第4話
『凰華高校異能犯罪対策科』が活動を開始してから一週間後──彼らは容疑者を特定することに成功した。
その人物とは真締和泉。被害者の通っていた高校の三年生であり、被害者からは過激な暴行を振るわれていたと思われ、なおかつ《言霊使い》であるということが決め手になった。
それには《言霊使い》が『異能犯罪』を引き起こす理由の大部分が、いじめや虐待などの報復であるためだ。加えてたまたま防犯のために設置されていた数須少ない防犯カメラが、被害者及び真締の姿を捉えていた。これは決定的な証拠だろう。
ただ義務付けている《語彙能力》に対する報告が行われていなかったのが、懸念点だろうか。死体からなんとなく全体像はつかんでいるが、詳細はつかめていないたけに慎重に行動せざるを得ない。
『愛蜜、わかっているね。あくまで穏便にだよ?』
「わかっています。できるだけ戦闘行為には持ち込ませません」
『そうだよ。助けられる距離に天喰達が控え、交通規制も行っているとはいえ平和的に済むのならそれが一番いいからね』
耳に装着したインカムから聞こえてくる悠美の声に頷き、彼女はあくまでも偶然を装って前方から塾帰りの真締に話しかける。
「すみません、少々お時間よろしいでしょうか?」
「け、警察……!?」
今、彼女が纏っているのは近くの交番の警官達が着ているようなごく普通の警察の制服だ。彼女は女子にしては身長が大きめであるし、多少化粧を行えば警察に入ったばかりの新米刑事のコスプレの出来上がりである。
「そんなに慌てなさらなくても結構ですよ。この辺りで殺人事件があったのはご存じですよね? その事について少しお聞きしたいと思いまして」
「は、はい。構いませんよ」
「ありがとうございます」
捜査──といっても表面上のものだ──を行いながら、周辺で彼女達も様子を彼女以外の三人は伺っていた。
『……なかなか尻尾を出しませんね』
『あれはかなり賢いな。証拠を引っ張り出すのが面倒だ。怒りで煽ることができればいいんだが……』
『なら相手の言われて嫌なことでも言ってやるか』
インカムの向こう側で会議が行われている。それに少しだけ耳を傾けながら、彼女は和泉に対して質問を行っていく。警察が職務質問を行うときの王道なものをいくつかピックアップしてみたが、いずれも表情に心の乱れが出てくることはなかった。
『よし。容疑者にこう言ってみてくれないか』
待機者同士で立案された作戦は最初の穏便という文字を何処に置いてきたのかわからないようなものだったが、このままでは埒が明かないのもまた事実。
──彼女は確信に触れた。
「すみません、これで終わりです。ご協力ありがとうございました」
「い、いえ」
「お気をつけくださいね。まだ犯人も見つかっていないので。全くこれだから殺人鬼予備軍の《ワーダー》達はこれだから。……私達人間と《ワーダー》は隔離してほしいものです──ッッ!?」
瞬間、聖良の身体に悪寒が走り抜ける。その時彼女らが会話をしていた道の曲がり角から海斗が飛び出し、彼女を抱き和泉から距離を取った。
「クッソ、いきなりやるかよ。心底びびったわ」
「ごめん、天喰くん。助かった」
それに彼は頷いて返し、彼女に変わって彼に怒鳴る。
「『異能犯罪対策科』だ! 手を上に上げろ! 《語彙能力》は使うなよ!」
──彼らが時間経て得た手段が、このように煽って相手から攻撃させることだった。
彼の容疑が
「いいか、これは警告だ! 怪我をしたくなければ大人しくしていたまえ!」
そこにロングコートを纏った進も聖良の前に立ち塞がるようにして、海斗と共に並ぶ。三対一──聖良は攻撃手段を持ち合わせていないため、実質二対一であるが──という勝つ事は不可能だ。それゆえにこんな無駄な戦いを挑んでくるほど愚かではない──
「『異能犯罪対策科』……! お前ら、《言霊使い》のくせに人間の味方をするのかァ──!!」
「チッ。進、来るぞ」
「あぁ──!!」
──瞬間、進の身体が膨れ上がった。バキバキ、ボキボキという音を派手にならしながら次第に肉体が変形しそこには異形の存在がいた。
偶蹄類の足に背中から三対の翅が生え揃いは、腕は獅子を思わせるような物に変化し爪は猛禽類の物へと変化を遂げた。眼窩の中では複数の眼球が敵の姿を捉え、頭蓋からは闘牛を彷彿とさせるような一対の角が天を衝いている。
「化け物め……!」
「言われ慣れているよ、そんなことは」
化野進の《語彙能力》は──《変態》
自身の身体の一部分を、この世界に存在するありとあらゆる生物が保有する器官に変化させる能力である。
──海斗は《暴食》によって何百倍にも高められた身体能力で、進は変化した足で駆け、和泉に突貫する。
コンマ数秒後、遅れて海斗の足があった場所から爆発音のような何かが響いた。それはあまりの脚力によってアスファルトが捲れ上がったときの音だ。
「ふ──!!」
「シィ──!!」
「ぐっっ──!!」
短く息を吐き、海斗は右のストレートパンチを進は下から爪で掬い上げるような一撃を見舞うが、それは和泉の何かによって阻まれる。少しばかり温かく、柔らかいそれは──手だ。その不可視の巨大な腕は人二人ほどは余裕で包み込めそうなほど巨大である。
「はははっ! 盾になるだけじゃないぞ! 僕の腕は──!!」
和泉の必殺の領域から逃れるのが一歩遅れた海斗はそのまま腕に包み込まれてしまう。そして掌の隙間から溢れ出てくるのは──血だ。
闇に染まってどす黒くなっているそれはアスファルトの上に池を作り出すように垂れていく。
「どうだ! 僕の《搾取》の大腕は!! どうだ、強いだろ! そうだ、あいつらも僕が下手に出ていれば良い気になって、好き放題俺の身体を痛め付けやがったんだよ! だから僕も同じことをしてやったんだ! そうしたらあいつらも懇願してきたんだよ。ごめんなさいごめんあさいってなぁ! 最高に愉快だったよ! 因果応報、人を傷つけるからそうなるんだよ! はははっ!」
「──それで言いたいことはそれだけか?」
よくよく耳を済ませてみれば──しゃくしゃくという小さな小さな音が響いていた。次には何かを啜るようなじゅるじゅるという音が夜道に響く。そして──彼は自力で《搾取》の腕から脱出した。
(なるほど、これが《搾取》か……)
全身から水分が消え失せていくと勘違いするいうな痛みと渇きを《暴食》によって血液を喰らうことによって息を長えることができたが、確かにこれは二度と味わいたくないものだ。
「さて、なんとか攻略完了だ。さて次はどうする?」
「あぁ、あぁああぁぁぁぁぁあぁぁああああああ──!!」
彼が頭を掻きむしる。発狂したように叫ぶ和泉。そんな彼に──黒い鎖が巻き付いた。それは和泉の能力を封じ、ただの人間へと変貌させる《束縛》の鎖。
それに捕らわれて犯人は一切抵抗することことすらできず項垂れた。
かくして終わりはあっけなく此度の事件は終わりを迎えたのであった。
《搾取》の《言霊使い》によって引き起こされた事件の被害者は、最初に殺された三名のみだった。
犯人の動機は差別されたことやいじめられたことに対する報復というわかりやすい理由だった。今回の事件を受けて燐火高校は彼に行われていたいじめの数々を把握していながら止めなかったことと、生徒が『異能犯罪』に巻き込まれたことでマスコミの群れが毎日詰め寄せているらしい。
「それにしても動機が動機ですよね」
「あぁ。元はと言えば被害者によるいじめがなければ、誰かがそれを止めていればこの事件は起きなかっただろう」
結局のところこればっかりは犯人が言っていたように因果応報以外の何物でもないのだ。しかしそれらの問題を《言霊使い》が自身の力に訴えて解決しようとしてしまうために、未だに《言霊使い》への差別や偏見は根深い。
「まぁ、そういうのを取っ払うためにも俺達も頑張らないとな」
自分達が頑張って事件を解決し続ければ《言霊使い》に対する印象も良くなるだろう。次世代の《言霊使い》が暮らしやすい環境を作れるか否かは自分達にかかっているのだ。
「──君達、昨日の今日で悪いんだがまた事件が起きた。それぞれまた解決に尽力してほしい」
彼らの活動は、終わらない。
凰華高校異能事件対策科 @bear2036
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