に並べられている。花や観葉植物が多く置かれ、それが彩りとなっていた。
皆で入り口に突っ立っていると「どうぞ」という声が奥から聞こえたので、適当な席へと座る。
しばらくすると、背が高く、若いウェイトレスが水を運んで来た。何かトレーニングでもしているのか体格も良く、身に着けたエプロンが小さく見える。
グラスをテーブルへと置く彼女に、アストリアーデは早速尋ねてみた。
「えっと、ここに昔、科学者が住んでたって聞いたんだけど……」
突然のことに、彼女は少し戸惑ったような顔をこちらへと向ける。
「科学者って?」
「旧時代に……活躍してた人たちなんですが」
サリュートアが補足したが、説明に少し迷ってしまう。
それを聞いたウェイトレスは、少し首をかしげた。そういう仕草をすると、女の子らしさが垣間見えるかのようだった。
「へぇ、そういう人たちが居たんだ。あたしは知らないけど」
「じゃあ、ヨセミスフィアって聞いたことない?」
彼女が答え終わるかどうかといううちにアストリアーデが質問を重ねたので、ウェイトレスは助けを求めるようにサリュートアを見る。
「あー、おねーさんのオススメの飲み物かなんかくれる? 四つな」
見かねたバートが横から口を出した。
ウェイトレスはほっとしたような表情を浮かべ、それから笑顔を形作って言う。
「オッケー! じゃ、適当に持ってくるわね」
「あっ」
彼女の後姿へ引っ張られるように手を上げ、宙に彷徨わせるアストリアーデを見て、バートは苦笑いを浮かべた。
「焦んなって。向こうも仕事なんだし、情報をもらうならちゃんと注文しねーと」
そう言われればそうだと、小さくなるアストリアーデを見て微笑み、サリュートアも安心したように息をつく。
「バートさんって、何ていうか……振り幅が大きいよね。常識ある時とない時の」
「てめーは喧嘩売ってんのか!?」
馴染みとなった二人のやり取りと、それを見て笑うセシリアに、アストリアーデの気持ちも次第に落ち着いてきた。
ここに着いてから、早く何か見つけなければと焦っている自分を自覚しながらも、どうしようも出来ずにいたのだ。
気持ちが落ち着いたら急に喉が渇いた感じがして、水の入ったグラスに手を伸ばす。
でも、やっぱり飲み物が届くのを待とうかと迷い、ふと見たグラスに視線が捉われた。
「ねぇ」
思わず彼女が小さく声を上げた時、ウェイトレスがトレイに背の高いグラスを載せてやって来る。
「お待たせしました。当店特製のフルーツジュースです!」
そうしてグラスをテーブルの上に並べていく。
バートはそれを見て、少しつまらなそうに言った。
「ふーん……ここ、酒はねーの?」
「うちは健康志向なお店なんで、薬草酒ならあるけど、マズいよ? 持ってきましょうか?」
「いやいや、やっぱいい、特製ジュースで」
ウェイトレスの少し意地の悪い笑顔を見て嫌な予感がし、彼は手をひらひらと振る。
「個人的に美味しいお酒がある店なら知ってるけど……お兄さんも一緒に行く?」
「あ――」
「結構です」
続けて言った彼女にバートが何かを答える前に、セシリアが強い言葉を横から挟んだ。
「それより、ヨセミスフィアってご存じないですか?」
「ああ、それそれ、考えてみたけど、やっぱわかんないなぁ。マスターも知らないって」
彼女は立てた親指でキッチンのほうを示しながら言う。
「そうですか。ありがとうございました」
セシリアの態度と、驚いたように彼女を見ているバートにウェイトレスは笑いを堪えながら、頭を下げて去っていく。
「おい、何で怒ってんだよ」
「別に怒ってませんけど」
戸惑うバートに素っ気なく言い、セシリアはジュースを一気に半分ほど飲んだ。
その飲みっぷりに、一同は目を丸くする。
「……美味しいですね、これ」
「マジで?」
セシリアの態度が少し和らいだことに安堵し、バートもジュースに口をつける。「うめぇな」という彼の言葉を聞いて、サリュートアもグラスを手に持った。
「ねぇ、このジュース、色が変じゃない?」
しかし、アストリアーデにはどうしてもそう思えてしまって、口をつける気にはなれない。
先ほど飲もうとした水も、普通の水とは違うような色に見えて気味が悪かった。
「そうかなぁ……普通のジュースだと思うけど」
彼はグラスを持ち上げ、横から底の方まで覗き込む。
「グラスの色? 後は光の加減とか、そんなとこじゃないかな」
言われてアストリアーデも、もう一度良く見てみる。
すると、幾つかのフルーツを混ぜ合わせれば、こんな色になるのではないかと思えてきた。
気のせいだったのだろうか。
そう思っても、すっきりとした気分にはならない。
「ま、何にしても、あのレストランの食いもんに比べたら全然だろ!」
バートが陽気に言うと、その場が笑いに包まれる。
「体調、悪いの?」
笑う気にはなれず、ぼんやりとしているアストリアーデを、サリュートアが心配そうな目で見た。
「あ……ちょっとだけ、疲れちゃってるのかも。でも大丈夫!」
そう言って笑顔を見せると、少し安心してもらえたようだった。
「ここまで、ずいぶんかかったしな」
バートもジュースを飲みながら、しみじみと言う。
せっかくの楽しい雰囲気に水を差してしまったかのようで、申し訳なく思った。
水筒を取り出して水を飲んだ彼女に、セシリアが言う。
「ここ、お水も美味しいですよ」
「うん……」
グラスの水に再び目を向けても、やはり白っぽいものが混じり、濁ったように見える。
だが、こちらも自分以外には、そうは見えないのだろう。
この町に来た時にはそんなことはなかったのだが、やはり、長旅で疲れているせいもあるのかもしれない。
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